君がさせてくれなくても
@ichika0511
第1話 苦悩の理由
目を覚ますと、カーテンから光が差し込んでいる。
もう朝か―
金曜日までサラリーマンとして社会と戦い続けていた夫の総一朗には、土曜日から別の戦いが待っている。それは子供たちを連れて公園に行くことだ。
イヤイヤ期を迎えている娘をベビーカーに乗せ、まだ髪の毛が生え揃っていない息子を抱っこ紐で自分と合体させる。体力面でいえばもう若くない身体はすぐに悲鳴をあげそうになるが、これ以上の幸せはもう見つからないだろうと思うと足取りが軽くなる。
やがて遊び疲れて体力が尽きてくると、最後の力を振り絞るように大きな声で泣き始める。それが帰りの合図だ。手際よく荷物をまとめると、眠りについた子供たちを起こさないよう、愛する妻が待つ自宅へ送り届けることで任務は完了する。
「ただいまー」
「おかえりなさい、汚れてるからすぐお風呂に入るのよ」
よくある家庭のよくある光景。
しかし総一朗はこんな日常の一瞬ですら、いつも幸せを実感していた。
これほど幸せな家庭を築くことができたのは、彼女から嫁に経て、現在はママとして奮闘する妻がいてくれるからだろう。男性はどれだけ仕事で成功し周りから認められても、他人に自慢できるほどの収入を得ても、妊娠や出産、授乳などできないからだ。
そんな幸せな日々をくれる最愛の妻に対し、大きな悩みがあった。それは、妻からママへと変化していくことだ。
最後に化粧をしている姿を見た日がいつだったのか思い出せない。食事へ行っても、家の中で着ているものと違いが分からない。美容が好きだった彼女が、今では風呂上りに化粧水を塗ることすら忘れている。
気にはなっていたものの、育児に参加し始めるとすぐに、妻の変化は仕方ないことなのだと気が付いた。予測不能な行動をする上に、まともに言葉が通じない生き物を愛すことは容易なことではないことだと体感したからだ。
身なりに気を遣う余裕がなくなるほど、全力で子供たちへ愛情を注いでいる姿を見ていると、妻への思いは深まる一方で感謝の念に堪えない。
しかし、愛情が深まれば深まるほど、自分は愛されているのかという一抹の不安が募るときがある。だからこそ相手の愛を確認する行為がときに必要だった。
それは「セックス」だ。
しかし、妻がママに変わっていく上でセックスを避けるようになっていた。そしてそれが何度も重なりセックスレスとなる。
こんなにも愛しているのに、何故だろう―
理由は分かっていた。なのに抑えきれない欲望が溢れ出てしまう。
「今日、子供たちがいないときに・・・」
「でも、他にもやらないことあるし時間がないから」
こうして幸せな家庭に「セックスレス」が潜み始めた。
君がさせてくれなくても @ichika0511
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