第27話 艱難汝を玉にす -6-

 バス停で真朱に追いつかれると気まずいので、祥太郎は神社の最寄り駅までバスは使わず歩いて向かうことにした。一人とぼとぼと歩いていると、「おーい」と背後から声がかかったが、どんな顔して振り返ったらいいかわからず、一旦は歩みを緩めたものの、そのまま止まることなく歩き続けた。


「やあ、呼び止めてすまないね」

高嶺が自転車——ママチャリで追いかけてきていた。祥太郎に追いつくと自転車を降りて押しながら、歩調を合わせて横に並んできた。


「……」

「……」


 てっきり真朱が追いかけてきたものと思った。あれだけのことを言ったのだから本当にペアを解消されてもおかしくはない。むしろ自分から突き放すようなことを言っておきながら、心のどこかで真朱がすぐに後を追ってきて引き留めてくれることを期待している。そんな浅ましい考えがまだ残っていることに、恥ずかしさと苛立ちを覚えつい口調が強くなってしまう。

「……何か用でも?」

この期に及んで八つ当たりとは女々しいにもほどがある。試合に負けたのもペアの息が合わないのもすべて原因は自分にあるというのに。

「少し時間あるかい?せっかくだし、男同士水入らずでお茶でもしていかないか?」

「え、……はい、まあ少しなら」


 そうして2人は連れ立って近くの小さな喫茶店に入った。昔ながらのいわゆる純喫茶で、看板メニューはフルーツがたくさん乗ったあんみつらしい。真朱が一緒であればさぞ喜んだことだろう。「今度一緒に来たときには……」と考えてすぐに、ペアを解消することになればもう一緒に出掛けることもないのだと思い至り、一瞬晴れた気持ちがまたどん底に沈んだ。ともあれ、祥太郎はメロンクリームソーダと軽食のホットサンドを頼んだ。これから駅まで歩くのに腹ごしらえをしておく必要がある。高嶺はブラックのアイスコーヒーを注文していた。


「……」

「……」

「……あの、」

何か話があったからわざわざ追いかけて来たのだろうに、一向に高嶺は話始める様子がなく、祥太郎はホットサンドを食べ終わってしまった。続いてクリームソーダのアイスをスプーンでつついていると、やっと独り言のように高嶺が一言を発した。

「いいお店だね。静かで落ち着くし、何よりコーヒーがおいしい」

「そうですね」

「……」

「……」


「先刻の…」

祥太郎はあからさまにビクッとした。さっきの癇癪じみた振る舞いを哀れまれるのか咎められるのか、どちらにしろ精神的なダメージは免れない。

「美和の男嫌いなんだがね」

「へっ?あぁ……」

そこまで話がさかのぼるのか、と思った。

「知っての通り、うちの神社はご神体がアレだろう?だから小学生の時からそれをネタにしてからかってくる男子が後を絶たなくてね。」

「最初こそ恥ずかしがって泣いていたようなんだが、次第に男の子を言い負かして逆に泣かすまでになってしまってね、そして今に至るという訳さ」

だから何だと言うのだ。追いかけてきてまで話したいこととは本当にこのことだったのか?とりあえず当たり障りのない返事をしておく。

「大変だったんですね」

「ああ。君も随分と驚いただろう。びっくりさせてしまってすまなかったね」


「そういう経験もあって、彼女は目的や意味にとてもこだわりを持つようになったんだ。すべての原動力は『周りの人たちを見返すため』。彼女の努力は『他の人ありき』で成り立っているんだ」

「こう言うと気を悪くするかもしれないけれど、目的や意味は二の次でただただ努力できるっていうのはすごいことだと思うよ。称賛されたいから、評価が欲しいから、褒美があるから……そういうものに捕らわれず、理由なく頑張りたいから頑張るって、なかなかできることじゃないさ」

「買いかぶりすぎです。そんなんじゃない…」


 本当にそんなことはない。なぜならいつも真朱はどんな結果であろうともどんな些細なことでも褒めてくれる、頑張る祥太郎を信じてくれる。だからそれに全力で応えたいと思うのだ。彼の横に自信をもって立っていたかった。


「俺、どうやったら高嶺さんたちに勝てたんですかね?」

ポロッと独り言のようにこぼす。

「あっ、すみません……」

率直な意見を聞いてみたいような、聞くのが怖いような。しかしこの際だから忌憚のない意見を聞いて、きっぱりあきらめてしまうのもいいかもしれないとも思った。

「はは、そりゃあ勝つのは無理だろうな」

そろいもそろって容赦のない、バッサリと切れ味抜群のコメントを下さることで。

「はあ。やっぱり。スパッと引導を渡してもらえてよかったです」

「まあまあ最後まで聞いてくれたまえ。今は、の話さ。でもこれからもずっと勝てないかどうかは君次第だよ?」


「まず祥太郎くん、君、焦ってくると手元ばかりに目が行っているのに気がついているかい?」

「え?」

「試合中に君の相方が目線で合図出していたのには?」

「えぇ!?いつ頃です?」

「1回や2回の話じゃないよ」

真朱からのアイコンタクトがあったとは全然気づかなかった。確かに、今日は特にいつにも増して余裕がなくなっていたので、手札と得点板ばかりに気を取られていたのは否めない。もしかして今までにもそういうことがあったのだろうか。


「どんなに見たところで札は札でしかない。それよりも君の相方をもっと信じて、目を向けたらきっと分かることがあるはずだ。必ずどこかに突破口はある。今日会ったばかりで言えることは多くないが、美和の失礼の詫びとして、私からの助言を送らせてもらおう」

君ひとりで背負い込む必要はないんだよ、と高嶺は人のよい笑みを浮かべながら片手でポンポン、と祥太郎の肩を叩いた。



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