第3話 『勇者と大聖女』

「お前、スズなのか!?」


 ゼクスが、興奮した様子で私に言った。

 まだ彼に抱きついたままのシエルは、そんな彼を不思議そうに見上げていた。


「まあ、たしかに私はスズだけど……」


 あんたはナニモンだよ。


 私を知っているってことは、アレか。肉親を私に殺されたとか、『ラクリマの鬼姫』なんて呼ばれてた盗賊の私を逮捕しようとしてるとか、魔王軍の斬り込み隊にいた私を知ってて、ぶっ殺そうと思ってるとか――考えられる可能性は、そんなところだろうか。


 いずれにしても、面倒だ。私はいつでも反撃できるように身構えた。まあ、身構えたりしなくても、私が人間なんかに殺されるわけないんだけどさ。


 だが、彼の発言は、私の予想の斜め上をいくものだった。


「スズ、お前もこの世界に来てたんだな!!」


 そういって、彼は微笑んだ。


 いやいや、まったく意味がわからない。なんだよ、この世界って。私が黙っていると、彼は何を勘違いしたのか、うんうん、と満足げに頷いた。


「そうか、やっぱり俺とお前は、運命の赤い糸で結ばれているんだなぁ」

「「はあああああ!?」」


 さすがに意味がわからなすぎて叫んだ私は、同じように叫んだシエルとハモる形になった。うん、誰でもそういう反応になるよな。唐突すぎるもん。


 私は苦笑して、そのイケメンの騎士を手で制した。


「ちょっと待て。私は、あんたと会うのは初めてなんだけど。誰かと勘違いしてるんじゃないのか?」

「勘違いって……だってお前、スズだろ?」


 おいおい。初対面の女に向かって『お前』って……それでも騎士か!


「まあ、スズはスズだけどさ。スズ違いなんじゃないの?」

「いやいや、こんなに可愛いスズが他にいるわけないだろ!」

「へっ?」


 こいつ、私のこと可愛いって言ったの?

 私が呆然としていると、ゼクスに抱きついていた少女が、つんつんとゼクスの服をひっぱった。


「ちょっと、ゼクス。この人、困ってますよ。この人はゼクスのこと、知らないみたいだし……きっと人違いですよ!」

「人違い……?」


 ゼクスは一瞬、眉をひそめて少女を見下ろし、再び私のほうを見た。完全に困惑している顔だけど、困惑したいのはこっちだよ。


「スズ、本当に俺のこと、覚えてないのか……?」

「ああ、覚えてないね」


 こんなイケメン、前に会ってたら絶対、覚えてるだろうし。

 だけど、彼があまりにも悲しそうな顔で俯いてしまったので、さすがに申し訳ない気がしてきた。私、イケメンには優しいほうだしぃ。


「そ、そもそも。あんたは私とどこで会ったって言うのさ? それがわかったら、もしかしたら、私も思い出すかもしれないけど?」

「えっと、最後に会ったのは、たしか新宿のスタービックスカフェだったと思う」

「シンジュク? スター……うん? どこそれ」


 まったく聞いたことがない地名だ。もしかして、こいつちょっとヤバイ奴なのかも。あんまり関わらない方が良さそうだ。


「あの日、スズと別れてから、俺、トラックにひかれて……それでこの世界に転生したんだ。勇者として」

「はあ? ちょっと、待て待て!」


 ツッコミどころが満載すぎて、どこからつっこんでいいのかすらわからない。


 私と別れたとか言ってるけど、どう考えても私はこんなイケメンと会ったことはないし、『トラック』ってのもよくわからない。あげくの果てに、転生して勇者になっただって?


「おい、あんた!」


 私はずっとゼクスの胸に抱きついている、シエルという少女に向かって叫んだ。


「はい? 私ですか?」

「そう、あんた! この男は、一体なんなんだよ! もしかして頭おかしいのか!?」

「はあ!?」


 シエルの瞳に、一瞬だけ、ものすごい怒りの炎が燃え上がった――ような気がした。が、彼女はすぐに咳払いして、落ち着いた表情で答えた。


「頭がおかしい、などということはありませんよ。彼は、神の加護を受けた勇者。ゼクス・ヴァンガード・エイトクラウド。この魔王に支配されようとしている世界を救う、テスタリア騎士団の騎士団長ですよ」

「テスタリアの騎士団長……」


 こんなに若いのに、そんな力を持っているのか。まあ絶対、私のほうが強いけど。


「ああ、スズ。この世界ではゼクスって名乗ってるけど、俺は正真正銘、春斗だから、安心してくれ」

「ハルト?」


 知らんがな。


「で、その勇者様が、こんな辺境の山奥で何やってるんだよ?」


 私は、だんだん面倒くさくなってきた。こんな変なヤツらはほっといて、早く帰って寝たいんだけど。


「最近、この山の周辺で魔王軍がうろついているという報告を聞いてな。麓のほうは騎士団が巡回しているが、山頂付近も様子を見ておこうと思ってね。シエルと二人で、ここまで来たってわけさ」

「へえ、そうなのね……」


 それだったら、このシエルって少女は明らかに足手まといだと思うんだけど……。

 そう思って彼女に目を向けると、当の彼女は何とも言えない、異様な表情で私の下半身あたりを見つめていた。


 え、何コイツ。


 私の視線に気づいたのか、彼女は顔を上げて、元の落ち着いた表情で言った。


「スズさん、と言いましたか。あなたのその剣、なんだか変わった剣ですね」

「剣?」


 私はそう言われて、初めて自分が腰から下げている剣が、自前の長剣ではないことに気づいた。長剣のかわりにそこにあったのは、いびつな形をした、真っ黒な剣。しかも、鞘がなくて、刃の部分には薄汚れた包帯がグルグル巻きになっている。


 えっ、何この剣。私のじゃないんだけど。


「確かに、なんだか珍しい剣だな。かっこいいし、レアな武器なんじゃないか? スズ、やるじゃん」


 ゼクスがそう言った微笑んだ。意味不明なので無視!


 だが、シエルは大まじめな表情で、やっとゼクスから離れると、あごに手を当てて剣をジロジロと観察した。


「レア、というより……この形、伝説の七魔剣にそっくりなんですよね。黒いから、境界の魔剣だと思いますけど……」

「魔剣って……呪われてるってこと?」


 私はなんとなくその剣に触ってみたが、特に魔力的なものは感じなかった。


「いえ、そんなことはなさそうですけど。ただ、異様な感じはすごくしますね」

「へえ、あんたは何か感じるの?」

「まあ、これでも一応、普通の方よりは魔力には敏感なので。大聖女ですし」

「えっ、大聖女!?」


 こんなガキンチョが、マジでっ!? 嘘くさっ!


「スズさんは、この剣はどこで手に入れられたのですか?」

「え、どこだろう。気づいたら持ってたからなぁ」


 それ以外、答えようがない。まったく記憶にないのだ。だが、シエルはそれでも納得してくれたみたいだった。


「そうなんですね」


 と言って、優しく微笑んだ。さすが大聖女。心が広い!


「なあ、スズ」


 それまで黙っていたゼクスが、また私に声をかけてきた。今度は何よ。


「もしよかったら、俺たちと一緒にテスタリアに来ないか?」

「「はあ!?」」


 あ、またシエルとハモってしまった。


「いや、なんでだよ。私は行かないよ」


 ため息交じりに答えると、シエルもコクコクと頷く。


「そ、そうですよ、ゼクス。彼女には彼女の事情があると思いますし、ご迷惑ですよ」

「いや、シエル。俺はスズのためを思って言ってるんだよ。なあ、スズ。さっきも言ったけど、この山では今、魔王軍がウロウロしている。お前みたいな可愛い女の子が、一人でウロウロするのは危険すぎる」

「「……」」


 今度は、私とシエルは揃って閉口した。なかなか気が合うじゃないか。


 それにしても、さっきから気安く『可愛い』とかさぁ……もしかしてチャラ男なのかな?


 とにかく、これ以上かかわっても面倒なだけだ。

 私は彼らに背を向けて歩き出しながら手を振った。


「私は平気だからさ、気にせず二人でデートの続きを楽しんでよ」

「で、デート!?」


 ちょっとした冗談のつもりだったんだけど、うしろでシエルが素っ頓狂な声をあげてあわあわしている気配がした。


 はあ、こんな奴らが本当に勇者と大聖女なの?

 人間族、絶滅しちゃうんじゃないかなぁ。

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