第38話 太陽の剣(SIDE:空)
シエルの目の前で、リオナというヴァンパイアの首をスズが斬る。
しかも、ニヤニヤと笑いながら楽しそうに。
だが、何度斬っても再生して、結果的にダメージはほとんど与えられていないようだった。
(何をやってるのよ、この野蛮人は!? 遊んでる場合じゃないでしょ!)
呆然としてその様子を見守っていたシエルは、ようやく我に返って、スズに加勢しようとした。
その時、リオナが超巨大剣でスズを攻撃して、その衝撃で床が崩壊して大きな穴が現れた。
(あっぶな! こんなところに落とし穴!?)
彼女の足元は崩れなかったが、スズの足元はまさに穴のど真ん中だった。
「スズッ!」
ゼクスが叫びながら、穴のふちから手を伸ばした。
その瞬間、シエルの中で、すさまじい速度で計算が行われた。
(まてよ、このリオナというヴァンパイアは、どうやらラスボスみたいだけど、不死者ということなら私とゼクスで協力すれば倒せるはず! あの魔女の森でもそうだったんだから……)
彼女はスズの持っている魔剣を見る。
(スズは魔法を使えない……ということは、空を飛んだりもできない。穴に落ちたら、ただではすまないはず。ということは、これはスズを排除する、最後の大チャンスなのでは?)
そう思ったシエルの動きは速かった。
リオナに向かって杖をかざし、魔法攻撃を放ち、その反動で吹き飛んだフリをして、ゼクスの体に体当たりした。
「おっとぉおっ! すごい反動で吹き飛んでしまいましたあっ!」
「どわぁっ!」
ゼクスを押し倒すような形になり、彼が伸ばしていた手を掴もうとしていたスズは、あっけなく暗闇の底に落下していったのだった。
(プププ、大成功ぉ~! これで、私とゼクスの仲を邪魔する奴はいなくなったわね。あとは、サクッとラスボスをやっつけて、さっさと王都に帰りますか)
「スズーっ!」
ゼクスは穴の底に向かって叫んだ。当然、返事はない。
「ゼクス、ごめんなさい……私、スズを助けることができませんでした……」
シエルが神妙な顔を作って俯くと、ゼクスは立ち上がって、彼女の肩を叩いた。
「気にするな、シエル。このくらいのことで、スズならきっと大丈夫さ。絶対に戻って来る」
「え……?」
ゼクスの確信に満ちたような表情に、シエルは思わず首を傾げた。
(ゼクス、なんでそこまで確信しているの……普通、この状況だったら諦めるでしょ……?)
その時、シエルは彼がスズに最初に会った時、あのラクリマの山の中で彼が発した言葉を思い出した。『やっぱり俺とお前は、運命の赤い糸で結ばれているんだなぁ』という言葉。
(あれは、勘違いだったはずでしょ? むしろ、赤い糸で結ばれているのは私のはず……私はこんなにあなたのことが好きなんだから……)
「俺は、スズを信じてる。だから、あいつが戻ってくるまで、俺たちも死ぬわけにはいかない!」
「ゼクス……そうですね」
シエルは頷いた。
(そう、今はまず、目の前のこの敵を倒さないと)
聖なる杖に力を注ぎこむと、虹色の光が杖を包み込み、その光が結晶となって剣の形となった。
「ゼクス、一気にけりをつけましょう。不死者を滅ぼす、女神の力……太陽の剣で!」
「ああ、そうだな、シエル!」
ゼクスも大剣を構え、その剣が金色の光を放ち始めた。
――『能力強化(キング)』
――『スピード超高速化』
――『クリティカル率99%上昇』
――『クリティカルダメージ10倍』
――『魔法防御貫通100%上昇』
シエルの強化バフ魔法が発動し、二人の体が赤く光り出す。
「女神の力ねぇ……ということは、お主らは勇者ってことじゃな?」
リオナもまた全身が赤く光り出し、巨大な剣を構えた。
「勇者は、ゼクスよ。私は、大聖女!」
「まあ、肩書は別になんでもかまわん。我だって、不死の女王であり、300年前は魔王とも勇者とも呼ばれておったからな」
「はあ? 魔王なのに勇者? どういう意味ですか?」
思わずシエルが目をパチクリさせると、リオナは赤い唇を歪めてニヤリと笑った。
「魔王や勇者など、ただの記号に過ぎんということじゃ。そこにいる勇者ゼクスとやらも、どちらかといえば魔王の方が似合いそうじゃが?」
「えっ?」
シエルがハッとして隣のゼクスを見ると、彼は、あの森の中でと同じように、全身の肌が黒く染まり、背中からは黒いオーラが立ちのぼっている。
「ゼクス……」
彼はギロリと青白く光る眼でリオナを睨んだ。
「ああ、たしかに、勇者とか魔王とか、そんなのはどっちでも構わない。シエル、ごめんな。俺は嘘をついていた。俺がこの世界に転生する時、女神様から言われたのは、たった一言……『魔王を倒せ』ってだけだ。勇者ってのは、俺が勝手に名乗っていただけなんだ。だから、俺が一体、何者なのか、俺自身でもわからない。ただ――シエルやスズや、王都のみんなを守るために……俺は戦って、コイツを倒さなければならない。シエル、手伝ってくれるか!?」
「……」
(そっか、ゼクスは自称勇者だったってわけね。あはは! 面白い! じゃあ、『やっぱり』私とは相性抜群ってことじゃないの。自称勇者と、自称大聖女。これ以上のピッタリな組み合わせは、他にはないでしょ?)
「当然です。あなたが何と言おうと、私にとって、あなたは勇者。人類の希望ですから!」
シエルは剣を握る手に力を込める。
(まったく、私は何を勘違いしてたんだろ。あのマウンテンゴリラに、私が負けるはずがないじゃないの。ゼクスにふさわしいのは、やっぱり私しかいないんだから。そして、あいつがいなくなった以上、これからは私と彼の溺愛めちゃラブ展開が待っているのよ! ああ、なんかテンション上がってきちゃった。でゅふふ)
「ありがとう、シエル……よし、行くぞ!!」
「はい!!」
「太陽の女神よ」「今こそ我らに力を」
二人の剣が放つ金色の光が強くなり、暗い廊下をまばゆく照らし出した。
「「聖剣、プラズマストライク!!」」
二人の剣から放たれた二筋の金の炎の斬撃が交差し、リオナの体を貫いた。
「ギャアアアアアアアアッ!!」
断末魔の悲鳴を上げ、リオナの体が炎上して、一瞬で黒い灰になった。
(決まった! やっぱり、私とゼクスが一緒なら無敵ね!!)
「ゼクス、やりまし――」
ゼクスを振り返ったシエルの笑顔は、しかし次の瞬間には、真っ青になって凍り付いた。
彼は床に膝をついて、その腹部からボタボタとコップをぶちまけたように赤い血が滴っていた。
「ゼクス!?」
慌てて駆け寄ろうとした彼女の前に、黒い灰――いや、黒い霧が現れて、その霧がリオナの姿に変わった。
(こいつ、さっき確かに殺したはずなのに……なんで無傷なのよ!?)
混乱しつつも、シエルはリオナの繰り出した剣を受け止めた。が、次の瞬間、目にも止まらないほどの速さで彼女の剣は叩き落とされ、一瞬で腕や体の数か所を切り裂かれた。
(ちょ、速すぎ!!)
赤い血が吹き出し、シエルはとっさに距離をとり、回復魔法で自身を治療した。
「ほう、腕を切り落とすつもりじゃったが、思ったより頑丈じゃな。少しは楽しめるかのう?」
ニタニタと残虐な笑みを浮かべ、リオナが剣についた血を舐めた。
「ふ、ふん、当然です……このくらいの攻撃、なんでもないですよ。私は大聖女ですからね!」
(えええっ!! ヤバイよ、超ヤバイ! こいつ……本物の化け物じゃん!!)
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