第26話
悠真は、ホワイトボードを見て、ホッとした。
自分の推理が、この中には含まれていなかった。
「では、今までの捜査結果を踏まえて、一つずつ消去してくれ」
銀縁の眼鏡をした、辰巳警部の低い声であった。
「まず、A.の自殺説ですが、自殺理由が弱いのと、胸を刺した刃物がエレベーターの中に無かった。自分で胸を刺したとしたら、殆ど即死なので、刺したモノは隠せませんし、隠す理由もありません。したがって自殺説は排除します」
丸顔の玄武が、ホワイトボードの前に立って、一同を見渡した。
誰も異論はなかった。
――玄武は、赤いマーカーで、A案を×にした。
「次に、B.本郷研次郎の犯行説は、みんなも見ての通り、ここのエレベーターの天井は高く、一面が蛍光ランプになっている。天井が開いたとしても、踏み台か、梯子の様なものがなければ天井に出る事は不可能。それに何より、エレベーターを途中で停める事はできないし、動いている途中で仮に停められたとしても、エレベーター管理室のブザーが鳴ってしまう。故にこれも不可能と……」
「ぷっ」と、玄武の説明の最中に、吹き出したのは安由雷であった。
動機欄の勝手な思い込みや、いきなり現実離れしているモノが尤もらしく盛り込まれていて、安由雷には玄武の脚色が入り過ぎていると感じた。また犯行方法と、犯行実施者を決めつけていることにも違和感があった。
そして、こんな荒唐無稽の仮説を元に、大真面目に議論している事にも滑稽さを感じた。誰が、道具などの大掛かりな準備も無しに、映画みたいに動くエレベーターの天井に上がり、隣のエレベーターに飛び移れるのか。
また、次の氷の剣というのも、安由雷は笑えた。
小説では読んだ事があるが、実際の事件の凶器として、氷が使われたなどと言う事は、聞いた事が無かった。
ここにいる連中は、本当に氷で人が殺せると思っているのか。
吉川志季が、冷たい氷を満員電車に揺られながら、必死に溶けないように持ってくる姿を想像すると、腹が痛かった。
「何か?」と、玄武の太い眉が若干上がった。
「いえ、別に」
と、安由雷は、全力で真面目な顔を作り、首を横に振った。
――玄武は、ホワイトボードのB案を×にした。
「では、次のC.吉川志季の犯行説ですが、これは当時一階のエレベーターホールには吉川志季しか居なかった事と、消えた凶器の説明ができる唯一の説でもあり、この説を否定する材料は何も見つかってはいない。従って、今も大変有力視されている事は変わらないものとする。何か異論があれば、意見をどうぞ」
玄武は、自信たっぷりに説明をした。この説は、玄武の考えたものだった。
「あのぉ~、ちょっと、いいですかぁ」
と、緊張の空気がピリピリする静まり返った部屋に、素っ頓狂な声が響いた。
悠真のとぼけた声だった。
「僕は、人間の体を突き抜ける氷を知りません。今までの調べから、馬場雷太は細くて鋭い刃物の様なもので、胸を一突きされて死亡したとなっています。細く尖らせた氷のさきっぽの強度がどれ位のものなのか、知っていたら教えてもらえますか。また、犯行時まで、吉川志季は氷が溶けないように、アイスボックスの様なものに、保管していたんでしょうか」と、悠真は真顔であった。
その横に座っている安由雷は、そんな事はどうでも良かった。
「今晩、みんなで、家の冷蔵庫で作ってみましょう。胸を刺しても折れない、細いさきっぽの氷を」
と、言っちまったのは、やっぱり安由雷であった。
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