第12話 お姫様

「これが私の好きな本だよ。面白かった?」

『……………………』


 あ、あれ? 無反応? やっぱり、つまらなかったかな、私は好きなんだけど。


 何も言わない異鏡君は、私が持っている本をジィっと見るだけ。ど、どうしたんだろう。


『その本、貸してもらってもいい?』

「え、いいけど。破かないでね?」

『うん!!』


 本を渡すと、中をぺらぺらと開き中を確認し始めた。何か気になる事でもあったのかなぁ。



 本の中は、お姫様がメインに水彩画のようなタッチで絵が描かれている。私はその絵も好きだから、頑張ってお金をためて買ったんだよねぇ。本当に、素敵なの。一目惚れってやつかな。


『これって、二人は幸せなの?』

「え? 幸せだと思うよ? 好きな人と一緒にいることが出来たんだから……」

『でも、二人は位が違うよね? 住んでいる世界が違う。何もかも、違うのに、幸せなの?』

「位とかではなく、"村人"が"お姫さま"を好きになり、また"お姫さま"が"村人"を好きになった。その人自身を好きになったんだから、一緒にいることが出来て幸せなんだと思うよ?」

『そういうものなの?』

「私は、そう思う、かな」


 なんで、そんな事を聞くんだろう。そんな、真面目な顔で。


『そうなんだね。でも、そうか。そういうものなのか……』


 あれ、なんか。考え込んでしまった。何を考えているんだろう。


『……はい』

「あ、ありがとうございます」


 何事も無かったかのように本を返してくる異鏡君。素直に受け取るけど、さっきの反応、なんとなく気になるのだけれど……。


『お姫様、心から幸せだと思える生活を送れるといいね!』

「う、うん……」


 その言葉、一体、どういう意図で言ったんだろう。


『幸せかぁ』と、異鏡君はボヤいている。本当に、どうしたの?


「んー……。ねぇ、異鏡君にとっての幸せって何?」

『え? 私にとっての幸せ?』

「うん」


 お姫さまのお話で幸せかどうか分かっていないような反応だった。

 異鏡君にとっての幸せは、どんな事なんだろうか。


 気になって聞いてみると、『んー』と、悩んでしまった。そんなに悩むことなのかな?


『…………あ、わかった。君と一緒に居る時間。私にとっては、この時間が一番幸せかもしれない!』


 ………………………………え?



 ニコニコと、笑顔でそんなことを急に言ってきた異鏡君。隣では静稀が目を丸くして、彼を見ていた。


 異鏡君は静稀からの視線など気にせず、本当に愛おしいというような黒い目で、私を見ている。私の頭を、優しく撫でながら。


 待ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ? 


『えへへ、反応可愛いね!』

「た、楽しまないで!!!!!!」


 絶対に私をからかってるじゃん!! 本当にもう!!


『だから、君を私が助けたいなぁ』

「へ?」


 助けたい? 何から? なんで?


『お姫様は、幸せを手に入れたみたいだし。君も幸せを手に入れててもいいと思う』

「いや、さっきから何を言っているの? 本当に理解出来ない」

『私にとって、君はお姫様だから。私は今、地下室にいるお姫様に手を伸ばしたいの』

「??」


 本当に意味が分からない。私がお姫様? 私は地下室に住んでいる訳じゃないんだけど。

 それより、地下室がある豪邸何て持っていない。何を指しての言葉なの?


 静稀に助けを求めるけど、なぜか顔を逸らしてしまった。なぜ?


「でも、今はいつものようにお話をしよう。まだ、助ける算段は思いついていないんだ」


  異鏡君が言ったように、いつもと同じくお互いの世界についてや、今日あった出来事を話し始めた。


 ちょっと気になる部分もあるけど、まぁ、いいか。話してくれる時まで待つとしよう。


 今は、この楽しい空間を、時間を。心から楽しもう!


 ※


 今日もまた、時間になり美波ちゃん達は帰ってしまった。


 美波ちゃん、かわいくていい子。でも、時々顔を俯かせてしまう。何でそんな顔を浮かべるのかわからないし、何を考えているのかもわからない。


 私はこの、"夜中の学校"から出る事が出来ないし、手を差し伸べる事も出来ない。

 あの本の中に出てきた村人のようなことが、出来ない。


 どうやって、助けようかなぁ。

 いや、まずは苦しめている原因を知らないと助けようにも助けられないのか。


 うーーーーーーーーーーーーん。


『……………………ここから出られないのは、結構不便だなぁ』


 いや、考え方を変えればいいか。


 私がここから出られないのなら、美波ちゃんをここに閉じ込めてしまえばいい。そうすれば時間を気にせず話せるし、一緒に居る事が出来る。


 ずっと、ずぅぅぅぅうと、一緒に居る事が出来る。


 そうだ、美波ちゃんだけだと多分さみしいと思うから、静稀も誘おうかな。そうすれば、三人一緒に居る事が出来る。


 ふふっ、明日来た時、お願いしてみようかなぁ。


『あれ、花子? どうしたの?』


 花子がトイレから出てくるのは珍しいなぁ、しかも無表情で私を見上げて来る。

 なにか訴えているような瞳だし、何か言いたい事があるのかな。


『やめておいた方がいいと思う』

『あれ、もしかして私、顔に出してた?』

『うん、思いっきり出してたよ』

『あららぁ、参ったなぁ。でも、なんで駄目なの?』

『お姉ちゃんは今、悩んでる。その悩みを自分で解決しないと、今みたいな笑顔を見る事が出来なくなる』

『なんで?』

『私の勘』


 勘かぁ、花子の勘って結構当たるんだよなぁ。という事は、やめておいた方がいいかぁ。違う方法で助けるしかない、どうしよう。


『百目に頼むのは?』

『え、百目?』

『うん』


 百目、百目か。確かに人間に擬態できるし、自由に町中を歩くことが出来る。偵察も得意だし、相手の記憶を覗くことも可能。確かに適正人物か。


『ありがとう、花子』

『うん』


 私が直接動くことが出来ないのはさみしいけど、仕方がない。


『百目、おいで』


 さぁ、ここからは村人がお姫様を助ける番だ。あの、本のようにね。ふふっ。

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