第23話 訓練

「(も、もう来てねぇ……よな?)」


 体の端を伸ばして木の根の間から出す。

 そしてあの老人が追って来ていないことを確認し、ホッと一息ついた。

 こういう時、全身が眼の役割を果たせるスライムの体は便利だ。


「(はぁぁぁ、酷ぇ目に遭ったぜ……)」


 緊張が解け、強張っていた全身から力が抜けていく。

 人間で言うところの、腰が抜ける感覚だな。


「(あぁクソ、迂闊だったな……)」


 安全になったと分かると、途端に反省の念が湧いて来る。

 冷静に考えてみれば当然の事だった。


 この世界には〖レベル〗や〖スキル〗がある。そしてそれらは加齢で失われはしない。

 もちろん老化で身体能力は下がっちまうが、〖ステータス〗のおかげで加齢による弱体化は地球ほど顕著じゃねえ。


 なのに地球の感覚で判断したのはオレのミスだ。

 次からは歳を重ねているからと侮らないようにしよう。


「(よし、反省終わり!)」


 くよくよ悩んでてもしょうがないので次会った時の対策を考える。


「(やっぱ避けられるのが一番だよなぁ)」


 あの爺さんの一撃はオレの〖タフネス〗を貫通して来たが、所詮は徒手である。

 攻撃範囲は腕一本分なので、回避自体は不可能じゃあないはずだ。


 では何故さっきは食らったかと言うと、それは爺さんがべらぼうに速かったからだ。

 〖逃走〗や〖回避〗が適用中のオレに追いつき、攻撃を当てたのだから尋常な〖スピード〗じゃねぇ。


「(解決手段の一つは〖レベル〗上げて〖進化〗すること。それともう一つは……)」


 考えつつ、意識を〖ステータス〗に向ける。

 〖スキル〗欄には新たに加わった……より正確には、上位化した〖スキル〗が一つ。



~スキル詳細~~~~~~~~~~~~~~

遁走 逃走時、素早さに補正。逃走時、隠密能力に補正。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 〖ステータス〗から〖逃走〗が消え、代わりに増えていたのがこの〖スキル〗だ。効果は〖逃走〗の上位互換。

 たくさん〖逃走〗していたから〖スキル〗が成長したんだろう。


 これこそがもう一つの解決手段。

 今ある〖スキル〗……具体的には〖回避〗辺りを鍛えて上位の〖スキル〗にすれば、あの攻撃も少しは見切れるようになるはずだ。


「(まっ、結局は敵を探さなきゃならねぇんだがな)」


 〖回避〗の練習は一人ではできないのである。


 てな訳で、敵を求め爺さんが居たのとは逆の方向に進み出す。

 〖ライフ〗も九割は回復したし、〖長獣〗だってバッチ来いだ。


「(おっ、あいつらなんか良さそうだ)」


 そうして見つけたのはウェアウルフ、二足歩行の狼の魔獣達だ。

 今回の群れは全部で五匹で、その内の四匹は中学生くらいの体格をしている。恐らく〖雑獣〗だろう。


 しかし、リーダー格と思しき個体は別だ。

 約二メートルの高身長で、毛皮越しに分かるくらいには体付きも良い。


 この〖マナ〗の濃い地域で活動していることからも、リーダーが〖長獣〗なのだと推測できる。

 気合を入れて臨もう。


「ヴァウゥ」

「スラスラッ」


 群れがこちらに気付き、オレも威嚇の声を発した。

 リーダーが一吠えすると、配下のウェアウルフ達が散開しつつ襲い掛かって来る。


「(よっ、ほっ、はっ)」


 一匹目は正面から飛び込んできた。ナイフ程の刃渡りがある鉤爪が振り下ろされる。

 それを一歩後退して避ける。


 そこへ迫るのは一匹目を追い抜いた二匹目のあぎと

 今度は斜め前に飛び込んで躱し、三匹目が樹上から奇襲をしてきたのでバックステップ。


 そして背後に回っていた四匹目を〖跳躍〗で跳び越える。

 跳んだ隙を突こうと一匹目がやって来たが、着地と同時に横へ素早く跳んでそれも回避。


 そんな風にしてオレはウェアウルフ達の攻撃を躱し続ける。

 素の〖スピード〗は同じくらいのはずだが、〖回避〗と要所要所の〖遁走〗で一対多でも充分に立ち回れていた。


 ある程度回避に慣れて来ると、今度は無駄な動きを減らすよう意識した。

 必要以上に大きく避けない。攻撃が当たるかどうかの瀬戸際を狙えば全力じゃなくても躱せるし、次の行動までに余裕も生まれる。


「(おわっと、しくったな)」


 まあでもオレは武術の達人じゃねぇし、ミスは結構多いんだが。

 相手の攻撃が思ったより伸びて躱し切れなかったり、力加減を間違えて避けきれなかったり。


 それでもウェアウルフの攻撃はノーダメージなので心置きなく〖回避〗訓練をさせてもらってたんだが、そのことがおちょくっていると捉えたのかもしれねぇ。

 ウェアウルフ達の攻撃がかなり粗雑になりだした。


 怒ると動きが単調になるって聞くけどホントなんだなぁ。

 戦闘が長引いて慣れたのもあるが、相手の動きが何となく読める。多少無理をしてでも攻撃を当てようとしてっから、それを念頭に置けば簡単に隙を見つけられる。


「ガウッ!!」


 ただ、痺れを切らしたのは戦っているウェアウルフだけじゃあ無かった。

 ずっと後方に控えていたリーダーが吠えた直後、不可視の衝撃波に襲われる。


 それからもちょくちょく衝撃波を飛ばしてくるリーダー。

 他のウェアウルフに当たらず、かつオレの動きを阻害するタイミングで撃って来るのでめちゃ鬱陶しい。


 てかアンタ後方支援担当なのかよ!

 その筋肉は飾りか!


 ……まあいい。

 それより、リーダーは攻撃とは別に配下へ簡易的な指示を出している──〖意思理解〗で読み取れた──ので、配下達の動きに冷静さが戻って来ていた。


「(その方が訓練になるけどな!)」


 遠距離攻撃にも気を配りつつの回避はより神経を使ったが、オレの熱意は益々燃え上がった。

 そうして続けてどれくらい経っただろうか。ある時から急に周囲の様子が遅く見えだし、体が一層軽く動くようになった。



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>不破勝鋼矢(ジュエルウェポンスライム)が〖スキル:転瞬〗を獲得しました。〖回避〗が統合されます。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


~スキル詳細~~~~~~~~~~~~~~

転瞬 回避時、行動速度に補正。常時、動体視力に補正。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 〖ステータス〗を見れば〖回避〗が消え、上位の〖スキル〗が加わっていた。

 〖スキル〗上位化作戦は成功したらしい。


「(これでようやく反撃できるぜ)」


 まず最初に狙ったのは鉤爪を振るって来たウェアウルフ。

 腕をすり抜けるようにして躱しつつ、体から刃を生やし、〖転瞬〗で得た速度に乗せて〖スラッシュ〗。


 ジュエルウェポンスライムは〖パワー〗もそこそこあるので難なく敵を切断。

 そいつは地に倒れた。


 他のウェアウルフ達が攻撃をしてくるが、それらの間をすり抜けてオレは一気にリーダーへと詰め寄る。

 リーダーは両腕に〖マナ〗を集め、鉤爪を強化してオレに対抗しようとするが、それだって当たらなければいいだけだ。


 紙一重のところで躱し、その速度を乗せて一閃。

 首を刎ね飛ばした。


 そうなればもうオレに対抗できる者はおらず、残るウェアウルフ達も順次狩られて行ったのだった。



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>不破勝鋼矢(ジュエルウェポンスライム)が〖スキル:クロスカウンター〗を獲得しました。

>>不破勝鋼矢(ジュエルウェポンスライム)の〖魂積値レベル〗が42に上昇しました。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

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