第17話 『暗黒騎士』

 プルートの建物の内部は、要塞都市と言うだけあって、入り組んだダンジョンのようになっている。いや、なっていた。


 なぜ過去形なのかというと、魔王軍として攻め込んだ時に、内部の迷路みたいな通路が面倒だったので、私が壁をぶち破って突き進んだから。でへへ。


 魔王軍は建築が苦手だから、穴だらけの壁もそのまま放置されているのだ。


「どけぇーっ! ザコども!」


 私は階段に向かって走りながら、魔王軍の兵士を次々と斬り捨てた。


 騒ぎをききつけて次々に敵が集まって来るので、片っ端から倒していくだけの簡単なお仕事だ。こういう頭を使わなくてもいいの、好き~。いや、私が頭悪いから、とかではないよ? 念のため。


「スズ様、速すぎますぞぉー! なんで追いつけないんじゃぁ」


 うしろのほうから鬼兵士の嘆きが聞こえた。単にあんたたちが遅いからでしょ。


 第12階層をクリアして、第13階層。たしかここが最上階だったはず。


「この裏切り者めっ! 覚悟しろ!」


 赤い鎧を着たレッドアーマー部隊が目の前に立ちふさがった。

 てか、裏切られたのはどっちかといえば私のほうなんだけど。


「邪魔よ!」


 まあ、コイツらにいちいちそんな説明してもしょうがない。

 私はレッドアーマーを蹴散らし、一番奥の、いかにもボス部屋っぽい扉の蹴破った。


 入った真正面の壁が全面、透明な窓になっていて、砦の目の前に広がる広大な森――魔女の森と、その遥か先には、指先ほどの大きさの魔王城の影が見えた。人間族がここを砦として使っていた時の、総司令室である。


 窓の前にゲイルフォンが立ち、その左右にはイカツイ暗黒騎士が二人。あと、入り口の扉を取り囲むように、魔道部隊がズラリと並んでいた。


「はいはい、またこのパターンね」


 魔道部隊が一斉に私に向かって拘束魔法を放つ。

 前回は完全に油断してたから拘束されちゃったけど、同じ手を何度も喰らうほど私はバカではない。いや、そもそも私はバカではないけど。


 ただ、私が飛んで来た魔法攻撃を剣で払おうとした瞬間、予想外のことが起きた。いい意味で。


 私の握った剣から、いきなり無数の腕が飛び出して、取り囲んでいた魔導士たちの心臓をえぐり取り、握りつぶしたのだった。私が剣を振るよりも速く、ほんの一瞬で!


「うええ、やっぱり、この剣やばすぎ……」


 思わず笑ってしまったけど、背筋には冷たい汗が浮かんじゃったよ。ここまでくるともう、ホラーだもん!


 ほら、ゲイルフォンと二人の暗黒騎士も青ざめてるし。


「このっ……化け物があっ!!」


 二人の暗黒騎士が、デカい体に似合わないすごい速さでダッシュして、私の左右に回り込むと、手に持った巨大な戦斧で左右から同時に斬りかかってきた。よく訓練された見事なコンビネーションだ。


 だけど、私にはそれでも遅すぎる。


 上段と下段に当時に飛んで来た二つの戦斧のあいだをくぐるようにジャンプした私は、二人の暗黒騎士の首を鎧ごと叩き斬った。


 そしてやっぱり、青白い腕がもらなく心臓を握りつぶす。今日だけでかなりの数の心臓を潰してるけど、なんでいつも心臓を握りつぶすんだろう?


「スズ……まさか、お前がこれほどの力を持っているとは……」


 部屋で私と二人きりになったゲイルフォンが、真っ青になって震えていた。


「なあ、スズ……俺が悪かった。魔王様の命令だったから、あの時は仕方なく、あんなことをしてしまったが……俺は、本当はお前を追放したくなんてなかったんだ……」

「は? 今さらナニ言ってんの?」


 情けない男。こんな奴と婚約して浮かれてた私、バカみたいじゃん。バカではないけど。


「そうだ……スズ、お前、魔王軍に戻ってこないか? お、俺が、魔王様に話してみるよ……半鬼半人のお前でも、俺が口添えしたら、魔王様も納得してくれるはずだから」

「へえ、そうなの? じゃあ、なんであの時、そうしなかったのさ?」

「えっ……いや、それは、あの時は……そう、一旦は、そうしようとしたし、助けようとしたんだ。でも、お前が、魔女の森に逃げてしまったから……」

「はあ? さんざん、トゲトゲメイスで人の体をオモチャにしてくれたくせに? しかも、婚約も嘘だったし。ただのクズ男じゃん」


 思い出したらムカついてきた。


「ち、違う! お前だってバカじゃないなら、わかるだろ。あの状況で、俺の立場だったら、ああするしかなかったんだ……スズ、冷静になって考えろ。今、魔王軍に逆らったとして、お前に何のメリットがある?」

「メリット? さあ、あんたをぶっ殺せる、とか?」


 コイツの言ってることが大嘘だってのはわかる。バカじゃないから。


「ぐっ……お、落ち着け! そうだ、スズ、魔王軍に戻って来るなら、俺の側近にしてやる。そしたら、ずっと俺のそばにいられるし、戦いなんてしなくても、一生、楽して生きていける……そうだ、それがいい」

「全然よくねーよ。あんたの顔なんかもう見たくもないし。それに戦えなかったら退屈じゃん」

「は? ……退屈?」

「そう。他の誰かが戦ってるのに、私が戦わないなんて、つまんないってこと。もし私が戦うのをやめるとすれば、それは――」


 あれ、私なんでこんな話をコイツにわざわざしてるんだよ?


 ま、いいか。

 私は剣を構え、ゲイルフォンに向かって踏み出した。


「それは、誰も戦わなくてもいい世界になった時だけなんだよ!」

「戦いのない世界……? 世迷言を……やはり貴様は愚かな戦闘狂だったようだな、スズ!!」


 腐っても魔王軍の将軍ということか。ゲイルフォンが覚悟を決めたように剣を抜き、その体が真っ黒な炎に包まれた。


「今ここで貴様に引導を渡してやる! 魔界剣奥義、黒龍剣!!」


 彼の体を包んだ黒い炎が龍の形に変わり雄叫びを上げながら突撃してきた。

 私は黒いオーラをまとった彼の突きをスライディングで回避し、燃え盛る龍の横腹に連撃を放つ。


 爆風が吹き荒れ、窓は割れ、天井が吹き飛んで、青い空に黒い炎が舞い上がった。


「へえ、まあまあやるじゃん」


 私は割れた窓の前に立って、ゲイルフォンを睨んだ。まあ、あっさり死なれたら面白くないけど。


「ぐっ……なぜ、貴様のような盗賊ごときが、これほどの力を……!?」


 ゲイルフォンは脇腹をおさえて膝をついた。黒い鎧が砕け、赤い血がボタボタと垂れている。さらに、杖のように地面に突いた剣が、バリバリとひび割れて粉々になった。


 まあ、つまり私から見ればこいつもザコってこと……って、うん?


 天井が吹き飛んで丸見えになった屋上に、見覚えのある奴がいる。


 一人は、ゼクスだ。あんなところで何やってるんだよ。

 で、もう一人は――。


 その瞬間、私は思わずニヤリと笑ってしまった。だって、我慢できなかったんだも~ん。


「わざわざ自分から殺されに来たみたいね、クソザコビッチ女が!」

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