好機と捉えようって

 『意外と悪くないかもしれない』

 二人を見送ったサニーはそんなことを考えていた。

 二人の関係が悪化し、カルメがログを無視しだしていたこの頃、何かしらの打開策を考えねばならないとサニーは考えていた。

 「恋人作戦」はそんな中で思いついた苦肉の策だったのだが、思ったよりもうまくいってしまった事に、サニー自身も驚きを隠すことができなかった。

『でも、むしろ大変なのはここからか。ログには多分カルメさんのことで問い詰められるし、カルメさんもいつ正気に戻って、この作戦をやめると言い出すか分からない。それに、最悪の場合、カルメさんは村から出て行ってしまう』

 緊張と重圧で痛む腹を抑えながら、サニーはさらに二人について考えた。

『でも、カルメさん、わりと常識が無いから恋人というキーワードをもとに押せば行けるかも。それに、意外と満更でもなさそうだったし。問題はそのことにログが気が付いているか、だけど……案外鈍いんだよね』

 サニーは二人の去り際にこっそりとカルメの瞳を覗いたのだが、その時、カルメが言葉ほどログを嫌がっていないように感じたのだ。

『前に、ログにカルメさんは人に好かれたくない人だって言ったの、間違いだったかも。よく分からないけれど、多分カルメさんは、本当は愛されたいんだ』

 カルメの瞳をじっと覗いた時、その瞳の奥に、愛されたくて泣いている幼いカルメの姿が映っていた。

 幼いカルメは、身を守るかのように冷たい氷のナイフを握って構えていた。

 愛されたいのに人から好かれる行動をとれないばかりか、その反対を突き進むカルメの気持ちは、サニーには理解できなかった。

 サニーは人の本心を覗き見るという、ある種カルメよりも恐ろしい能力を持っているが、それにもかかわらず村人の誰からも愛されていたから、多少腹黒くはあるものの素直に育っていたし、愛されない辛さもよく分からなかった。

『でも、ちょっと痛かったな』

 心の中でポツリと呟いて、そっと胸を押さえつけた。

 カルメの心を覗いた時、想像よりもずっと無防備な彼女の心が直接目に飛び込んできて、サニーは一瞬カルメと感覚を共有してしまったのだ。

 その時、ツララで心臓を貫かれるかのような、冷たい痛みが胸にじんわりと広がった。

『あんなに辛いならログの愛を受け入れちゃえばいいのに。やっぱり、あの人は全然わからなくて苦手だな。でもまあ、カルメさんは村に必要だし、ログの恋が上手くいくように、もう少し考えなくちゃな』

 サニーは両腕を天高く伸ばすと首をゴキゴキと鳴らし、二人の恋に思いを馳せた。

 重圧など様々な苦しみはあるものの、正直なところ、サニーは二人の恋路を見守るのが楽しくなっていた。

 もともと、この小さな村に娯楽は少ない。

 川で遊ぶのも木に登るのも幼い頃はとても楽しかったが、成人した大人が楽しめる遊びではなかった。

 農作業したり服を作ったり、料理をしたりするのは遊びというよりも生活の営みや仕事といった感じであるし、娯楽とは言えない。

 家にある本を読むという手もあるが、数は少ない上に、もう何度も読んでいるせいで内容を暗記してしまっていた。

 そのため、本で時間を潰すのも難しい。

 そんな中、村人を楽しませているのはゴシップの類なのだが、そう毎回、目新しいゴシップがやってくるわけではない。

 少し前まであった恋愛系のゴシップは当人たちが結婚するという形で消えてしまったし、もともとよく知る二人だったので本人らも危なげなく付き合い、危なげなく結婚してしまった。

 もちろん良い事なのだが、刺激はなかった。

 そんな中飛んできた、カルメとログの恋愛話。

 ログが村のあちこちでカルメについて聞いて回る上、サニーの方からもカルメの情報があればログに提供するよう働きかけたこともあって、ログがカルメに片思いをしていることは周知の事実となった。

 普段はカルメと関わりたくない村人たちでさえも、ログの恋愛には興味津々であり、特に女性らの間ではよく話題になっていた。

 それはサニーとて例外ではなく、村の存続云々を抜きにしても強く関心の惹きつけられる話だった。

『噂に関しては、あんまり加熱するようなら抑えなきゃいけないけれど』

 村の統制に思いを巡らせつつ、気づけば数十分が経っていた。

「サニー、聞こえてるか? おい、サニー!」

 ログに肩を揺さぶりながら話しかけられ、サニーは一気に現実の世界へと引き戻された。

「ああ、お帰り」

サニーはへらっと笑う。

カルメについての話し合いを重ねる中で、ログとサニーは互いに気安く名前を呼び合い、ため口で話をする関係になっていた。

 もっとも、この村では同年代の人間は名前で呼び合い、敬語を使わずに友達のように話すのでログがそれに順応しただけとも言えるが。

 ログはここ半年、カルメについての情報を集めるために村人とよく会話をしていたので、友人や知り合いが増えていた。

「お帰りじゃなくて、カルメさんになんかやった?」

 睨みつけてくるログの言葉には強い怒気が感じられ、サニーは目を逸らした。

「……やった」

 気まずそうに言うと、ログはやっぱり、と言って肩を落とした。

「どうせ碌な事じゃないだろうけど、一応聞くから教えて」

 ため息交じりに聞かれ、サニーが仕方なしに答えると、ログは握りこぶしを作って彼女を睨んだ。

「誰が、恋に恋してるって?」

 本気で怒っているらしいログの言葉に、サニーは内心で冷や汗を掻きながら両手を振って否定する。

「思ってない! 思ってないけど、カルメさんを納得させるにはそれしか」

「でも誤解されただろ! どうするんだ!!」

 珍しく大きな声で怒鳴るログに、サニーはたじろぐと、

「頑張って訂正するしかないね」

 と、わざとらしく笑ってウインクをした。

 それを見たログは大きくため息を吐いて、その場にへたり込んだ。

 風船が萎むように、ログの怒りも、気力も爆発して萎んでいくようだった。

「変だとは思ったんだ。最近ますます嫌われてるのに急に付き合ってくれるっていうし、なんか裏があるとは思ってた。それでも、嬉しかったのに……」

 背中から落ち込んだ雰囲気が漏れ出ているログを見て、さすがに罪悪感が湧いたサニーが声をかける。

「でも、実際これまで通りじゃ脈なんて全くなかったんだし、チャンスって見方もあるって。それに、カルメさん案外、満更でもなさそうだったし」

 錆びた機械のように、ギ、ギ、ギとログの首が動いてサニーを捉えた。

「だって、久しぶりに話してくれてたじゃん。送らせてもくれたんでしょ。道中会話とかなかったの?」

「一応はあった」

 ボソボソと言うログの声はいつになく暗い。

「ほら、よかったじゃん」

 わざと明るく振舞うサニーを横目で睨むと、ログは再び深いため息を吐いた。

「でも結局、何のためにやってるのかっていったら、俺を遠ざけるためだろ」

「そ、そうだけどさ」

 ログがますます落ち込んでいく。

 サニーがログの気力を回復させる言葉を探して考え込んでいたその時、二人の友人、ウィリアがやってきた。

「やっほ~、サニーとログじゃ~ん。何やってるの~恋バナ~? まぜてまぜて~」

 ウィリアは派手なピンクの髪に薄桃色の瞳をしたチャラい女性で、自分の恋バナも人の恋バナも大好きであり、ログとカルメに強い関心を寄せている。

 カルメに直接、好きなタイプについて聞きに行った猛者でもある。

 しかし、言動が軽く適当な行動をとるわりには約束事は守る方であり、特に恋愛関連の約束事はよく守っている。

 サニーは信頼できると考え、一連の出来事をウィリアに話した。

 話し終わると、ウィリアは目をキラキラさせてあれこれログに質問を始めた。

「え~、じゃあ、ログ、カルメさんの荷物持ってあげたの~?」

「そりゃあ、一応恋人だし」

 ログは俯いたまま、ボソボソと答える。

 カルメの嘘告白が相当ショックだったらしく、どんよりと落ち込んだオーラを纏っているが、ウィリアは正反対のキラキラとした目をログに向けている。

「一応とかいいって~、ちゃんと付き合うって言ったんだから恋人じゃ~ん。謙遜すんなって~。カルメさん喜んでた~?」

 一々語尾を伸ばすさまが実にアホっぽく聞き苦しいが、人間、意外と慣れるもので、少なくとも村人はすっかりウィリアの話し方に慣れていた。

「喜んでなかった」

 相変わらず声のトーンは低い。

 ウィリアは、体育座りになって膝に顔面を埋もれさせるログの隣にどっかりと座り込むと、完全に話を聞く態勢に入った。

「そっか~、残念だね。帰りに何かおしゃべりしたの~?」

「俺が、明日も会いに来るって言った」

「そしたらなんて~?」

 ウィリアがログの顔を覗き込みながら、そう問いかけた。

 ログは依然として落ち込んでいるが、アホっぽいウィリアの雰囲気に呑まれたのか、先程よりも口数が増えている。

「恋人ならそうするのか? って、そうだって言ったら来てもいいって」

「いいじゃ~ん、恋人になった甲斐あるじゃん。最近無視されてたのに、ナイス進展じゃ~ん」

 話している内容はサニーとさして変わらなかったが、それでもログがほんの少しずつ元気になっていくのが見てとれた。

「まあ、恋人から始まる恋もあるって~、あたしと彼氏ちゃんもそうだし~」

「本当に?」

 ずっと俯いていたログが、わずかに顔を挙げた。

「本当だよ~、そん時は別に彼氏ちゃんの事、好きくも嫌いくも無かったけど、付き合ってたら意識しちゃったんだ~」

 ウィリアは自身の恋人に想いを馳せているのか、両頬に手を当ててうっとりと言った。

「好きじゃないのに付き合うとかあるの?」

「あるある~。少なくとも、あたしはそうだよ~」

 あはは、と楽しげに笑うウィリアを見ていると、ログも少し前向きに慣れた。

「チャンスにできるかな」

 ここでようやく、ログの口から前向きな言葉が出てきた。

 ウィリアもニッと笑って、グッと親指を立てた。

「それしかないじゃ~ん。大丈夫~、カルメさんもログの事好きになってくれるって~。ピンチはチャンスって言うでしょ~」

「そうだよな。どのみちやるしかないんだ。頑張ってみるよ」

 完全に顔を上げたログの瞳には、ほんの少し希望が映っている。

「その意気だって~! ガンバ~」

 突然現れたウィリアはこうして、ログを前向きにさせると、

「進展あったら報告よろしくね~」

 と笑って去って行った。

 まるで、台風でも来たかのようだ。

「ともかく前向きになってよかったね。応援するわ」

「ああ、とにかくやってみるよ」

 若干呆然としながらも、ログは前向きに進むことを決めた。

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