幻の特撮『宇宙拳人コズマ』とはなんだったのか

ささはらゆき

まえがき

特別寄稿:「幻の特撮『宇宙拳人コズマ』とはなんだったのか?」

『宇宙拳人コズマ』――――

 昭和四X年四月から同七月にかけて、日陽テレビ(NYT)系列で全七話が放送された特撮番組である。


 番組といっても、一本の独立したテレビ番組ではない。

 日曜日の夕方四時から放送されていた子供向けバラエティ番組『とびだせ! 週末こどもショウ』(以下「こどもショウ」)の一コーナー(番組内番組)であった。

 『こどもショウ』はスタジオや各地の遊園地からの生中継のあいまに、同局で過去に放送されたアニメや特撮のショート編集版を二~三本ほど放送するという、他愛もない番組だ。

 放送開始からまもなく歌とお遊戯コーナーが廃止されたのを皮切りに、ライブ中継の短縮、コマーシャルをはさんで前半に再放送アニメ・後半に新作の特撮をそれぞれ一本ずつの放送スタイルが定着していった。


 平均視聴率は六・五%。

 各局が視聴率競争にあけくれていた昭和四十年代当時においては、けっして高い水準ではない。

 はたして、『こどもショウ』は当初一年を予定していた放送期間を短縮し、番組改編期の九月を待たずして打ち切りというかたちで幕を閉じた。

 有象無象のジャリ番(※子供向け番組)のひとつとして、放送史にひっそりと埋もれてゆく。――そのはずだったのだ。


 『宇宙拳人コズマ』(以下『コズマ』)は、『こどもショウ』の最末期に放送された特撮作品である。

 一話あたりの尺はわずか十分。

 それも通常の特撮のように事前に撮影・編集したフィルムを放送するのではない。

 日陽テレビ代官山スタジオに設けられたセットからの生中継だ。

 一発撮りの生放送という性質上、リテイクは許されない。放送の中断はすなわち放送事故を意味する。

 どんなトラブルが起ころうと――たとえ怪我人が出ようと、事前に打ち合わせたシナリオを逸脱しようと、撮影はおかまいなしに続けられる。

 そんな現代では考えられない悪条件のもとで、『コズマ』はいくつもの伝説を生み出した。

 

 『コズマ』のあらすじはいたってシンプルだ。

 地球征服をたくらむ銀河の暴君サタンゴルデスと、その配下である怪星人軍団に、正義の宇宙人コズマが宇宙拳法で立ち向かう……。

 冒頭ナレーションが『コズマ』の物語のすべてであり、全七話を通してそれ以上の説明がなされることはついになかった。


 番組の内容はといえば、いわゆる顔出しの俳優はいっさい登場せず、着ぐるみ(※スーツ)を着込んだコズマと怪星人の戦いが十分のあいだ繰り広げられる。これが『コズマ』の基本フォーマットである。

 ブルーバック合成やオプチカルプリンターを用いた特撮はむろん、機電(※スーツに内蔵された電動式のギミック)や電飾、精巧なミニチュアなどはむろん存在しない。

 狭いセット内でコズマと怪星人は取っ組み合いを演じ、時には殴る蹴るのはげしい攻防戦を繰り広げるだけだ。

 地味で華のない、典型的な低予算番組……。

 それでも、『コズマ』には、巨額の予算を投入した大作特撮さえもしのぐ美点が存在した。


 それはなにか?

 ひと言でいえば、擬斗ぎとうの比類なきリアリティである。

 他の特撮番組(あえて具体的な作品名は伏す)のアクションシーンがであったのにたいして、『コズマ』の擬斗は根本的にその性質を異にしていた。

 すなわち、ほんらいの擬斗が寸止めや受け手との緻密な打ち合わせによって演者の安全をじゅうぶんに配慮していたのに対して、『コズマ』のそれはあきらかにのである。

 相手を倒すことを目的とした格闘は、もはや擬斗とはいえない。


 プロレス業界にガチンコという言葉がある。

 シュート、ストレート、セメント、リアルファイトともいうが、意味するところはおなじだ。

 台本のない本気の喧嘩――――どちらが勝つかわからない真剣勝負。

 怪我で済めばまだいい。ことによっては重度の障害を負い、悪くすれば死ぬこともある。

 それゆえ、選手と主催者との緻密な打ち合わせのうえに成り立っているプロレスにおいては、ブック破りとともに絶対の禁忌とされている。

 まして、しょせんお芝居にすぎない特撮ドラマで演者同士が本気の戦いをおこなうなど、常識的にはありうべからざることであった。

 『コズマ』は、しかし、そのありえないことをやってのけたのだ。

 

 たとえば――第一話、怪星人キラーアルマジロンが倒れたコズマにのしかかり、マスクが変形するほどのすさまじい乱打を浴びせるシーン。

 あるいは――第四話、怪星人カッターカマギラが両手の鎌でコズマの首を挟みこみ、そのまま裸絞めに移ろうとするシーン。


 そして、最終話――ついに姿を表したサタンゴルデスとコズマの決戦。

 互いの関節が悲鳴をあげ、骨が折れる音をはっきりとカメラが拾った伝説の一瞬。


 それだけではない。

 目突きサミングや金的といった急所攻撃をはじめ、スーツに隠し持った凶器の使用、わざと首から落とす投げ技……。

 そのすべてが一歩まちがえれば重大な怪我、あるいは死亡事故に繋がりかねない危険な行為であることは言うまでもない。

 生放送という形式上、不都合なシーンをカットすることは不可能であり、フィルムは演者の殺意と狂気をあますところなく写し取っている。

 つまるところ、『宇宙拳人コズマ』とは、百年の歴史をもつ日本特撮史において、本気の真剣勝負ガチンコを公共の電波で放送してしまった最初で最後の作品なのである。

 全七回にわたって繰り広げられた戦いは、そのすべてがルール無用の喧嘩バーリトゥードと言っても過言ではない。

 あるいは、明確な意思に基づいた殺し合いと言い換えることもできる。


 なぜこのような異常な作品が世に出てしまったのか?

 そして、コズマと怪星人のは、なにゆえ子供向けヒーロー番組で本気の殺し合いを演じなければならなかったのか?

 そもそも、彼らは何者だったのか? 番組が終わったあとどこへ行ってしまったのか?


 謎は尽きない一方、その答えに辿り着くのは容易ではない。

 放送から約半世紀を経た現在、『こどもショー』に関する一次資料の多くは散逸している。いわんや番組の一コーナーにすぎなかった『コズマ』をや、である。

 スタッフ・出演者リストも長らく所在不明だったが、このほど日陽テレビの本社移転にあたり、同社倉庫から当時の資料が発見されたことで状況は好転した。

 いくつかの疑問を解消する見通しが立ったのである。

 番組スタッフの高齢化が進み、当時を知る関係者が相次いで鬼籍に入られるなか、まさしく最後のタイミングであった。


 本稿が狂気と謎に充ちた特撮『宇宙拳人コズマ』を紐解くための一助となればさいわいである。……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る