私の命は彼のもの

明通 蛍雪

第1話

 彼は負けを知らない賭博師だ。その界隈で名を知らない者はいない。

 私は彼の奴隷だ。十一歳の時に買われてから四年。彼と共に世界中のカジノを渡り歩いている。

 もちろん、法に守られていない賭け事にも手を出している。だが、彼は人生で一度も負けたことがない。

 親に捨てられた私を拾ったのが彼だ。その時にも賭けをした。

「表か裏か当てろ。当てれば……養ってやる。外せばお前は俺の奴隷だ」

 私に拒否権はなかった。どうせ汚い路地裏で消えゆく命だ。私は、人生で最初の賭けをした。まあ、結果は知っての通り。

 彼に拾われた私は、彼に見合う格好をさせられた。清潔な服。整った髪。薄く施されたメイク。そして立ち姿。何から何まで彼の言いなり。おおよそ奴隷とはかけ離れた生活。そして、

「俺はこいつを賭ける」

 私はいつも、チップとして使われる。普通のカジノでは使えないが、VIPルームや裏カジノに行くと、物好きな人たちがこぞって賭けてくる。彼のように人を賭ける人間はいないが、かなりの高額をベットしてくる。私にそこまでの価値があるだろうかと、毎度疑問に思う。

 私は彼の奴隷だが、彼のチップ以外の役割を担ったことがない。むしろ私の方が世話をされている。愛玩目的でもないようだし、私には彼が理解できない。

 ショックかと聞かれれば、別にと答える。だって私はどこに行っても奴隷のまま。それに、彼は負けないと信じているから。

 私が奴隷になってから、彼の負けた姿を見たことがない。はっきり言って、何を賭けても彼は負けない。だからこそ、私は聞いてみた。

「なんで、私を賭けるの? 私にそこまでの価値はある?」

 すると彼は、

「お前にはかなり金をかけている。服も飯も良いものを与えているつもりだ。お前が綺麗になればなるほど、お前の価値は上がっていく」

 そういうものだろうか。

「一目見た時に気づいたんだよ。お前は原石だ。綺麗にしてやれば、誰もが欲しがる女になる。酒が飲める頃にはきっと、一端のレディーになってるよ」

 彼は酔い気味の表情で愉快そうに私を見ている。

「私が?」

 彼は「ああ」と低い声で肯定した。磨けば光る原石というのは、本当だろうか。でも、目の肥えた人たちが、私の対価として多額のチップを賭けていることがその証拠だろう。

 私が一人、勝手に納得していると、

「お前は誰にも渡さねえよ。俺は独占欲が強いからなぁ」

 彼は血のように赤いワインを注ぎながら言った。

「そう」

「あ、なんでお前を賭けるかの答えを言ってねえや」

 ワインを片手に趣味の悪い腕時計を光らせた彼は、ニヤリと愉しげな顔をする。

「命と、それに値するほど大事な物を賭けた方が面白いだろう?」

 そう言った。

 それを聞いた私は何を思ったのか、いつもの無表情で疑問を口にした。

「なら、自分の命も賭けられる?」

 問われた彼は少しだけ驚いた表情をして、しかしそれもすぐに引っ込めると、当たり前のように肯いた。

「なら、今賭けても良いぞ。チップは互いの命。コインの裏が出るか表が出るか――」

「私に投げさせて」

 彼からの勝負。私の人生で二度目の勝負。私は食い気味に言っていた。彼は負けない。だからせめて、彼の実力の源を知りたかった。

「いいぜ」

 私は彼から受け取ったコインを指で弾いた。表を上にしてなんの躊躇いもなく打ち上げられたコインはしっかりと回転している。そして、私の手に戻ってきた時にはもう裏か表かなんてわからない。

「裏だ」

 だけど、彼は迷いもなく言った。私はコインをキャッチした手をどけるのに、すごくドキドキした。今までのどんな賭け事よりも。

 これが、自分の命を賭けるということ。

「――俺の勝ちだな」

 彼は静かに呟いて、残りのワインを一息で飲み干してしまった。負けた私はコインを見つめて固まってしまう。敗北した哀しみじゃない。彼の気持ちを、少しでも理解できたことへの高揚感で。

「お前の命は俺のものだ。安心しろ。俺は負けたことがない」

 彼の声が遠くから響いているように感じた。

 私は初めての感覚に、しばし余韻に浸っていた。

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私の命は彼のもの 明通 蛍雪 @azukimochi

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