夕陽色の瞳

寛ぎ鯛

第1章-友の足跡-

第1話 

 戦争は無事に終わった。「無事に」など到底言えない燦燦たる状態であるが、世間では無事に終わったと前向きに捉えられている。どうせ終わるならどうして始まったのだろう。多くの人が命を落とした、多くの人が安住の地を失った。ここにも一人、かつて、幸せな時間を過ごした場所を眺めながら物思いに耽る者がいた。

 ここはジューンベリー領の中心部、かつてのジューンベリー家の宮殿があった場所だ。美しい白の宮殿と、広大で整った庭園が自慢の穏やかで美しいところだった。

 そこに立ち尽くすのはダリル。ジューンベリー領の若者だ。戦争が起こる前は、市街地の有名パン屋・「ミンカル・ブレッド」で師匠のミンカルの手伝いをする傍ら、このジューンベリー家にもパンを届けにやってきていた。

 あの頃とは打って変わって、焼け野原となったこの土地に、ダリルは涙すらも枯れ果て、ただただ荒野と化した土地を眺めるのだった。今もなお残る焼け焦げた匂い、ダリルはぽつりぽつりと残骸の中へと歩みを進めた。


 戦争がはじまると、まず矢面に立つのはその土地を治める者たちだ。ジューンベリー家はジューンベリー領主でもあるため、戦火に巻き込まれ、まず真っ先に攻撃の対象となった。

 ダリルは荒れ果てた庭園の片隅にある、一軒の邸宅の前にやってきた。かつてのダリルが足繁く通った場所だ。当然、壁や扉、窓などは壊れているが、それでもまだ家としての外形は保たれている。ダリルはおもむろに扉をくぐり中へ入った。

 ここはかつてアトリエだったところだ。床に画材が散らばっている。ふと窓辺に目をやると、野ざらしになった窓際の花瓶に枯れたユリがささったままになっている。そして、それを照らす夕陽によって、ユリの影は寂しそうに長く伸びていた。

 ダリルはかつての友がよく腰を掛け、本をめくっていた椅子の方へ歩みを進めた。爆発の衝撃の影響か、本棚は崩れ、友人の愛した本たちも散々な様子だ。本の表紙をなでるように、ゆっくりと見つめていると、不自然な一冊を見つけた。

 明らかに一冊だけ、本来の装丁の上に絵の具のようなもので、乱雑に文字が書かれている。


 「西へ」

 

 ダリルはその本を携えて、急ぎアトリエを後にした。

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