第30話 『主人公』
「プレイヤーという概念は、この世界しか知らないあなたには、なかなか理解が難しいかもしれませんね」
オルルカは銀色のワイングラスにワインを注ぎながら微笑んだ。
私はそれを眺めながら、欠伸をする。難しい話は苦手だぁ~。
「ああ、さっぱりわからないよ」
「うふふ、正直なのはいいことです。まあ簡単に言えば、主人公ということです」
「主人公?」
私のことじゃん。
「そう。生命を持つ者にとって大抵は、世界の主人公は自分自身です。でも、世界という大きな単位で見た時、当然ながら、全員が主人公にはなれません。世界の中で、主人公になる資格――権利、といってもいいかもしれませんね。それを持つのが、プレイヤーということです」
「へえ……うん? じゃあ、私は主人公じゃないの?」
私の顔があまりにも残念そうだったからか、オルルカはあはははっ、と愉快そうに笑った。
「そうですね。可能性は低いかも……。でも、完全にゼロとは言えませんよ。あなたは、『元』主人公の一人娘ですし」
「そういうものなの……?」
どうやら、主人公になれるかどうかというのは、単純な実力だけの問題じゃないみたいだ。
「安心してください。可能性があるというのは、ただ気休めで言っているわけではありませんよ。私、気休めで甘っちょろいことを言うのは大嫌いですから」
「ああ、それは私も。ダメならダメってはっきり言ってくれた方がスッキリするし」
「うふふ、あなたのそういうところ、お父上にそっくりです。なんだか、懐かしい気持ちになってしまいます」
「へえ……」
そんなこと言われても、私には何も言えることはないけど。
「ごめんなさい、話を戻しましょう。あなたが主人公になれる可能性がある根拠……それは、『あなたが魔剣の力を使えている』ということです」
「魔剣……?」
「そう。本来、魔剣の能力を使えるのは、プレイヤーのみなのです。でも、あなたはそれを使えている。つまり、世界は――少なくとも魔剣は、あなたをプレイヤーだと認めている。転生者ではない、あなたを。これは、すごく珍しいことなのですよ」
「そうなんだ……。それって、私がプレイヤーの娘だから?」
「そうかもしれませんが、そうではないかもしれません。正直、なぜあなたが魔剣を使えるのか、はっきりした理由は私もわかりません」
「へえ、そうなの……?」
てっきり、なんでも知ってるのかと思った。彼女からは、現実離れした賢者みたいな雰囲気が漂っていたから。
「一つ言えるのは、単にプレイヤーの血を引いているから、魔剣が使えるというわけではないことです。事実、同じように、プレイヤーである先代魔王の血を引いている、今の魔王は、魔剣を使う事はできません」
「ふーん……まあ、難しいことはよくわからないけど。それよりさぁ」
一番気になってる事を早く教えてほしかったから、私は丸テーブルの上に手をついて、オルルカに顔を寄せる。
「早く教えてよ。この魔剣についてのこと」
すると、彼女はそうですね、と笑顔で頷いた。
「この世界には、伝説の七魔剣と言われる、七本の魔剣が存在しています。それぞれが、独自の能力を持っていて、あなたが持っているのはそのうちの一つ、黒の魔剣――『境界の魔剣』と呼ばれるモノです」
「ああ、それは知り合いの大聖女に教えてもらったから、知ってる~」
私が頷くと、オルルカはなぜかクスクスと笑った。
「大聖女ねぇ。まあ、魔法についての本をいくつか読んだら、七魔剣の伝説は必ず知ることになるでしょうから。でも、彼女はその能力までは教えてくれなかったようですね」
「うん、能力は知らないって言ってたよ~」
私がそう答えると、オルルカはまた急に爆笑した。
一体、何にツボったのか理解不能な私は、ポカーンとしてそれを眺めていた。
「いやぁ、ごめんなさいね。スズって、面白いですよね」
「……それって、バカにしてるの?」
「全然。むしろ、あなたのそういうところ、私は好きですよ」
「…………どうも」
そういうところ、がどういうところなのかわからないけど、また脱線しても面倒なので適当に頷いた。
「えっと、魔剣の話よね。あなたが持っている境界の魔剣の能力、それは『絶対境界』と言われるパッシブスキルです」
「パッシブ……?」
「つまり、その魔剣を身に着けているあいだ、ずっと発動されている能力ということです」
「なるほどぉ。で、どういう能力なの?」
「絶対境界は、その魔剣を持っている者を、世界から切り離し、世界を支配する概念から解放します」
「うん? 概念?」
「そう。この世界において、すべての源流となっているエネルギー自体の概念。つまり、魔法の力です。わかりやすく言えば、境界の魔剣を持った者は『一切の魔法を無効化する力』を得るのです」
「えっ……それじゃ、私が魔法を使えなくなったのって」
やっぱりこの魔剣のせいだったってことか。
「その通りです。黒の魔剣が『異端の魔剣』とも言われる
「最強……」
「あなたのお父上との約束は、あくまでその魔剣を『あなたに渡すこと』でした。だからあの日、ただ何も考えず、私は事務的にその約束を果たしました。あの時は、あなたが魔剣を使えるなんて、ゆめにも思っていなかったのです」
オルルカはそう言うと、おもむろに立ち上がって、部屋の片隅のキャビネットから、小さなビンを手に取った。
「魔剣は、世界を変えるほどの恐ろしい力を秘めています。しかしその力を発揮するためには、莫大な魔力を必要とします。それは、境界の魔剣であっても例外ではありません。魔力を維持するためには、魔剣は常に戦い続け、殺し続けなければならないのです」
「殺し続ける、かぁ……」
私は、あの薄気味悪い、餓えた蛇みたいな白い腕のことを思い出していた。魔剣は、敵の命を食べることで、自分の魔力を回復しているってことか。なるほど。
「あなたのお父上は、別の魔剣を使って魔王を倒しました。彼にとって、『異端の魔剣』は、扱いが難しかったんでしょう。だからこそ、私に預けた。彼自身も、あなたが魔剣を使えるかどうかなんて、わかっていなかったはずです。ただ父親として、ほんのちょっぴりでも、あなたに何か、生きるための武器になるものを残したいと……そう思ったのかもしれません」
彼女は小さなビンを丸テーブルの上に置き、再び椅子に座ると、足を組んだ。
「つまり、その異端の魔剣は、ずっと誰にも使われていなかった。いわば、お腹がペコペコで力が出ない状態なのです。だから、あなたがもし望むなら、その魔剣の力、私が覚醒させてあげましょう」
「えっ! そんなことできるの!?」
というか。
私は、これまで魔剣が敵の心臓を貫いたり、握りつぶしたりとか、イブとの戦いで見せた、あの青い炎とか、てっきりアレがこの魔剣の力なのかと思っていた。
でも、あれは単に、この魔剣が魔力を回復するために(命を食べるために)、敵を殺すのを手伝ってくれていただけってことらしい。
じゃあ、もし覚醒したら、一体どうなってしまうんだろう?
そう考えると、ものすごくワクワクしてきた。
「ぜひよろしく!」
「あなたならそう言うと思っていました。では、魔剣をこちらへ。……実は私も、あなたのこれまでの戦いを『観て』きて、少し楽しくなってきているのですよ。あなたなら、世界をもっと面白くしてくれるんじゃないかって」
「面白く……かぁ。えへへ、それは任せてよ」
私は笑って、魔剣を丸テーブルの上に置いた。
「あ、そういえば、ちょっと気になってたんだけどさ。あんた自身は転生者……というか、えっと……あんたが言うところのプレイヤー、って奴じゃないの?」
その質問に、彼女も笑みを浮かべたまま、こともなげに答えた。
「いいえ。私はプレイヤーではありません。あなたと同じ、
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