第28話 力(SIDE:空)

「クソったれ! こいつら、マジで不死身かよ!!」


 鬼兵士が悲鳴を上げながら、ガイコツ兵士を棍棒で殴り飛ばす。


 首が取れて吹き飛んだガイコツ兵士は、しかし、すぐに首を自分で体にくっつけて立ち上がり、再び武器を持って向かってくる。それどころか、次から次へと森の奥から、新しいガイコツ兵士が押し寄せてくる。


「シエル、お前は逃げろ!」


 右腕を食いちぎられ、剣を落としてうずくまっていたゼクスが叫んだ。


「空を飛べば、お前一人なら逃げられるだろ……俺がコイツを引き付けてるあいだに、逃げるんだ!」


 そう言いながら、武器も持たずにドラゴンゾンビに向かって踏み出す。


「そんなこと、できるわけないでしょ! ゼクスも逃げるんですよ!」


 シエルは叫んで、ゼクスに駆け寄る。


(とにかく、まずは早く回復を! ゼクスが死んじゃう!!)


 だが、彼女の手がゼクスに届くより早く、ドラゴンゾンビの爪がゼクスを襲った。

 きりもみ回転して吹き飛んだゼクスの体を、ようやくシエルがキャッチする。


「ゼクス、無茶しないでよ!」

「シエル……っ! 危ないッ!」


 腕の中で、彼女の顔を見上げていたゼクスが、突然、目を見開いて、シエルを突き飛ばした。


「ちょっ――」


 何が起きたかわからずにいると。

 上空から謎の巨大ハンマーが回転しながら飛んできて、ゼクスの背中に激突し、そのまま彼の体を地面に叩きつけた。


「えっ……?」


(また、敵!?)


 シエルが慌てて上を見ると、背の高い木々の間を、翼の生えた黒い馬――漆黒のペガサスにまたがった、真っ赤なプレートアーマーをまとった影が見えた。

 全身を真っ赤な鎧で包み込んだソイツは、ヘルムに開いた細い隙間から、青白く光る眼を光らせていた。


 だが、シエルはそれが、他のスケルトンやドラゴンゾンビといった不死者とは別の存在だと直感した。ソイツから漂う、すさまじい魔力と、氷のように冷たい生命力。


(こいつは、ゴーレム!?)


 黒いペガサスが羽ばたきながら急降下し、赤い鎧がハンマーを拾い上げた。


 シエルはすかさず虹魔法を放ったが、放たれた七色のレーザービームはことごとく回避された。

 と、思うと、ソイツは空中で旋回して、シエルに向かって一直線に向かってきた。


(速い……ッ!)


 回避が間に合わず、ハンマーの一撃がシエルの体をとらえ、吹き飛んだ彼女の体がピンボールのように鬼兵士たちのあいだをバウンドして、地面に転がった。


 赤い騎士は空に浮かびながら、ゼクスとシエルを見下ろす。


『我輩は、試練を与える者。うぬらの力、その身で示せ』


 鼓膜は通さず、脳に直接、そんな声が届いた。


(試練ですって……?)


 シエルは立ち上がって、ソイツを睨みつけた。


『力を示せ。傍観者オンルッカ―に、相まみえる価値のある者である証を示せ』


(傍観者? 知らないわよ、そんなヤツ。別に会いたくないし。それより、早くゼクスを回復……)


 と。


 ゼクスに目を向けたシエルは、一瞬、何が起きたのかが理解できず、完全に思考停止した。


 さっきまで地面に倒れていたゼクスが、立ち上がっていた。

 それはいい。


 ドラゴンゾンビに食いちぎられたはずの、ゼクスの右腕が、復活していた。

 まあ、百歩譲ってそれもいいだろう。


 だが――。


 ゼクスの全身の肌が黒く……褐色ではなく、漆黒といってもいい黒に染まり、彼の体から、黒いオーラがゆらゆらと立ち昇る。

 あの砦で見た魔族以上の、恐ろしいほどの魔力が、彼の体からみなぎっていた。


「ぜ、ゼクス……なの?」


 シエルは目を見開き、やっとそれだけ言ったものの、その震える声は、ゼクスには届かなかった。


(一体、何がどうなってるの? あんなの、あんな姿、あんな魔力、あれじゃまるで、勇者ってよりも……)


 ――魔王。


 その言葉が、彼女の心に浮かんだ刹那。


 ゼクスの姿が消えた。

 いや、性格には、速すぎて彼女の目では追い切れなかった。


 まるで一筋のノイズが走ったように、一本の黒い線となったオーラの残像だけを残して、彼の体は一瞬で、空に浮かぶ赤い騎士の背後に移動していた。


「俺はあああっ!!」


 ゼクスが叫びながら、まるで獣のように腕を振るって赤い騎士を殴り飛ばした。

 赤い騎士の体はものすごい勢いで吹き飛んで、ペガサスもろとも地面に叩きつけられた。


「俺は……こんなところで死ぬわけにはいかないんだああああっ!!」


 ゼクスの咆哮が響く。


「シエルちゃん!」


 放心したようにそれを見上げていたシエルは、鬼兵士の声でハッと我に返った。


 気づくと、彼女は数人のスケルトン兵士に囲まれていた。

 だが、彼女の心の中はそれどころではなかった。


(すごい……すごい、すごい、すごいっ!!)


 シエルは顔を真っ赤にして、上気した顔の熱を少しでも冷まそうとするかのように両手を頬にあてて、声にならない笑いを上げた。


(かっこよすぎるッ! ダークヒーローってやつなのかな!? うんうん、普通の勇者より、こういうののほうが絶対、かっこいいよね! やっぱり、私のゼクスは最高だわっ!!)


 スケルトン兵士の一人が剣を振り上げ、背後からシエルに迫る。

 シエルの瞳には、ゼクスが落とした大剣が映っていた。


(そういえば、超いまさらなんだけど……前から、なんか変だな~って思っていたことがあるのよね。ずっと、なんとな~く気になってたんだけどさぁ)


 彼女は、足元に落ちていた、ゼクスの大剣を右手で掴んだ。


(ゲームとかだと、魔女とか魔法使いって大体、紙みたいな防御力しかないじゃん? でも、この世界の私は、全然そんなことなくて……空から落ちて顔面から地面に突っ込んでも、ハンマーで殴られてぶっ飛ばされてピンボールにされたも、全然、無傷。おかしくない? そういうのが、前からちょくちょくあってさぁ……ずっと、私が『最強の魔女』だからなのかなって思って、気にしないようにしてたんだけど……)


 自分の身長に近いくらいのその鉄の塊を右手で軽々と振り上げて、彼女は背後に迫っていたガイコツ兵士を一撃で叩きつぶした。


「魔法でチマチマ戦うより、私にはこっちのほうが合ってるのかもしれないですよねえーっ!?」

 

 ――『能力強化(キングつゆだく)』

 ――『スピード超高速化』

 ――『クリティカル率99%上昇』

 ――『神聖属性超強化』

 

「うへへ、これぞ自給自足ね……おりゃあああっ!! 死ねええっ!!」

 

 シエルが大剣を振り回し、一瞬で周囲のガイコツ兵士を吹き飛ばす。

 そのまま、彼女は疾風魔法でダッシュして、ドラゴンゾンビとの距離を一瞬でゼロにした。

 

「見よう見真似だけど、なんか今なら何でもできる気がするわ! 女神さん、本当に私を最強にしてくれたんだったら――ちゃんと力を貸しなさいっ! 聖剣、プラズマストライク!!」

 

 大剣が太陽のような金色の光を放ち、森の中に灼熱の風が吹き荒れた。

 その光の風に触れたスケルトン兵士が、一斉に炎を上げて消滅していく。

 

「くらええええええッ!!」

 

 シエルの振った黄金の大剣が、ドラゴンゾンビの体を一瞬で七等分にした。

 

「グオオオオオオオオ!!」

 

 不気味な断末魔を上げて、ドラゴンゾンビの体は炎に包まれて消滅した。


「うおおおおお!! すげえ! シエルちゃん!」

「強い! 可愛い! かっこいい!」

「ファンになりました!! ファンクラブ第一号になります!」

「ばかもん! 拙者がシエルちゃんのファン第一号でござるぞ!」

「なにぃー!?」


 と、鬼兵士たちが大騒ぎするのを無視して、シエルはゼクスに目を向けた。

 相変わらず、黒いオーラに包まれたゼクスが、赤い騎士と向かい合っていた。


(あとはあの赤い奴を二人がかりでぶっ飛ばせば終わりね♪)


「やれやれ、思ったよりやるじゃねぇか。だが、ここからが本番だぜ!」


 赤い騎士とは別の場所から、そんな声がした。


「え?」


 シエルが目を向けると、地面に倒れていた黒いペガサスが後ろ足だけで立ち上がり、前足の先っぽにボクシングのグローブみたいなのを装着しながら、ヒヒン、と鼻息を荒くしていた。


「えっ!? あんたも戦うの?」


 シエルが思わず、素でツッコミを入れてしまうと、ペガサスはシエルのほうに馬面を向けて、ギロリと睨んだ。


「あんたも、とはなんだ!! あの木偶の坊(赤い鎧)は俺のペットで、俺が試験官だ!!」

「はああああ!?」


(こ、こいつが本体だったんだ……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る