第25話 霧(SIDE:空)

「あれ、スズ……あいつ、どんどん先に行っちゃってるよ」


 森の中を進んでいくスズのうしろ姿を見ながら、ゼクスが呆れたように呟いた。


「ほ、本当ですね……」


 シエルも前方を見て頷く。


(まったく。協調性がないマウンテンゴリラなんだから!)


「スズ様ぁ~! ちょっと待ってくださいよぉ~っ!」


 鬼兵士たちが叫ぶが、スズには聞こえていないようだ。


 しばらくすると、急にあたりに真っ白な霧が立ち込めて、スズの姿はおろか、数歩先の足元すらも見えなくなってしまった。


「しまった、霧が出てきたな……シエル、足元に気をつけろよ」

「えっ……う、うん。ありがとう……」


 シエルはちょっと頬を赤らめ、うつむき加減でゼクスのすぐうしろをついて行く。


(まあ、スズがいなくなったならそれはそれで、結果オーライかぁ。鬼兵士どもは空気みたいなものだし、晴れてゼクスと二人きりでデートタイム突入よ、でゅふふふ)


 さっきまではオバケにビビっていた彼女だったが、いざ実際に森の中に入ってみれば、意外となんて事のない普通の森だったので、その安心感もあって、急にテンションが上がって来たらしい。


「ゼクス、もしこのままスズがいなくなったら、私たち二人で魔王をやっつけちゃいましょうか。きっとまた二人で力を合わせれば、余裕だと思いますし~」

「え、ああ……そうだな。ここまで来た以上、魔王は倒さないとな……」


 そう答えつつも、ゼクスはどこか不安そうな様子だ。


(はあ、なるほど。あの木偶の坊もいないし、オランウータンもいないとなると、タンク役がいないから、心配してるのね)


「大丈夫ですよ、ゼクス。私は攻撃魔法も得意ですが、大聖女だけあって、強化バフと回復魔法も超得意なので! ゼクスに痛い思いはさせませんよ!」

「えっ? ああ、ありがとう。シエル……」

「……」


(なんだか、心ここにあらずって感じですねぇ……ハッ!! ま、まさかっ! さっきはオカルトとか信じないとか言っていたけど、本当はゼクス、オバケが怖いのかしら? プププ、ゼクスったら~可愛いんだからぁ。これは、チャンスってことでいいんですよね!? 吊り橋効果的な!?)


 シエルはゼクスの隣に並ぶと、右手で彼の左手を握った。


「えっ……シエル?」


 ゼクスがびっくりしたように顔を上げて、シエルと目が合う。


「ゼクス、大丈夫ですよ。あなたのことは、きっと私が守りますから!」


(きっ、決まったぁぁぁぁ! シエルちゃん、渾身の名台詞! これはゼクスのハートにクリティカルヒットでしょ~よ!)


 心の中でドヤ顔しつつ、表情は天使のような微笑を浮かべるシエル。


「あ、ありがとう。シエル……気持ちはすごくうれしいけど、やっぱり、それじゃダメなんだ……」

「うん? ダメって?」

「俺は、女神に選ばれた勇者だから……守られてばかりじゃダメなんだよ。もっと、俺自身が、今以上に強くなって、俺が守れるようにならないと……」

「ぜ、ゼクス……あなた……」


(なんてこった……)


 シエルは目を見開いた。


(ゼクス、まさか、そこまで本気で私のことを考えていてくれたなんて……やばい、感動で涙でちゃいそう~!!)


「う、うわああああああっ!!」


 突然、背後から聞こえた絶叫が、感動に打ち震えていたシエルを現実に引き戻した。


「えっ、なに!?」


 シエルはびっくりして振り返る。

 鬼戦士たちが立ち止まり、青白い顔で横を向き、ガタガタと震えていた。


 いつの間にか、周囲の霧は晴れ、あたりは異様なほど背の高いまっすぐな木が立ち並ぶ森になっていた。


 シエルが鬼戦士たちの視線の先に目を向けると――。


「ひっ……!」


 彼女は声にならない悲鳴を上げた。


 そこには、学校の理科室の骨格標本みたいなガイコツが無数に立っていて、手には長剣やメイス、槍や斧などを持ち、今まさにこちらに歩き出そうとしているところだった。


「シエル、下がっていろ!」


 ゼクスが叫び、大剣を構えた。


「太陽の女神よ、俺に力を……聖剣、プラズマストライク!!」


 大剣が金色の光を放ち、ガイコツ兵士たちを一斉に焼き尽くした。


「や、やった……さすがゼクス!」


 シエルがそう叫び、ガッツポーズをとった時だった。


「危ないッ! シエルちゃん!」

「えっ!?」


 鬼兵士の一人が飛び出して、シエルを突き飛ばした。


 その次の瞬間。


 上空から巨大な影が舞い降りて、その鬼兵士の体を丸呑みにした。

 あたりに突風が吹き荒れ、同時に凄まじい腐臭が舞う。


「きゃああああああああーっ!」


 突き飛ばされて地面に尻をつき、その一部始終を見てしまったシエルは絶叫した。


 体長5メートル以上ありそうな、巨大なドラゴンがそこにいた。

 いや、それは全身が腐敗し、不気味な紫色と黄土色のまだら模様の体をした――。


「ドラゴンゾンビ!?」


 鬼兵士の一人が叫び、別の一人がその怪物の頭にめがけて槍を投げた。


「グオオオオオオオオ!!」


 槍はドラゴンゾンビの片目に突き刺さり、不気味な悲鳴を上げたその口から、丸呑みにされた鬼兵士が転がり落ちた。


 ゼクスがその鬼兵士の腕を掴み、うしろに投げ飛ばし、再び大剣が金色に輝く。


「プラズマストライク!!」


 金色の光がドラゴンゾンビの体を貫き、半身が黒い煙を上げて炎上した。


「大丈夫!?」


 シエルは半泣きになりながら、自分の身代わりになった鬼兵士に回復魔法を唱える。


(良かった、生きてる……!)


 ホッと胸を撫でおろした彼女の前後で、今度は同時に二つの悲鳴が上がった。


「「ぎゃあああああっ!」」


 一つは、鬼兵士の悲鳴。


 さっき燃えたはずのガイコツたちが、再び動き出し、後方の鬼兵士たちに襲い掛かってきたのだ。


 そして、もう一つは、ゼクスの悲鳴。


 ドラゴンゾンビが炎を上げながらゼクスに襲い掛かり、彼の右腕を食いちぎった。

 真っ赤な血が噴水のように吹き出し、振り返ったシエルの顔に降り注ぐ。


「うそ……ゼクス……いやああああああああ!!」

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