ディスガスターの嘆き

抹茶味のきび団子

ディスガスターの嘆き

「俺、今なにしてるんだろ……」


 誰もいない部屋の中、そんな言葉がポツリと口から漏れた。

 

 仰向けでベッドの上に寝転がったまま呟いたが、少ししてのそのそと身体を起こす。

 

 そうして視界に入ったのは、捨てるのを忘れたゴミ袋や、洗ったまま袋にすら入れていないコンビニ弁当。とはいえなにかするわけでもなく、机の上に置いてあるコップの水を飲んだ。

 

 〇時になる直前に課題を始めようとして、日付が変わったタイミングで意識せずゲームを開き、ログインボーナスを回収しようとして、気づけば四時間が経っていた。


「はぁ…………」


 冷静になって考えてみると、呆れてかわいた笑いしか出てこない。ただでさえ大学の単位が取れていない──実際、二年生への進級ですらギリギリだった。──それなのにたかだか数分で課題を放り投げるなんて、旗から見れば馬鹿と言われて当然だろう。


「どうしてこうなったんだったかなぁ……」

 

 どうせ課題をやらないのであれば、自己を見つめる時間にでもしたほうが有意義だろう。


 課題をやれという良心からの忠言は無視して、過去の記憶を掘り返していく──。

   

   ◇


 思い返せば、まだ一年しか経っていないにも関わらず、怠惰な大学生活だったと言わざるを得ないだろう。

 

 楽な授業ばかり取り、出席は評価に入らないからとほとんど大学に行かない。おかげで友達もできず、そのせいで更に学校に行く気が失せたため、一人でずっとゲームをしていた。


 ゲームなら、ソロプレイでも課せられたタスクをこなすことには困らないし、時間とお金をかければ明確に強くなれる。そんなゲームにハマりすぎたおかげで生活リズムは乱れに乱れ、午前四時の今もこうして起きている。


 サークルだって大して活動せず、結局同級生との交流すらないまま行くことすらしなくなった。


 ──それに、アルバイトだって始めたが、稼いでも使う先はほぼゲームばかり。一人暮らしで両親が様子を見に来ることもないため、止めるものは何もなかった。


   ◇

 

 道を踏み外したのなんて、最初はたったの一歩だった。それが破滅的な一歩だったというわけでもない。


 大学生活は皆等しく素晴らしく、活気や仲間に溢れ、一歩道を踏み外しても「大丈夫か〜? やらかしたとしても、単位だけは落とすなよ〜?」なんて、笑いながら前へと進んでいけるものだと思っていた。


 ──だが、現実はどうだろう。


 食事の片付けもせずただゲームに明け暮れ、一人の友人もなく、笑いながらどころか必死こいてギリギリの単位数を取るだけ。


 単位に焦る前に唯一行った初回の授業で話した知り合いは、自分が思い描いた理想の生活を送っているように見えてひどく眩しく感じた。


 だのにどうして自分は今、こんなところで──。


「いや……違うか」


 本当はもう分かっている。


 やってこれなかったんじゃなく、ということ。


 やらないまま逃げて、逃げて──逃げ続けた。


 一体どれだけ多くのものを……


 どれだけ多くの単位を、


 どれだけ多くの仲間を、


 どれだけ多くの挑戦を、


 自分の怠惰一つで、逃し続けてきたのだろう。


 思い当たるのは、なにも大学生活だけじゃない。高校でも、中学でも、程度のさはあれ、似たようなことを考えたはずだ。考えて、後悔して、新しい環境で次こそはと思い直して…………また同じことを繰り返す。


 ──そうして今でも生きている、


「やっぱり……笑うしかねぇよ……」


 乾ききった声で、壊れたように笑う。


 自己嫌悪に溺れきってベッドに倒れ込むと、心労と頭脳の疲れからか、すぐにまどろみが襲ってくる。


 このまま寝て、寝覚めが悪いまま、何も変わらない日々を過ごす。それでもいいのかもしれない。今まで通り生きていけるのかもしれない。


 眠気に手を引かれ、意識が下へ下へと落ちていく。──しかしそこで、手になにかカサカサした、薄っぺらいものが触れた。


 少しだけ覚醒した意識でそれを見取ると、数分で放り投げた課題の紙だとわかる。


 それを見た瞬間に、冷水をぶっかけられた直後に熱湯に放り込まれたような感覚に襲われて目が覚めた。


 これで一体、今までと何が変わるというのだろう。


 変わりたいと思ったんじゃないのか。


 自分に呆れたんじゃないのか。


 逃げるためにゲームをして、ゲームのために逃げ続け、それでも未だ生きているのはなぜか。


 ──結局、生きるより他に仕方がないからだろう。


 過ちを繰り返さないためには生きてなければいけないし、自分を嫌うにも、絶望するにも、全て嫌になって死ぬためにも、生きていなけりゃできやしない。


 こんな世界でも、クソみたいな人間でも、受け止めて、飲み込みながら、生きていくしかないのだ。


「はぁ……」


 寝ようにも寝れなくなって外を見ると、空は白み、既に陽が昇りだしている。


 数時間前と同じようにのそのそと起き上がる。


 そのまま少し迷うように手足を動かして、空のコンビニ弁当を袋に入れた。

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ディスガスターの嘆き 抹茶味のきび団子 @natunomisogi

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