ジャンプ・クラウド
第21話 ジャンプ・クラウド
『プレイヤーの皆様。ドラコの玩具箱第五ブロック。ジャンプ・クラウドへとようこそ』
第五のゲームルームは、絵面だけならばこれまでで最も暴力的な姿をしていた。会場の造りとしては、冴子が挑戦したレーザートラップに近く、壁に挟まれた長い廊下が続いている。距離にして百メートルといったところだろうか。最大の特徴は、左右の壁を横一列に繋ぐ、連なった
『ゲームのルールは至ってシンプル。回転する鋸を回避しつつ、無事にこの廊下を通り抜けることが出来ればゲームクリアとなります。雲のように空を浮かべたらクリアは容易いのですがね』
ドラコによるルール説明も至ってシンプルだった。障害物を回避しつつ進むという点でもやはりレーザートラップと似ているが、今回の場合はセンサーではなく、触れた時点で致命傷を負う仕様だ。最終的に心理戦が決めてとなったレーザートラップとは異なり、こちらは完全にアクション性を重視している。むしろゲーム性は、胡鬼子がプレイしたラケット&シャトルに近いかもしれない。だからこそ、純粋に難易度の高い仕掛けが施されている可能性も十分に考えられる。
『それでは皆様お待ちかね。ファーストペンギンルーレットのお時間です!』
ゲームも残り半分。ルーレットもいよいよ四分の一となった。ここまで来るともはや口頭で指名しても良い気もするが、興行である以上お約束も必要なのだろう。
『ジャンプ・クラウドでファーストペンギンを務める勇気ある挑戦者は、蘆木輪花様に決定いたしました』
「……とうとうきちゃったな」
ルーレットに選ばれた輪花は肩を落とすが、序盤の頃に比べたら、取り乱さないだけ成長が見える。今更、泣けば家に帰してくれるとは思っていないし、冴子が生還し、登呂も最後は爆死してしまったがゲーム自体はクリアしたことで、自分にもそれは決して不可能なことではないという微かな希望がある。そして何よりも。
「積木さん。私でもやれますかね?」
「大丈夫。デスゲームとはどんなに難しくても、クリア不可能ということはない。危機的状況の中でも冷静に周りを観察すれば、きっと活路は開けますよ」
不安を吐露する輪花の肩に触れ、士郎は微笑みを浮かべて勇気づけてくれた。危険を顧みずに自らゲームに挑んでいく姿勢やパーカーを貸してくれた優しさ。九歳も年下の士郎の存在がどんどん大きくなっていく。これは恋愛感情というよりも、推しを見つけたファンの心境に近いかもしれない。
「……積木さん。もし無事に外に出られたら、連絡先を教えてもらってもいいですか?」
「もちろんですよ。そのためにも、絶対にこのゲームをクリアしないといけませんね」
「はい! 私、頑張ります!」
士郎がそう言ってくれるのなら、こんな自分でも危険なデスゲームをクリア出来るという自信が湧いてくる。士郎との絆を深めるためにも、こんなところで死んでいられない。
「見ていてください、積木さん!」
少しでも動きやすいように履いていたパンプスを脱ぎ捨てて、輪花は気合十分でスタート地点へと向かっていった。
「蘆木さんにはずいぶんと優しいのね」
冴子が訝しむような視線を向けてきた。
「嫉妬ですか?」
「
「これでもバイト先では、優しい好青年で通っているんですよ」
「つまり、接客モードってことね」
「人格は上手く使い分けていかないと。素で接することが出来る冴子さんは一緒にいて気が楽ですね」
「光栄なような、複雑なような。本性を知らない蘆木さんも可哀想に」
冴子の同情をよそに、輪花の背中は士郎から借りたパーカーをすっかり着こなしている。
『準備が整ったようですね。ドラコの玩具箱第五ブロック。ジャンプ・クラウド。スタートです!』
ドラコの合図と共に、蘆木輪花の挑戦が開始された。
開始早々、回転する鋸特有の金属音が聴覚を刺激する。廊下を横一列に並ぶ鋸は直系三十センチ、高さ十センチといったところ。勢いをつけて飛び越えれば輪花の身体能力でも十分に突破可能だが、どうしたって失敗した時のことを想像してしまう。切れ味鋭い鋸の刃が超高速で回転しており、万が一触れたら激痛と共に肉体は易々と切断されてしまうことだろう。緊張感で体が強張り、自然な動きが出来る自信がない。
「私だってやれるんだから!」
自分もデスゲームをクリアして、冴子のように士郎に認められたい。その一心で輪花は勇気を振り絞り、助走をつけて跳躍。当初の不安を裏切り、危なげなく回転する鋸の上を飛び越えていった。
「やった、やりましたよ積木さん!」
「その調子です。どんどんいきましょう」
ドヤ顔で振り返った輪花に士郎もサービスし、満面の笑みで拍手を届けた。これを受けて輪花は完全に勢いづいた。
「蘆木さん。乗りに乗ってるわね」
冴子も圧倒されるような破竹の勢いだった。輪花は十メートル間隔で設置された横並びの鋸を、次々と飛び越えていき、あっという間に中間地点である五十メートルまで到達した。
「やっぱり何もない」
ゲームに挑戦する時点から違和感は覚えていたが、五十メートル地点から先には回転鋸は存在せず、平和で無機質な廊下だけが続いている。始めの頃ならばともかく、今の輪花は決して運が良いなどと楽観視したりしない。冴子の時と同じで、後半戦に突入した瞬間に初見殺しとでも呼ぶべき仕掛けが発動するのだろう。これまでの仕掛けは難易度も低く、言うなればゲームの方向性を示すためのお試し期間。真のゲームはここから始まると言っても過言ではない。
「綾取さんだけじゃない。私だってやれるんだ」
覚悟を決めて、輪花は五十メートル地点から一歩踏み出す。
「あれ?」
しかし予想に反して警報も鳴らなければ何らかの仕掛けが発動した様子もない。身構えていただけに肩透かしをくらった。
警戒は緩めずに、輪花は慎重に一歩ずつ廊下を前に進んでいく。何も起こらぬままとうとう七十五メートル地点まで到達。ひょっとしたら本当にこのままゴールまで辿り着けるのではないか? そんな希望を抱いた瞬間。
『最後の仕掛けが発動しました』
不穏なアナウンスと共に平穏だった廊下が殺意を高める。輪花の後方、先程通過した五十メートル地点からの壁から廊下を塞ぐように無数の鋸の刃が整列し、回転を始める。高さは変わらないが、とても人間の跳躍力で飛び越えられるような距離ではなく、どこに着地しても鋸の餌食だ。しかもそれらは廊下を真っ直ぐと進みだし、追跡者として輪花の背中を追いかける。
「……嘘でしょう。このままじゃ挟まれる」
ゴールである百メートル地点の壁からも無数の鋸が出現し、横並びの鋸の刃が隊列を組み、三メートルはあろうかという鋸の軍勢を結成している。こちらも輪花の方へ向けてゆっくりと廊下を進み始めた。。刃同士の感覚は狭く、どこに着地しても瞬時に体を切り裂かれる。運命の歯車にも似たその凶悪な軍勢に、輪花は完全に挟み撃ちにされてしまう。
――お、落ち着け私。危機的状況の中にあっても周りを冷静に観察するのよ。
折れかけた心をギリギリのところで繋いでくれたのは、士郎からのアドバイスだった。鋸と接触するまでまだ時間がある。絶対に何か方法はある。限界まで生存の道を探すんだ。
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