第13話

用件?………  と、悠真は少し考えて、

『捜査』と書いた後に、更に括弧で(犯人逮捕)と律儀に付け足した。


「はい!」  

記入が終わった悠真が、小柄な若い方の警備員の鼻先に記入用紙を差し出した。

小柄な警備員は、悠真を見上げるようにして用紙を受け取ると、紙をのぞき込んだ。


「………はっ!警察の方でしたか」と、若い警備員が直立不動になった。


「ええ」と、後ろで安由雷が上着の内ポケットから、黒いだけの警察手帳を出して見せた。


警備員には、私服の二人がとても刑事には見えなかった。

後ろで座ったままだった年輩の警備員も立ち上がって、一礼をすると、

「失礼しました。警察の方なら、ひとこと言っていただければ、こんなお手間は……」

「いえいえ」と、安由雷は手のひらを小さく振った。


「二十階のレストランホールの奥に、捜査の方の待機場所が用意してありますので。そこを左に行くとエレベーターホールがありますから、右側の高層階用エレベーターの6号機から10号機をご利用ください」と、若い警備員が、通路の奥を指差した。


「あの、それと、地下一階ここは午後六時になると無人になりますので、もしお帰りがそれよりも遅いときは、一階の警備員に言ってください」

と、年輩の警備員が、若い警備員の説明不足を補った。


悠真が歩き出そうとして振り返ると、

「じゃあ、六時以降は、地下からは誰も出れないって事?」

「いえ、社員のセキュリティーカードで開きますので、社員の方か、社員に同行をしてもらえば、ここからでも出れます」

「了解です。六時ですね」

と、通路を歩きだした長身の悠真の後ろで、安由雷が、


「あの」


「はい?」と、若い警備員が、安由雷に声を掛けられて、目を見開いた。


「それ」


「は?」


「もらえない」


若い警備員が、安由雷に指差された先にある、自分の手のひらの上を見ると、先ほど2人に渡そうとして持ったままの名刺大の『外来者入館証』であった。


「いえ、警察の方は、ご不要ですの……」

「もらいたいんだけど」  

安由雷は、若い警備員の言葉を遮ると、駄々っ子のような目で言った。


「はぁ、そうですか」  

若い警備員は、お菓子をねだられた駄菓子屋のおじさんのように、悠真が記入した入館証を胸バッチの中にセットして渡した。  

安由雷は、それをニコニコして受け取ると、ベルサーチの高価なブランドスーツの胸に取り付けた。  


安由雷は、エレベーターの方へ二、三歩進んで、

「あっ、それと、事件のあった一階の出入口の警備方法も、ここと同じですか?」と、首だけ振り向いて確認をした。


「ええ」と、若い警備員が頷くと、安由雷は、頭を一回チョコンと下げて歩きだした。

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