四月一日の狸

そうざ

April Fool's Raccoon Dog

「狸に関係する諺ってネガティブなものばかりでしょ? オイラ、昔から納得が行かなくてねぇ」

 僕の脳裏には『狸寝入り』しか浮かばなかった。

「取らぬ狸の皮算用とか、狸の念仏とか、同じ穴の狸とか」

「最後のは、ムジナでしょう?」

「狸とも言うんだよ。今度、辞書を引いてみな」

 何処まで信じて良いものか。

 僕は、病院の待合室でぼうっとしていた。改めて熱を測ったら更に上がっていた。熱がある事がはっきりすると余計に熱っぽく感じるのは何故だろう。一種の自己暗示なのだろうか。

「だけどさ、一方で狸はお人好しのイメージもあるでしょ? 狐の方が頭が良いみたいな。オイラ、あれも納得が行かないんだわ」

 それにしても、実際にオイラなんて言い方をする人に初めて会った気がする。

「やけに狸の肩を持つんですね」

「そりゃ、まぁ、子供の頃に散々揶揄からかわれたからねぇ。だって――」

「……タヌキさ~ん、どうぞ~」

「えっ?!」

 看護師さんの声に反応した小父さんは、太鼓腹を抱えながらひょこひょこと診察室へ消えて行った。

「いっ、今の人っ!」

 僕は思わず立ち上がって看護師さんに尋ねた。

「……タヌキさんが何か?」

 僕は、何だかほっとしたような心持ちで椅子に腰掛け直した。熱が更に上がっているのかも知れない。


 程なくタヌキ――ワタヌキさんが待合室に戻って来た。

「オイラね、実は駅前で小料理屋をやってんの」

「そうなんですか」

「今度いらっしゃい。店の前に信楽焼の狸が置いてあるから、直ぐに判るよ」

「じゃあ、近い内に……」

「ここの先生も常連でねぇ、今日はツケを取り立てに来たのさ」

 ワタヌキさんは声を立てずに笑い、会計を済ませるとそそくさと出口へ向かった。

「あ、そうだ」

 と思ったら引き返して来て、僕に一枚の紙切れを差し出した。

「これ、使って」

 手書きの『瓶ビール一本無料』という文字が可愛らしく踊っている。

「……何だ?」

 端っこに『四月一日』と記されている。

 今は秋だ。

「エイプリルフール……?」

 顔を上げると、もう人影はなかった。

 本当に狸の小料理屋なんてあるのだろうか。




 ※気になる方は『四月一日 苗字』で検索を(作者)。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

四月一日の狸 そうざ @so-za

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説