隣の男はよく肉を喰らう
山神まつり
第1話 給食戦線異常あり①
その日、隣の席の磯村くんは朝から何だかそわそわしていた。
普段から授業中も斜め虚空を見つめていたり、六角形の鉛筆を転がして遊んでいたり、机に突っ伏したりして寝ていたりする磯村くんが今日は特に落ち着きがなかった。
貧乏ゆすりが止まらず、参観日でもないのに何度も後ろを振り返って何かをしきりに気にしていた。
(何なんだろう……?)
磯村くんのその態度に神崎紗和も気になってしまい、授業に集中できなくなってしまった。
おかげで、いつもは一番に算数プリントを先生に丸を付けてもらうのに、遅れを取って二番目になってしまった。
その隙に万年二番の田嶋くんに先を越されてしまった。紗和の席の近くでこれでもかとしたり顔で眼鏡をくいっと動かされた時には少し苛立ってしまった。
キーンコーン
三時間目終了のチャイムが鳴った。
「紗和ちゃーん、トイレに行こうよ」
斜めの後ろの席のみのりに声を掛けられた。
「みのりちゃん、一人でトイレに行けばいいじゃん。毎時間紗和ちゃん誘わないでさ」
席替えで席が遠くなってしまった虹心(にこ)が急いで紗和の近くまで移動してきた。
「虹心ちゃんには関係ないでしょーみのりは紗和ちゃんだけ誘ってるのー」
「それが迷惑だって言ってるの!」
紗和を挟んで女同士の言い争いが起きるのは今に始まったことではなかった。
紗和はよく言えば博愛主義者であり、悪く言えば八方美人だった。
小学五年生にもなれば、低学年の女子の集まりとは違い、みんな仲良くしようというスタンスからは若干離れてくる。
漫画やアニメの話をするグループ、おしゃれや好きな男の子、アイドルの話をするグループ、何にも属することがない余り物のグループと多岐にわたる。
紗和は何にも属していなかった。
だが、紗和は顔が良かった。父はひげもじゃのゴリラのような顔をしているが、母は往年のアイドルのような年の割には可愛らしい顔つきをしている。
母の遺伝子を受け継いだ紗和は余りものに属しながらも他のグループの羨望の眼差しを受けていた。
そして、紗和の実家はゴリラらーめんというラーメン屋を営んでいた。
父が命名したらしいが、母の集客力もあってか店は盛況だった。紗和も学校から帰ると自らテーブルを拭いたり注文を聞くなどの手伝いをしていた。
可愛らしい容貌にラーメン屋の娘という出生、成績も良く、悪口を言ったりせず人当たりのいい性格をしているため仲良くなりたいという同級生が多かった。
同級生の藤居みのりは優柔不断で人にちょっかいをかけては煙たがられ、気に入らないことがあるとすぐに拗ねたりするタイプだった。
紗和はみのりを遠巻きにする同級生たちに「同級生だし皆で仲よくしよう」と説いた。それに賛同してくれた同級生たちも多数いたが、少数の同級生はそれを八方美人として同調してくれなかった。
紗和のその言葉に何より感動し、紗和を親友と位置付けたのがみのりだった。
みのりは今回の席替えで憧れの紗和の近くに座れたことを契機に、ますます拍車が掛かってしまった。
長谷川虹心は紗和の保育園時代からの友人で、紗和の両親からもよく家に招待されているし、虹心の家に何度もお泊りをしたことがある。
そして、自分こそが紗和の一番の理解者であり親友なのだと自負している。
そのことは周知の事実であり、自分の中で勝手に【SAWA&NICO】という架空のアパレルブランドまで立ち上げていた。
休み時間毎に2人に囲まれて小競り合いに巻き込まれることに紗和は若干疲れていた。だけど、面と向かって仲裁をすればまた新たな火種を生んでしまうかもしれない。自分の立ち位置を決めてしまった自分の言動に呆れつつ、紗和は教室の入口に佇む磯村くんに気がついた。
磯村くんは壁に貼られた何かを凝視していた。
(あれは、給食の献立表?)
最近、給食の献立表が紙から電子版に移行してしまったことで、一か月分の給食の内容を事前にチェックできなくなってしまったが、紗和も給食の献立は気になっていた。
ご飯やパンは頻繁に献立に組み込まれるが、二週間に一回くらいの割合でソフト麺が入り込んでくる。これがうどんやスパゲッティならいいのだが、ラーメンにもなると人目も憚らずがっかりしてしまう。
紗和はあまりラーメンが好きではない。
好きではない、というより食べ飽きてしまった。
今でも家に帰るとおやつ代わりにラーメン、もしくは夕飯にラーメンの残りというのが常套化している。
夕飯時に両親はあくせくお店で働いているので、用意されている以外のご飯を自分で作ればいい話ではある。
しかし、紗和は小さい頃ラーメン以外のご飯を作ろうとして小火を起こしかけたことがあった。幸い大きな火事には繋がらなかったが、こっぴどく叱られた。それから料理は両親のいないところではしてはいけないという約束になっていた。
なので、定休日以外はほぼラーメン縛りという生活で辟易していたのである。
そうなると、頼みの綱はメニューの豊富な給食一択になってくる。
(確か、今日の給食は洋食。コッペパン、ハンバーグ、ポトフ、イチゴゼリー)
ハンバーグ―――!
最近、肉はチャーシューしか食べていないのでひき肉をこねて成型して焼き上げてデミグラスソースをかけて食べるハンバーグに紗和はうきうきしていた。
(磯村くんもハンバーグが好きなのかな?)
休み時間の間、磯村くんは献立表の前から離れようとしなかった。
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