第28話 艱難汝を玉にす -7-
高嶺と別れ電車に乗った後も、彼の言葉が頭の中で繰り返し反響していた。
————俺個人の所感だけど、君の相方はなんとなく少し窮屈そうにして見えたね。でも本来はもっと身体能力が高いのではないのかな?
さらに遡って試合前、デッキの調整中に真朱に言われた言葉も思い出していた。
————その防具、あんまり好きじゃないかも。あとそっちの大きい剣も……。
その時、何と返答しただろうか。相手の傾向が分からない以上、どんな状況にも対応できるように準備しておかなくてはと一人息巻いて、好き嫌いだけでは入れ替えられないのだとまともに取り合わなかったことは確かだ。盤面だけ見れば、その選択は最善であり妥当だっただろう。実際、美和と高嶺ペアの攻撃に対しては普段の真朱の真骨頂である軽さと素早さを生かした攻撃では歯が立たなかったし、厚い防具無くして溜め攻撃を受けきれたとも思えない。ではどうしたら鉄壁にも近い彼らの防御と攻撃を打ち砕くことができたのだろう。
「祥太郎……!」
あれこれと考えを巡らせながら駅の改札を出ると、名前を呼び止められた。ぱっと顔を上げると離れたところから時にたたらを踏むようにして人波を縫って近づいてくる真朱の姿があった。先に到着して待っていたのだろう。一瞬目が合うも、祥太郎はつい気まずさで下を向いてしまう。真朱の方も何と声をかけていいものか迷っている様子で、そばには寄ってくるが言葉はすぐに出てこないようだった。そして少しの間を置いて、ためらいがちに言った。
「よかった、行き違いにならなくて……」
「……ん」
帰ろうか、と真朱が目線で促す。そこからはお互い無言で、けれども足並みをそろえて帰路についた。
家に着くと母が出迎えてくれたが、調子が良くないからしばらく部屋で休むと言ってそのまま自室に下がった。
「えっ、大丈夫?病院行く?」
「ちょっと疲れが出ただけ。寝たら治るよ」
真朱は横で何か言いたげに口を開きかけていたが、結局何も言わずにそのままつぐみ、祥太郎の後ろ姿を見送った。
布団をかぶって考え事をしているうちに、いつの間にか眠っていたらしい。気づいた時には日もとっぷり暮れて、時計は夜9時を回っていた。
「寝てたのか……」
渇いた喉を潤そうと台所に向かうと、家計簿とにらめっこしている母がいた。
「あら、調子はどう?良くなったなら何か食べる?」
そう言うと、母は手早く味噌汁を加熱し、まだ温かい白米でおにぎりを握って出してくれた。具は昆布と鮭、塩気が効いていてうまい。お茶をすすりながら無言で頬張った。
「真朱さまと喧嘩しちゃった?」
祥太郎が食べる姿をテーブルの正面に座って眺めながら、母が唐突に言う。
「ゲホッ、ゴッホ……!?んえ……べ別にっ。……って真朱さん、何か言ってた?」
「ううん。ただ何となくねぇ、何かあったのかなって」
一見あてずっぽうのようだが、母に限ってはそうではないことを祥太郎は良く知っていた。昔からどんなにうまく隠してもなぜか母には嘘が見破られてしまうのだ。そのままじっと見続けられたら、心のうちまで見透かされてしまいそうで嫌だったので、母にやや背を向けるような形で座り直した。
「
え?と祥太郎が聞き返すと、母は手近なレシートの裏に、無駄に達筆をふるって見せてくれた。幼い頃から母はこうしてよく、古今東西の先人たちが残した言葉を引用してアドバイスをくれることがあった。それは時に深い含蓄のあるものもあり、そうでないものもあり。あとから振り返ってみると、ただそれらしいことを言われてからかわれただけということもあったのだが、小難しい言葉を使われるとなんだか急に説得力が増すので不思議である。
「人は困難に出会い、そこで悩み苦しむことで成長していく。失敗しないこと、上手くやることだけが人生じゃないのよ」
「遠回りしてもいいじゃない、若人だもの」
「……それは単なるパクリでは?」
「失敬ね、パロディと呼んで頂戴」
母と話して、温かい食べ物で胃が満たされると、心の霧がほんの少しだが薄くなったような気がした。百年も千年も昔の人たちも同じようなことを考え、悩み苦しんで、このような名言や格言が残されたのだと思うと、祥太郎だけがつまづいて前に進めないでいる訳ではないと背中を押してもらった感じがして心強かった。
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