第20話 未熟(SIDE:空)

 王都テスタリアを飛び出した大聖女(本当は魔女)のシエルは、疾風魔法で空を飛び、真っ赤に染まった水面を持つレアルタ大陸最大の湖、紅の海の上空を飛びながら、ゼクスたち一行を探していた。


(うーん、いないなぁ? 徒歩で移動だったら、そんなに遠くまで行ってないはずだけど……)


 キョロキョロしながら飛んでいるうち、彼女は紅の海を越え、要塞都市プルートの上空にさしかかった。


(さすがにプルートまではまだ来てないよね……って、うん?)


 引き返そうとしたシエルの目に、プルートの要塞の屋上に立つゼクスの姿が飛び込んで来て、彼女は目を見開いた。


「ゲッ、もうあんな場所にいるし! もーっ、何やってるのよ!」


 しかも、よく見るとゼクスの前に、明らかに魔族っぽい赤いドレスの女が向かい合っている。


(ヤバイ、ヤバイ! てか、なんでゼクス一人なのよ! スズはもう死んじゃったの!? マジで使えなさすぎ!)


 その時、いきなり屋上の床が大爆発で吹き飛んで、真っ黒な炎が噴き出す中で、スズと暗黒騎士が向かい合っているのが見えた。


(スズ!? なんだよぉ、チッ、生きてたのかよ! というか、生きてるならせめて、ゼクスのボディガードくらいしなさいよ、まったく!)


 と、ゼクスの前にいた魔族が、紫の炎を放ってゼクスに攻撃を仕掛けた。


「危ない!」


 シエルはとっさに魔法を放ち、魔族とゼクスのあいだに虹色の壁を生成した。


 ――『虹魔法・四式・極光障壁』


 紫の炎はその壁に当たって消滅した。


(ふぅー、危ない! 超ギリギリだったじゃん!!)


 内心では汗だくだったが、ゼクスと魔族が一斉にこっちを見てきたので、シエルは落ち着き払った聖女の微笑みを浮かべ、聖なる杖(ただの飾り)を掲げて見せた。


「シエル!」


 ゼクスが驚愕と安堵の入り混じった表情で彼女の名を呼んだ。


(いやぁ、やっぱりゼクスはイケメンだなぁ。それにやっぱりゼクスは、私が一緒じゃないとダメなんですね~でゅふふ)


「お待たせしました、ゼクス。私が来たからには、もう安心ですよ」


 シエルがドヤ顔でそんなキメ台詞を言っているあいだに、魔族の女は屋上に開いた大穴の下に降りて、暗黒騎士に回復魔法を放った。


(おやおや、魔族も私の最強オーラにビビッて逃げてしまいましたか、プププ)


 シエルは心の中でニヤニヤしながら、ゆっくりと屋上に着地した。

 下に降りた魔族の声が聞こえてくる。


「ゲイルフォン! この豚女は私がぶっ殺すわ! その体じゃあ、コイツの相手は厳しいでしょ! あなたは、上の人間二人をお願い」

「イブ……わかった、頼むぞ」


 ゲイルフォンと呼ばれた暗黒騎士は頷いて、屋上に跳び上がって来た。


(豚女ってスズのこと? プププ、魔族のくせになかなか、センスいいあだ名をつけるわねぇ~。って、あれ? ちょっと待てよ? なんか豚女のほうが私たち二人よりも格上みたいな言い方じゃない?)


「お前たちの相手は俺一人で十分だ。二人まとめてかかって来い」


 屋上にやってきたゲイルフォンが、右手に力を込めて真っ黒な炎を結晶化させ、巨大な剣を生み出した。


(こいつ、魔族だけあって相当な魔力の持ち主ね。まあ、最強の魔女である私には関係ないけど! この私を甘く見たこと、後悔させてあげるわっ!!)


 シエルは暗黒騎士に手のひらをかざした。


 ――『虹魔法・三式・天魔七光線』


 手のひらから放たれた七本のレーザーが空中で絡み合い、一本の巨大なレーザーとなって暗黒騎士に降り注ぐ。


「ほう、伝説の虹魔法か……だが、その程度のレベルでは勝負にならん! ダークフォース!」


 暗黒騎士の周囲に黒い炎のオーラが立ち上り、それに触れたレーザーは、壁に阻まれたように空中で消滅した。


(ゲッ! マジで……!? 私的には今の一撃で倒す気満々だったんだけど……)


 シエルが愕然としていると、ゲイルフォンがすさまじい速度で彼女に向かって突撃してきた。


「シエル!」


 ゼクスが前に立ち、ゲイルフォンの斬撃を大剣で受け止める。が――。


「ぐああっ!」「きゃっ!」


 剣ごと吹き飛ばされたゼクスが、うしろにいたシエルにぶつかり、二人はゴロゴロと屋上の上を転がった。


「ゼクス! 大丈夫!?」

「大丈夫だ……けど、コイツ、強い!」


 ゼクスが立ち上がり、再び大剣を構える。


「貴様ら、レベルが低すぎる……その程度で、我ら魔王軍に挑もうなど、笑止千万。やはり、我らにとっての脅威はスズだけだったようだな」


(は!? コイツ、今なんつった!?)


 その暗黒騎士の言葉に、シエルの中の何かが『キレ』た。


「ゼクス……」

「ああ、どうした? シエル」

「確かに、あのダークフォースの前では、私の攻撃魔法は無力化されてしまいます。しかし、私とあなたが力を合わせれば、きっと勝てます!」

「シエル……ああ、そうだな!」


 ゼクスは頷いて、暗黒騎士を睨んだ。


「いくぞ!」


(そう、魔法攻撃には致命的な弱点がある。それは、魔力が高く、魔法防御が高い敵にはほとんどダメージを与えられないこと。でも、勇者であるゼクスの『太陽の剣』なら、闇属性の暗黒騎士にダメージを与えられるはず。ならばっ!!)


「聖なる女神よ、勇者に力を与えたまえ!」


 シエルは叫び、聖なる杖(飾り)をゼクスに向け、無詠唱でバフ魔法を連続発動した。

 


 『能力強化(ミニ)』

 『能力強化(並)』

 『能力強化(中)』

 『能力強化(大)』

 『能力強化(特)』

 『能力強化(メガ)』

 『能力強化(キング)』

 

「うおおぉ!! シエル、力がみなぎってきた!!」

「まだまだよ!」

 

 『スピード超上昇』

 『回避率99%上昇』

 『命中率99%上昇』

 『クリティカル率99%上昇』

 『クリティカルダメージ10倍』

 『物理防御貫通99%上昇』

 『魔法防御貫通99%上昇』

 

「よし、今よっ! ゼクス!!」

「シエル、ありがとう! 太陽の女神よ、我に力を……聖剣、プラズマストライク!!」


 ゼクスの全身が金色の光を放ち、渾身の必殺技が炸裂!

 大剣が暗黒騎士の魔力結晶の剣を叩き割り、そのまま貫通して黒い鎧を袈裟斬りに切り裂いた。


 真紅の炎が、龍のようにうねりながら暗黒騎士の全身を包み込み、直後、大爆発して、暗黒騎士の体を空高く打ち上げた。


「ぐはあっ!! お、おのれ……油断した!」


 地面に落下したゲイルフォンが、膝をついて立ち上がった時――。


「やっぱりザコだったわね、あんた」


 いつの間にか背後に立っていたスズが、ゲイルフォンの胴体を真っ二つに叩き斬った。


「あ」


 シエルはその様子を、ポカーンと見つめていた。


(あんにゃろぉーっ!! おいしいところだけ持っていきやがった!!)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る