第33話 筒抜け(SIDE:空)
オルルカは、二人を交互に見て、微笑んだ。
「そんなに警戒しなくても、大丈夫ですよ。試練に合格したあなた達は、れっきとしたお客様なんですから」
「試練、ですか。あんなドラゴンゾンビやスケルトンをいきなりけしかけるなんて、随分と趣味の悪い試練ですね」
シエルがそう言って睨むと、オルルカは笑顔を一切崩さず彼女を見返した。
「あれは想定外のアクシデントでしたね。急にものすごい瘴気が漂って来て、この森に眠っていた死体が動き出してしまったみたいです。というか『大聖女』さん、魔法関係の書物を読んで勉強したあなただったら、この森に勇者が立ち入った時には試練があるというのは、ご存じだったはずでは?」
「えっ……えーっと、あ、はい。もちろん。あ、当たり前じゃないですか」
(知らねーよ、そんな話! 魔法関係の本は確かにいろいろ読んだけど、魔法に関係なさそうなところとか、つまんなそうなところは読んでないし!)
「え、シエル……知っていたのか?」
ゼクスの目が点になって、口元だけで笑っていた。
「あ……いや、えっと……知ってはいたのですが、なんというか……そ、そう! 勇者であるあなたには、先にそれを伝えないほうがいいかと思ったのですよ。か、カンニングになってしまうので!」
「カンニング……?」
「はい」
(ごめんゼクス。自分で言っておいて私も意味わからないから。なんだ、カンニングって)
シエルが全身に変な汗をかきながら、ゼクスに微笑む様子を、黒いペガサスが白い目でジーッと見ていた。
(なんだよ、馬面! こっち見んな!!)
オルルカはクスクスと笑ってその様子を見ていたが、急にその笑みを引っ込めて、真剣な表情で再び、二人の顔を見た。
「ただ、試練に合格したといっても、あなたたちはまだレベルは低いし、力のコントロールもうまく出来ていないようです。正直、その状態でここから先、つまり魔王城に向かうのは、やめておいた方がいいと思います」
その、あまりにも真剣で、あまりにも図星すぎる彼女の言葉に、二人は思わず黙ってしまった。
シエルは、砦に最後に現れた、あの青いツインテールの魔族を思い出す。
(確かに、あんな化け物みたいな魔力を持った魔族がうじゃうじゃいるとなると、うかつに飛び込むのは危険かもしれないわね……)
と、珍しく冷静に考えていると、隣にいたゼクスが口を開いた。
「確かに、そうかもしれない……でも、大切な仲間が、魔王城に向かっている。俺は、彼女を一人で行かせるわけにはいかないんだ」
その言葉に、シエルはハッとして彼の横顔を見上げた。
(ゼクス、あなたって人は……なんて仲間思いで、優しくてかっこいいのよ! やっぱりあなたは最高のイケメンだわ! 任せて、あなたのことは、絶対に私が守るから!)
彼女は大きく頷くと、オルルカをキッと睨んだ。
「私も同じ気持ちです。大切な仲間を守るために、私たちは行かなくてはならないのです」
「シエル……ありがとう!」
ゼクスが感動したようにキラキラした目でシエルを見て微笑んだ。
(でゅふふ、ゼクスの私に対する好感度がまたまた上がってしまったようね! いやぁ~照れますねぇ。私たちのこんなアツアツっぷりを見せつけちゃったら、このおばさんヤキモチ妬いちゃうかも~プププ)
「そ、そうですか……わかりました」
オルルカは苦笑しながら、ポリポリと頬をかいた。
そのうしろで、なぜか黒いペガサスが青ざめてオロオロしていた。
「あなたたちが、そこまで言うのでしたら、私は止めません。ただ、一つだけ忠告しておきますが……今から倒そうとしている敵は、逸脱した存在。まるで常識が通用しない相手です。あなたたちでは、絶対にソレを殺すことはできません」
「絶対に……ですって? 面白いですねぇ」
シエルはククク、と笑った。テンションが上がった彼女は、謎の無敵(思い込み)モードに入っていた。
「傍観者さん。私も一つ、あなたに教えてあげましょう。この世に『絶対』なんて言葉はないのですよ。それがたとえ、どんなに低い確率だったとしても……私たちはそれを成し遂げることができる。それが、人間の力、愛の力なのですから!」
「は、はぁ……愛、ですか……」
オルルカの苦笑が、さらに深くなった。それに眉がピクピクしていた。
(プププ、私の名言に感動して、ビビッてしまっているようですねぇ。ざまぁ! さて、こんなおばさんはほっといて、さっさと魔王を倒して王都に帰りますかねぇ~)
「さあ、ゼクス。先を急ぎましょう」
「あ、ああ。そうだな。お前の言葉、すごく響いたよ、シエル!」
ゼクスはちょっと涙目になって、白い歯を見せて笑った。
(はぅっ! 最高の笑顔、いただきましたっ!! ヤバイ、キュン死してしまいそう……)
「えっ、シエル!?」
フラフラと倒れそうになるシエルを、ゼクスが慌てて抱きとめた。
「はっ、ゼクス……ありがと……って、わああっ、近い近い!」
「そっか……シエル、さっきの戦いで力を使い過ぎたから……ごめん、俺の力が足りないばっかりに」
「あ、いや、そんなことない……ですよ……?」
「でも、ここで止まっている時間はないから、ごめん。シエル、俺の背中につかまってくれ!」
「うぇっ!? ちょっと、ゼクス!?」
ゼクスはいきなりシエルの体をおんぶした。勢いでうしろに倒れ落ちそうになって、シエルは慌てて彼の肩につかまった。
「あ、ありがと……ゼクス……じゃあ、ちょっとだけ甘えちゃいますね……」
(ひえええええ!! さ、最高過ぎる!! クンクン!! ゼクスの背中に密着し放題!! ここは天国かああああっ!? ずっとこのままでいたい~!! クンクン!!)
シエルを背負って歩き出したゼクスに、鬼兵士たちが無言で従っていく。彼らにいつもの元気はなく、お通夜のような妙な空気が漂っているのは、全員がシエルの情緒不安定さにビビってしまっていたからかもしれない。
森には、いつの間にかまた濃い霧が立ち込めていた。
◆
霧の中に、勇者パーティの一行が消えていったあと、黒いペガサスが、おずおずとオルルカの顔色を伺った。
彼女は微笑んでいたが、額にはいくつもの血管がピキピキしていた。
「お……オルルカ様……?」
「あなたは、どう思います? あの『ニセ大聖女』は」
「ゲッ! ええっと……勘違いと自己主張が激しい小娘ですな。あと自信過剰で……しかし、よくもオルルカ様のことを、おば」
「まあ、ある意味、幸せ者ってことでしょうね」
「ヒエッ!?」
ペガサスの言葉を遮るように、オルルカは明るい声で言った。ペガサスは一瞬で全身、汗だくになってしまった。
「あっ……はい。そう、かもしれません……」
「運がいいですよ、彼女は。私、この霧で迷わせて、一生、森の中をグルグルさまよわせてやろうかと思ったのに」
「えっ……そ、そうなのですか?」
「でも、気が変わりました。森から出られなかったら、ずっと彼女はイケメン勇者に『おんぶ』され続けるでしょうし」
「…………た、たしかに」
「それに、ガラにもないことですけどね。私、早く『観たい』って思ってしまったのです。彼女が魔王城に行って、どんなに無様な戦いをして、どんなに無様に死んでいくのか。きっと、笑わせてくれると思いませんか?」
「……」
「だから、やっぱりさっさと森を出て、魔王城に行ってもらう事にしました。フフフ」
黒いペガサスはうつむいて、地面を歩く虫の数を数えていた。
フフフ、と楽しそうに笑う主人が、どんな表情をしているのか……怖すぎて見ることができなかったのだった。
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