第21話 『結成』

「待て……っ、待ってくれ、スズ! は、話し合おう!」


 ゲイルフォンが背中から血を滴らせながら、地面をゴキブリみたいに這いずり回って叫んでいた。


 私はさすがにウンザリしてしまう。

 こんな姿を見て、誰が彼を魔王軍の将軍だと思うだろう?


「いい加減、見苦しいよ、ゲイルフォン。あんたも騎士を名乗る身なら、死に際ぐらい、いさぎよくしなさい!」

「ま、待て! スズ、お前は何か大きな誤解をしているんだ……そ、そうだ。俺は、本当はお前を愛していた。だけど……イブの、夢魔の術にかかって、そのせいで俺は、お前にあんなひどいことを……」


 そこまでいって、彼は涙を流し、メソメソと泣き始めた。アホか!


「いやいや、私と婚約する前から、アイツと婚約してたでしょーが。もう、ダサ過ぎてこっちが恥ずかしくなるから、さっさと死んでくれるかな?」

「や、やめろおおおおおっ!!」


 私が彼に引導を渡すべく、剣を構えた刹那――。


 突然、屋上全体に漆黒の風が吹き荒れ、危うく吹き飛ばされそうになった私は、とっさに近くの手すりを掴んだ。


「なにっ!? まだこんな魔力が残ってたの?」


 だが、その魔法を放った正体は、ゲイルフォンではなかった。

 床でうずくまるゲイルフォンの隣に立つ、青いツインテールの女――。


 その姿を見た瞬間、私の中で理性の糸がプチン、と切れた。


 殺殺殺殺殺殺殺――。


「パンドラああああああっ!!」


 黒い突風が吹き荒れる中、私は脚に力を込め、全力で駆け出した。


 だけど、次の瞬間には左手の甲に浮かんだ六芒星の焼き印が赤く光り、私の体は弾き飛ばされた。あの時の、奴隷契約の印――魔王とパンドラに、永久に攻撃できなくなる呪い――弱っちいからってこんなズルするなんて、卑怯なヤツ!


「何してるんですか! 危ないですよ!」


 屋上の外に放り出された私の腕を掴んで、シエルが涙目で叫んだ。


「シエル……ごめん」


 大聖女サマはやっぱりすごいな、こんな状況でも冷静で。


 そうだ、まずはこの呪いを何とかしないと、パンドラや魔王を殺すことはできないんだ。


「パンドラ、この淫乱女ぁ~っ! 今日のところは見逃してやるけど、次に会った時は容赦しないわよ! 首を洗って待ってろ、バァーカ!!」

「ちょちょ、うるさい! 暴れないでくださいよーっ!!」


 空中でバランスを崩したシエルが急降下しはじめ、掴んでいた私の腕を離した。


「スズ!」


 受け身をとろうと身構えていたら、地上にいたゼクスが私をキャッチしてくれた。


「あ、ゼクス……ありがとう」

「ぶふぅーっ!!」


 その横で、シエルが顔面から地面に激突した。どっちかと言えば、彼女のほうをキャッチしてあげたほうがよかったのでは……?


「おーい、シエル、生きてる?」


 土に顔を埋めたまま動かなくなったシエルを、ツンツンとつつくと、ガバッと顔を上げた彼女は、泥だらけの顔にもかかわらず、天使みたいにキラキラと微笑んだ。


「大丈夫ですよ、スズさんこそ、ご無事で……本当に良かったです」


 うわぁ、さすが大聖女。心が広い! 私も見習わないと。


 屋上のほうを見上げると、黒い風に包まれて、パンドラとゲイルフォンが魔王城に向かって飛んでいくのが見えた。


 ゼクスも悔しそうにそれを睨んでいたが、やがて私のほうに顔を向けて目を伏せた。


「逃げられてしまったな……スズ、すまない。俺が未熟なばかりに、足を引っ張ってしまって……」


 コイツは本当に真面目だなぁ。


「別に謝ることないよ。むしろ、あんたがいてくれなかったら、あのバカップルを二人同時に相手することになっただろうし……」


 さすがに背水の陣で向かってくる高級魔族を二人同時に相手は、ちょっと大変だっただろう。まあ、負けたりはしないけど。


「スズ……ありがとう! 俺、もっともっと修行して、経験も積んで、レベル上げて、強くなるよ! スズのことをちゃんと守れるように、頑張るから!」

「お、おお……?」


 ゼクスが、ものすごい真顔で宣言してくる。なんの宣言だよ!

 私としては、大人しく王都で騎士団長をやっててくれた方が気楽でいいんだけど。


「こほん……ごほごほ……うおーっふぉん!!」


 隣でシエルがむせている。喉に土が入ったのか?

 ゼクスも心配そうに彼女に目を向けた。


「シエル、大丈夫か?」

「大丈夫です。それより、お二人はこれから、どうされるのですか?」

「ああ、これからか……」


 ゼクスがチラリとこっちを見てきたけど、気づかないフリしとこ。

 二人が無言でいると、シエルが再び口を開いた。


「一応、要塞都市プルートの奪還は成功したことですし、一度、王都に戻られてはいかがでしょうか? 報告もかねて……」


 お、ナイスだ、シエルちゃん! 私はすかさずウンウンと頷いて、ゼクスの肩を叩いた。


「そうね、ゼクス。あんたは騎士団長として、ちゃんと王都に戻って今回のことを報告しないとね!」

「確かにそうだな。スズはどうするんだ?」

「私は戻らないよ。せっかくここまで来たんだし、このまま奴らを追うから」

「え、追うって……まさか魔王城に行くのか?」

「うん、そうだよ?」

「ちょっと、スズさん!!」


 シエルが、厳しい口調で割り込んできた。なんか珍しく怒ってる?


「たった一人で魔王城に乗り込むなんて、無謀すぎます! あなたも一旦、街に戻って、騎士団と一緒に、力を合わせて挑むべきですよ!」

「いや、いいよ一人で」


 そもそも騎士団なんて、大した戦力にならないし。


「わかった、じゃあ俺もスズと一緒に、魔王城に向かう事にする」

「「はあああ!?」」


 ゼクスの言葉に、私とシエルは思わずハモってしまった。


「ぜっ、ゼクス、報告はどうすんですか!?」

「そうだよ。ちゃんと仕事しろっ、騎士団長!」

「シエル、報告はお前が、通信魔法でやっておいてくれ。そうだな、ロッキーに砦の管理を任せてくれたら大丈夫だろう。王都はアクセルに引き続き守ってもらう。それに、シエル」

「ええ、なんで私が報告……はい、それと? なんですか?」


 なんだかテンパっているシエルの顔を真っすぐに見て、ゼクスが大真面目な顔で頷いた。


「シエル、こんなことを言うのは、勇者として間違っているかもしれないけど……もし可能なら、キミも俺と一緒に来てほしい。勇者パーティの一員として、俺にはキミが必要なんだ」

「えっ……!」


 ゼクスの言葉を聞いたシエルは、全身真っ赤になってモジモジした。相変わらず、わかりやすいなぁ。


「し、しょうがないですねぇ……わかりました。この大聖女シエル、慎んでお受けしましょう!」


 なんだそりゃ。やれやれ、またこのバカップルの夫婦漫才めおとまんざいを見る羽目になるのか。

 かくして、私たち3人の勇者パーティは、魔王城を目指すことになったのであった。


「おおーい! スズ様ぁー! 我ら、鬼兵士もお供しますぞー!!」


 あ、コイツらもいたんだった……ほんと、やれやれって感じ。

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