第30話 ホブゴブリンズ
「(う、ん~……)」
目を覚まし、伸びをする。
周囲を見渡せば枝の隙間から広場の様子が窺えた。
ここはあのトレントの体の上だ。
トレントが死んでも大木はそのまま残っていた。
幹も太くオレが乗っても折れないので、寝床代わりに借りているのである。
「(けど、長居は出来なさそうだなぁ)」
どんどん枯れ始めている葉っぱを見てそんなことを考える。
果実も大幅に数を減らしちゃいるが、それはオレが食べただけなので枯れているのとは無関係だ。
……いや、そうとも言い切れねぇか。
もしかすっとトレントが生きてりゃ果実がすぐに補充されたって可能性もあるしな。オレの〖自己再生〗的な〖スキル〗で。
などと益体もないことを寝起きの頭で考えながら木を降りる。
ついでに近くにある果実を食べた。
昨日手に入れた〖抗体〗のお陰でちょっとピリっとするだけで済む。
「(さーて、今日も敵を探しますか……おぉ?)」
森に向かって進み始めたところ、予期せぬ客がやって来た。
なだらかな丘の麓。広場の外縁部に姿を現したのは、六体ほどのゴブリンの集団だった。
「ゲギョゲゲンギャ(カコンデコロセ)」
「「「グギャァ!(リョウカイ!)」」」
〖意思理解〗で鳴き声の意図を読み取る。
鉄製の甲冑を身に纏ったゴブリンの指示で、彼らは散開しつつオレに向かって来た。
「(見たことねぇくらい装備がいいなぁ、こいつら)」
オレは呑気にそんなことを考える。
彼らは一様に鉄製の武器を持っているが、一目見ただけで分かるほど状態も質も良かった。
それに体格も良い。〖長獣〗なのだろう、どのゴブリンも高校生くらいの背丈がある。
武装した〖長獣〗ゴブリン──仮にホブゴブリンと呼ぼう──の群れは、通常なら〖豪獣〗でも油断できない相手であろう。
「ゲギャギャッ」
「(ま、オレにゃ関係ねぇけどな。〖スラッシュ〗)」
カァーーンッ。
オレの鞭剣とゴブリンの鉄剣がぶつかり合い、けたたましい高音が鳴り響いた。
押し勝ったのはオレだ。
〖豪獣〗の一撃を真正面から受けたホブゴブリンが吹き飛び、坂を転がって行く。
「(〖スラッシュ〗、〖スラッシュ〗)」
「ゲギュァっ!?」
二本目の鞭剣も生やし、二刀流で斬撃をお見舞いする。
ゴブリン達はオレを包囲しようとしているが、そもそもスライムに前後の概念はあまり無い。
意識を向けてない方向の視界はボヤけちまうが、そもそも攻撃を食らったところでダメージもねぇ。
鞭剣が躍る度にホブゴブリンの悲鳴が響き、やがて敵わないと学習したのか、オレの間合いの外から様子を窺うだけになった。
「(来ねぇならこっちから行くぜ!)」
「ゲギャァ!(ニゲルゾ!)」
一斉に逃げ出すホブゴブリン達。
まず狙ったのは厄介そうな鎧装備の個体だ。
〖跳躍〗で前へ跳び、さらに〖空中跳躍〗を使ってそいつの上に落下。
〖墜撃〗の効果も相まって、その個体は即死した。
森の中で離散して逃げて行く他のホブゴブリン達に意識を向ける。
「(〖跳躍〗、〖スラスト〗)」
次に狙ったのは先程の戦闘で足を怪我していた個体。
一っ跳びで距離を詰め、体を槍状にして突き出す。防御に掲げられた斧の下を通り、槍は腹部を貫いた。
「(〖投擲〗)」
それが終わるや、鎧ホブゴブリンの持っていた剣を投げる。
オレの射程外に出て安心し、木の疎らな場所を走っていた個体を見事に撃ち抜けた。
「(〖武具格納〗、〖跳躍〗)」
二匹目の斧を仕舞い、今しがた仕留めた三匹目の元へ向かう。
〖武具格納〗は初めて使ったが、武器を体で覆ってしまえば後はほとんど
これはなかなかに便利そうだ。
「(こいつも貰ってくぜ)」
三匹目に刺さった剣と足元に落ちていた槍を格納しつつ、再度〖跳躍〗。
残る三匹の内二匹は既に見失ったが、一匹だけは補足できている。
「(けど、今更一匹狩ったところでなぁ)」
この戦闘でオレの〖レベル〗は一つたりとも上がってねぇ。
今更弱い〖長獣〗を殺しても旨味は薄い。
「(それに、ちょっと引っかかる事もあるしな)」
今回のホブゴブリンが持っていた武器を思い出す。
これまで戦って来たゴブリン達の物とは明らかに違っていた。
下手をすれば人間の物を凌ぐ。それほどにホブゴブリンの武器は優秀だった。
何せオレの〖スラッシュ〗と打ち合えたのだ。
〖進化〗したてとは言え、〖豪獣〗の一撃を受けても目立った損傷が無いのは、冒険者のお古にしては妙である。
「(普通にたまたま拾ったのか、もしくは……群れにそういう種族〖スキル〗持ちでも居んのかァ?)」
こう考える理由は二つある。
一つはかつて森亀と戦っていた巨大魔獣、赤鬼の存在。
あの怪物は、地面を溶かして急冷し、硝子の棍を生み出していた。
それと同じような〖スキル〗が他に存在してても不思議じゃねぇ。
二つ目はホブゴブリン達の武器の異常性だ。
初め、一様に鉄製の武器を持っている何て認識してたが、『鉄製の武器』という表現では不十分だった。
あいつらの武器は、刃先から柄底まで百パーセント鉄で出来てやがる。
そんなヘンテコな物、普通の人間は作らねぇはず。
てなわけで
ホブゴブリンは必死に走っちゃいるが、〖豪獣〗となったオレは〖スキル〗補正抜きで奴の速度に追いつける。
念のために〖隠密〗も発動して準備は万全。
尾行開始だ!
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