第三章:魔女の森を突破せよ!

第24話 『魔女の森』

 要塞都市プルートから、魔王城のある南西方向に半日ほど歩くと、巨大な樹木が生い茂る原生林のような深い森に差し掛かる。


 『魔女の森』と呼ばれ、かつては伝説の魔女が住んでいたといわれるこの森は、今では魔女の亡霊がさまよう最恐の心霊スポットとなっているらしい。

 なんでも、ひとたび迷い込んだ者は魔女に呪われて命を落とすとかで、あらゆる種族から恐れられているんだってさ。まあ、私はそんなの全然気にしないけどね。


「スズ様ぁ~、本当に魔女の森に入るんですか? 北側を迂回した方がいいのでは!?」


 鬼兵士たちが、泣きそうな顔ですがりついてくる。あーっ、うっとうしい!


「だったら、あんたたちはそうすれば。私は別に、一人でも行くからさ」

「そ、そんな……ゼクスの兄貴は平気なんですか!?」


 勇者に助けを求める鬼たち。情けなや。


「ああ、俺はそういうオカルトは信じないからな。そんなに怖がるような場所なのか?」

「いや、かなりヤバイ場所なんですって! ねえ、シエルちゃん?」


 シエルちゃんって……こいつらは勇者だけでなく大聖女まで舐めてるのか。ザコっちいくせに身のほど知らずとは困ったもんだ。


「そ、そそそ、そうなんですか? わ、わわ……私は全然、へーきですよ?」


 めっちゃビビってるじゃん!!


「あれ? 聖女って、オバケとか不死者みたいな奴には強いんじゃなかったっけ?」

「ゲッ……もも、もちろん、大聖女の私からすれば、ゆ、幽霊なんて、ただのザコですよ?」

「ああ、だよね……?」


 今、ゲッとか言った気がするけど……まあ、いいか。


 私たちは森の中に入り、獣道すらないような鬱蒼とした中を進んでいく。山育ちの私からすれば、全然なんでもないような道だったけど、他の面々はそうでもなかったみたいで、モクモクと歩いていると、いつのまにか私は一人になっていた。


「ありゃ、速く進みすぎたなぁ。まっ、ちょうどいいか」


 このまま、さっさと一人で森を抜けて、一人で魔王城に乗り込んじゃおうっと。

 自由の身になった私は、さらに速度を上げて森の中を進んでいく。


「うーん、霧が出てきたなぁ」


 次第にあたりが白い霧に包まれ、数歩先すらも見えないくらい視界が真っ白になってしまった。まあ、霧は森の中では珍しいことでもない。私の故郷の森でもよくあった。


 霧のせいだろうか――。


 さっきまで、鳥の声や小動物の気配なども感じられた森が、急に静かになった。

 シーンとした静寂の中、私が土を踏む音だけがザッザッ、とあたりに響く。


「あれ……この場所は……」


 真っ白な霧のせいで、ほとんど周囲の景色は見えなかったけど、直感的に、私はここを以前にも歩いたことがあるような気がしていた。いつ、なのかは思い出せないけど――。


 いや。


 きっとあの時だ。

 魔王軍から追放されて、魔王城から逃げ出した時。


 あの時は無我夢中で、ほとんど記憶にも残っていないけど。


「スズ」

「っ!?」


 なんの気配も前触れもなく、突然すぐ近くで声がして、私はとっさに剣に手をかけて辺りを見回した。


「誰?」


 あたりは真っ白な霧に包まれ、声の主は見当たらない。気配も感じない。


 でも――気のせいじゃない。

 私は、その声に聞き覚えがあったから。


「あんた、あの時、私を助けてくれた人だろ?」


 忘れもしない。あの日、薄れゆく意識の中で見た、赤い髪の女の声。

 でもあれは幽霊なんかじゃなかったと思うけど。やっぱり迷信って、あてにならないなぁ。


「安心してください、スズ。私はあなたの味方です」


 また、声だけが聞こえる。どこから聞こえてるのかはわからない。すごく変な感じ。


「ただ――他の二人は、ダメかもしれません」

「ダメ?」


 って、どういう意味だろう。二人ってことは、ゼクスとシエルのことだろう。ダメ人間って意味だろうか。まあ、それは否定できないかもしれない。


 私の問いへの答えは返ってこなかったが、突然、あたりに立ち込めていた白い霧が嘘のように消え去ったのが、彼女なりの答えらしかった。


 霧の向こうに姿を現したのは、まるで森の主とでも言わんばかりに威風堂々としたナラの巨大樹だった。怪獣の触手のように縦横無尽に伸びた太い枝が、みずからの縄張りを主張しているかのようだ。その枝のところどころに丸々とした金色の宿り木がいくつもくっついて、キラキラとした光を放っていた。


 幹の根元あたりが洞窟のようにぽっかりと開いていて、中の空洞からオレンジ色の光が漏れている。


 その光の中、丸テーブルに頬杖をつき、足を組んでこちらを見ている、一人の女。

 赤い短髪、青い瞳、紫色の丈の長いワンピースの上に、臙脂色のジャケットを羽織っている。あの時と、まったく同じ姿。


「おかえりなさい、スズ。まずは再会を祝して、一杯やりましょうか?」


 そういって微笑んで、彼女は頬杖をしていないほうの手に持っていた銀のワイングラスを軽く持ち上げた。


「あいにく、そんなにゆっくりしている暇はないのよ」


 アルコール自体、そんなに好きじゃないし。


「そんなに焦る必要はありませんよ、スズ。今さら焦ったところで、運命は変わらないのですから。それに……」


 女は片目を閉じ、きざったらしくグラスを持ったまま人差し指を立てて私に向けてきた。


「あなたは、きっと知りたいのではありませんか? その魔剣の、真の力を。そして、あなた自身のことを」

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