チョコレート・テレパス〜あなたの嘘はチョコの味〜

我道瑞大

第1話 初めて会った時から、ずっと君のこと可愛いなって気になってたんだ

「初めてあったときから、ずっと可愛いなって気になっていたんだ」


優しい笑顔の先輩の声は、とてもとても甘く甘く、、天国に昇ってしまいそうな甘さがそこにはあった。


――だから。


そう、


だから、千代子は、その顔面を思いっきりぶん殴ったのだ。


渾身の力を込めた左ストレートだった。


避ける暇などなく、ガードしたらそれを上からぶち破るような、とんでもない黄金の左だった。


「ふざけんじゃないわよ。そんな歯の浮くような言葉で誰も彼も騙されると思ったら大間違いよ。死んで詫びなさい。今まで騙してきた女の子たちに」


 そこまでを一気に吐き出して、千代子は、反撃を予測して身構える。


 しかし、反撃はおろか、反論も反抗も、何もなかった。先輩はぴくぴくと痙攣するばかりで、まったく起きあがって来ない。


「…………」


まずい、と思う。


――ああ、またやってしまった。


 

        @

 

「またやっちゃったよ~~」


 の昼休み。


 両目を瞑って、両手を投げ出してバタバタさせながら、嫌々をするように首を何度か左右に振った。


 そんな千代子に、ヤッコは、

「でもちーちゃん、すごいよね」

 と、いつものようにおっとりとした声で言った。


「やめてよヤッコ」

 何がすごいものか、と千代子は思う。

 

 誰がなんと言おうと、こんなもの、ただの暴力事件なのだ。


 しかも自分は風紀委員の副委員長という責任のある立場

 こんなことじゃ、委員長の堀木先輩に顔向けできない。


 と千代子は強く主張するけれど、ヤッコはお弁当の卵焼きをお箸で持ち上げて千代子の方に寄越し、


「はい、ちーちゃん、あ~~ん♡」

 こんなものでごまかされやしない、と思いながらも千代子はぱくりと卵焼きにかぶりつき、もぐもぐもぐ。


 ……おいしい。


「すごいっていうのはね、男の人を殴り飛ばしたのもそうだけど、どうして分かったの? っていうところ。だって、サッカー部の木途先輩に彼女がいたなんて誰も知らなかったじゃない。真面目で誠実そうで、サッカー一筋で、ってみんなそんな風に思ってたのに、どうしてちーちゃんにはそれが分かったの?」


 千代子に言わせれば、あんなに怪しい臭いがプンプンする奴、最初から何もかも丸わかりだった。


 事実、ヤッコは「本当は彼女がいた」程度に聞いているようだったが、

 実際には「彼女が5人」いた。

 つまり、5股野郎が6股目を狙っていたのだ。


 わからない方がどうかしている。


 しかし、そんな裏の顔を巧妙に隠していたのも確かであって、彼女の大半は学校外。

 分からない方がおかしいと言っても誰にも通じないどころか、気味悪がられるだけ。


だから、千代子は

「それはちょっと企業秘密」

 と言って誤魔化すことにした。


 するとヤッコはほんの少しだけ残念そうな顔をした後、


「……うん、そっか。秘密じゃしょうがないよね」

 とあっさりと引き下がる。


 ヤッコはこういうとき、「つまらない」とも「ケチケチするな」とも言わず、いつも相手の気持ちを尊重して合わせてくれる。

 高校に入学してから半年。

 そのほとんどをヤッコと一緒に過ごしているのは、そんなヤッコと一緒にいるのが心地いいからなのだろうと思う。


 だからなのかもしれない。

「うーん、秘密なんだけど、ちょっとだけヒントをあげよっかな」


 そう言うと、ヤッコはすごく嬉しそうに「ほんとうに?」と顔をほころばせて迫ってくる。

 

 こういう無防備なところをクラスでも見せていたら、男子たちもヤッコを放って置かないだろうな、と千代子は思う。


 クラスでのヤッコは、目立たず主張せず、できるだけ教室の背景に同化しようと努力しているかのようにも見えるタイプなのだ。


「ヒントはね、『チョコレートの味』なのだよ。ワトソンくん」


 きょとん、と古めかしい効果音が聞こえたかのようだった。


 千代子とすればかなり踏み込んだ発言に思えたその言葉も、ヤッコからすれば訳の分からない抽象的なヒントを出して煙にまこうとしていると思えたのか、


 ちょっと小首を傾げて「チョコレート? 千代子だから?」と小さな声で言ったきり、とくに目立った反応もなかった。


 それどころか、ヤッコの話は「あ、そうそう」とあっという間に友達に教えてもらったすごく美味しいチョコレートの話に飛んでしまい、千代子は拍子抜けしたような、ホッとしたような複雑な感情に包まれた。


 ――実は、結構そのままなんだけどな。

 心の中で千代子は呟く。


 実際、千代子は本当にのだ。


 先輩の嘘の言葉に。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 嘘の言葉はチョコレートの味がする。


 千代子がそのことに気がついたのは、大好きだった父親が蒸発したときのことだった。


 ――お父さんはね、千代子とお母さんのことを本当に愛しているよ


 もう、十年も前のことになるんだな、千代子は思う。


 毎晩遅くに帰ってくる父は、玄関のところで待っている千代子を抱きかかえて、愛しそうに微笑みかけながら、そう囁くのが習慣だった。


 その声はとても甘く甘く、まるでチョコレートのようなとろけそう味がして、千代子はその言葉を聞くのが大好きだった。


 けれど、

 ある日、父は仕事に出たっきり帰ってこなくなってしまって、母はしばらくして心を病んでしまって、千代子を引き取った叔母は、千代子に問い詰められた結果として、父が愛人を作って出て行ったことを白状した。


 千代子がチョコレートを食べれなくなったのは、それからだ。


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