に そんな優しいところも大好きっ!
「どうか……わたくしと殿下の、お腹の子のためにも!」
ぶわっ。
一気に人々がざわめきます。
(観客の皆さん、このシーン見どころですよー)
「すまない、イェルカ……!」
はい、殿下。分かっておりますとも。
ここは……悪役令嬢が惨めに泣き叫ぶシーンですわね!
「どうして……どうしてですのっ! わたくしは心を尽くして、お仕えしておりましたのに……何がいけなかったのです!? 他の女との間に子どもをつくるだなんて……あんまりではありませんかぁっ!!」
残念ながらナディア嬢のような涙は流せませんでしたが、顔を覆って肩を震わせれば、まあ十分でございましょう。
「すまないな、イェルカ。僕は、きみのようなふしだ――」
どうしたのでしょうと指の隙間から覗いてみますと、殿下はまた泣きそうなお顔をしていらっしゃいます。本当にどうなさったのでしょう。
「僕は、ナディア嬢のようないち――」
あら、また止まってしまわれました。
どうなさいました、愛しの君。
「…………僕はっ、ふしだらな女は嫌いだ! 一途に愛してくれる者と、真実の愛で結ばれたいのだ!」
ああ、ああ、なるほど。そういうことでしたのね。
殿下はわたくしが大大大好きでいらっしゃいますから、たとえ台詞でもわたくしのことを嫌いだなんておっしゃることができなかったのですね。
この場合あれですか。殿下の本心としては「ふしだらな女
殿下、うまくやっておりますわね。
……うん、可愛い。好き。
「イェルカ様、お腹の子に罪はありませんでしょう? どうか殿下の妻の座をわたくしに譲ってくださいな」
「ええ……ええ、そうね。たしかに子どもに罪はないわ……」
はい、これぞわたくしの名演技でございます。
いかにも絶望しているように見えますでしょう。
ふふん。
「イェルカ……僕は、真実の愛で結ばれたい。だから、この婚約は……なかったことにしよう」
「アルフレート殿下……」
殿下のお読みになった小説がどれだかはっきりしていないのが少々困るところですけれど、まあ悪役令嬢ざまぁ婚約破棄物と言えば、だいたいパターンは決まっているものですわよね。
さあ、悪役令嬢最後の姿よ。
どう演じるイェルカ!
「かしこまりました、愛しい貴方。貴方の幸せのために、わたくしは身を引きましょう。……心から、お慕いしておりました」
儚げに微笑む令嬢の瞳から、すっと一筋の涙が頬を伝います――。
……あら? わたくしも泣けましたわ!
わたくしも嘘泣きができましたわっ!
見なさいナディア嬢、この美しい泣き顔を!!
アルフレート殿下……は、また泣きそうな顔をしていらっしゃいますね。
あぁ、殿下。悲しまないでください。貴方様から身を引くなんてわたくしの本意ではありませんわ。
あとで、いーっぱい、なでなでしてあげますから!
「ありがとうございます、イェルカ様。王太子妃として、これからはわたくしが励んでいきますわ――なんて、言うとでも思いました?」
はい、思ってました。
ドスッという音を立てて、わたくしのたわわなお胸がナディア嬢に蹴り上げられます。わたくし油断していましたのね、床に倒れてしまいましたわ。
ああ、殿下。抑えてください!
お怒りは尤もですが! きっと大丈夫ですわ!
今はまだその時ではありません! 堪えて!
あとで断罪するときにこの件も入れますから!
「わたくし、イェルカ様に虐められた件については、寛大な心で許しておりますの。でも……でも、わたくしとお腹の子を殺そうとしたことは許せない!」
はい、またざわめきポイントです。
わたくしはどうしているべきかしら?
蹴り倒されたまま床に転がっているので正解ですか?
殿下が泣いてしまわれそうですので、大丈夫だと申し上げたいのですけれど……。
「ナディア嬢……どういうことだ?」
「アルフレート殿下には、今まで黙っていたのですが……わたくし、イェルカ様に殺されそうになったのです! わたくしの妊娠が分かったすぐ後に、イェルカ様はわたくしを階段から突き飛ばされて……!」
もちろんやっておりません。
さすがのわたくしでも、罪なき子の命が流れてしまうようなことはいたしませんわ。
わたくし、ナディア嬢だけに罰が下されれば十分だと思いますの。
「それが本当なら、大変な罪だ。何せ王家の血をひく子の命が危ぶまれたのだから……」
「本当ですわ、殿下。信じてくださいませ……!」
「イェルカ、本当のことなのか? 本当にきみがそんなことをしたのか?」
アルフレート殿下の美しい、少し潤んだ碧色の瞳が、わたくしを真っ直ぐに見つめていらっしゃいます。
ああ、殿下。分かりました。
これは……『頷け』ってことですね!
わたくしは蹴り倒されて床と仲良しの状態のまま、こくりと頷きます。
「はい、その通りにございます」
「そうか……。衛兵! イェルカ・フォン・シルベスターを、王族殺害未遂の罪で捕えよ!!」
「は!」
ぞろぞろと兵たちがやってきて、わたくしを拘束します。ようやく起き上がれました。
それはそれは弱ーい力で、そーっと、わたくしは兵に締められます。
ああ、殿下。わたくし気づいてしまいました。
殿下ったら……事前に衛兵を
わたくしに手荒な真似をされないように。
ああ! 好き!
そんな優しいところも大好きっ!
「牢屋に閉じ込めろ」
「は!」
衛兵たちがわたくしの歩みに合わせて、ゆっくりとわたくしを連行していきます。
ここで悪役令嬢ならば……
「殿下っ、アルフレート殿下ぁ……っ! いやっ、やめて! 痛いわ、離してっ! 殿下……!」
悪役らしく、最後の悪あがきでございます。
殿下、泣かないでください。
これ演技ですから。
ぜんぜん痛くも痒くもないですから。
相変わらず泣き虫の元婚約者様と彼にひっつく男爵令嬢を振り返りながら、わたくしは王城の広間から連れ出されようとしていました。
そう、その時です。
「ちょっと待ったぁ!!」
はい、ヒーローの登場です!
ちなみにアルフレート殿下です!!
そう! アルフレート殿下! です……!
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