玩具箱の片隅で

湖城マコト

リフティング

第1話 デスゲーム狂

積木つみきさん。今日も楽しかったよ」

「次は絶対に負けないんだから」

「アナログゲームの魅力を知ってもらえて僕も嬉しいよ。気をつけて帰るんだよ」


 時刻は午後四時を回った頃。ボードゲームカフェでアルバイトをする大学生の積木つみき士郎しろうは、穏やかに手を振って十数人の小中学生たちを店の外まで見送っていた。端正な顔立ちと、ポロシャツの上に着た店の制服のグレーのエプロンが爽やかな印象だ。


 士郎の勤務するボードゲームスタジオ「parcoパルコ」は、オーナーの所有する駅近くのビル一棟を丸ごとアナログゲームのお店として使用しており、地下は倉庫、一階はカフェスペースと各種アナログゲームの販売を行い。二階はボードゲームのプレイスペース。三階はイベントスペースとして使われている。三階のイベントスペースでは毎年夏休みの時期に、地域の小中学生を招き、ボードゲームを始めとしたアナログゲームの体験会を行っており、今日はその最終日。元々は若い世代にも魅力を伝えたいと考えていたオーナーが六年前に始めた小規模なイベントだったのだが、地域交流の一環として徐々に評判が広まっており、近年は自治体などとも連携し、地域のイベントに出張する機会が増えるなど、活動範囲を拡大中である。


「お疲れ様、積木くん。今回の体験会も大盛況だったね」


 店内へと戻ってきた士郎の肩に触れ、パルコのオーナーの尾面おづら狛郎こまろうが笑顔で労った。尾面は現在四十二歳。愛嬌のある恵比寿顔と耳に優しい低音の美声とのギャップが特徴的で、従業員や常連客からはオーナーと呼ばれ慕われている。パルコはボードゲームを中心にアナログゲームの魅力をもっと広めたいと、尾面オーナーが採算度返しで七年前に開店した。店名である「parco」はイタリア語で公園を意味する言葉で、公園のように老若男女を問わずに時間を共有できる場所にしたいという、尾面オーナーの理念が込められている。


「僕も体験会でオーナーにアナログゲームの魅力を教わった一人ですから。同じような感覚を子供達とも共有したいだけですよ」

「アナログゲームの輪が広がっていると思うと考え深い。積木くんが初めて参加したのは中学生の頃だったか。早いものだね」


 士郎と尾面オーナーの付き合いは六年前。士郎が中学二年生の頃に、記念すべき第一回目のアナログゲーム体験会に参加した時から始まる。そこでゲームの魅力に憑りつかれた士郎は頻繁にパルコへと足を運ぶようになり、大学生となった去年からはアルバイトとして勤務を始めた。士郎には不定期だがもう一つ別の仕事があり、そちらがかなりの高収入のため、学生の身でありながら金銭面では何不自由していないのだが、「parco」でのアルバイトを辞める気は一切ない。お店の性質上、客層も同好の士であり話題に事欠かないし、去年から携わっている子供たちへ向けたアナログゲームの体験会にもやり甲斐を感じている。ゲームの魅力を知った自分が新たに魅力を発信していくことで、尾面オーナーやアナログゲームそのものへの恩返しになればという思いもある。士郎はここでの仕事が何よりも大好きだった。


「オーナーから教わった『ゲームとは絆だ』って言葉は今も忘れていません。みんなで集まって遊ぶアナログゲームの魅力、きっと子供達にも伝わっていると思いますよ」

「そう言ってもらえて嬉しいな……歳のせいか、ウルっときちゃったよ」


 弟子を成長を喜ぶ師匠のような気持ちで、尾面は目頭が熱くなるのを感じた。一方でそんな弟子を手放したくないという思いも芽生える。


「以前から考えていたことなんだけど、卒業後にうちの正社員になる気はないかな?」


 尾面オーナーの話を聞いた士郎は一瞬微笑んだ後、真顔になった。何か夢や志望している企業があるわけではないし、ここでの日々はとても充実している。二つ返事で承諾したい素敵な申し出だったが、不定期に発生するもう一つの収入源がそれを思い留まらせた。


「……考える時間をください。二十歳にもなって恥ずかしいんですが、卒業後のこととかあまり考えてなかったから」

「もちろんだ。まだ二年生だし、今は選択肢の一つとして覚えておいてくれたらそれで十分だよ」

「ありがとうございます」


 微笑む尾面オーナーに笑い返しながら、士郎は内心では罪悪感を覚えていた。士郎にはオーナーには絶対に言えないもう一つの顔がある。この場で将来正社員になる約束をしても、大学の卒業後まで自分が生存しているという保証を士郎自身が持てないでいる。


 ※※※


「積木士郎様ですね?」


 午後九時を回った頃。パルコでの勤務を終えて、私服のパーカーとカーゴパンツ姿で帰路へとついていた士郎は、人気のない夜道で声をかけられた。ゆっくりと振り返ってみると、黒いスーツを着た体格の良い坊主頭の男の姿が見えた。サングラスをかけて目元の特徴を消している。明らかに堅気の人間ではないが、士郎は警戒する様子もなく、毎度この手の輩は夜にサングラスなんて掛けて見えづらくないのかなと、能天気にそんなことを考えていた。異常も何度も経験すれば正常の範囲内。慣れとは恐ろしいものだ。


「招待状は届いていますね? お迎えにあがりました」

「先週届いたあれか。招待状なんて貰ったのは初めてだけど、あれは主催者の趣向かい?」

「お答え出来ません。自分はただ、積木様のお迎えにあがっただけですので」

「プロフェッショナルだね。確かに今の質問は野暮だった。謝るよ」


 肩を竦めておどけてみせると、士郎の方から黒服に近づいていった。


「車はむこう? 早く行こう」

「お話が早くて助かります。我々とて、参加者を穏便にお連れするに越したことはありませんので」


 黒服自身、フランクな士郎の態度に若干戸惑っている様子だった。事前に招待状が届いているとはいえ、進んでそれを受け入れる者は少数派だ。誰しもが身を隠すなり、抵抗するなりするのものだが、自分から率先して向かおうとするのは珍しい。


「穏便に済まないこともあるの?」

「我々のやっていることは要は拉致ですから、大概の人間は抵抗します。荒事に発展することは珍しくはありませんね。どんな手を使ってでも参加者を会場までお連れするのが我々案内役の務めですので」

「あんたらもなかなか大変なんだね。俺みたいに素直に応じる人間は少数派か」


 世間話でもするような軽い調子のまま、士郎は黒服が乗って来た黒いバンへと乗り込んだ。


「決まりですのでこちらを」

「自分でやるよ」


 これからどこに連れていかれるのか。場所を悟られないように目隠しをするのが定番だが、あろうことか士郎は自分から積極的に目隠しを巻いた。念のため黒服が隙間などないか確かめるが、小賢しい真似は確認出来なかった。士郎は乗車中のシートベルトぐらいの感覚でそれを受け入れている。そんな士郎の姿に、黒服は薄ら笑いものを感じていた。拉致しようとしておいて正論を言えた立場ではないが、積木士郎という青年は明らかに異常だ。


「今回は少し間が空いたらから、ワクワクするよ」


 士郎はミラー越しに黒服へと微笑みかけた。

 これから命を懸けたデスゲームに連れていかれているというのに、士郎には一切の恐怖は存在していない。リアル脱出ゲームにでも参加するかのような感覚で胸を躍らせている。


 二十歳の大学生、積木士郎のもう一つの顔。それは生死を懸けたスリルに憑りつかれたデスゲーム狂いの異常者だ。裏社会で日夜行われているデスゲームの臭いを嗅ぎつけては自ら積極的に死地へと飛び込み、他の参加者を蹴落として生還する。それを何度も繰り返している。


 本人にとってはあくまでも副産物に過ぎないが、大学生の身でありながら金銭面が充実しているのは、デスゲームの勝者として報酬で稼ぎ続けた結果である。その経歴から裏社会ではちょっとした有名人となっており、数々のデスゲームをクリアしてきた実績と名前の積木をもじり、一部では「ブロック崩し」という通り名までつく始末だ。今回、突然の拉致という形ではなく事前に招待状が届いたのも、著名なデスゲームプレイヤーに対する主催者からの指名という側面が強いのだろう。


 こんな生活を続けていたら、きっといつかデスゲームの中で命を落とすだろう。だからこそ尾面オーナーから持ち掛けられた正社員の話にも素直になれなかったが、新たなデスゲームの参加が決まった今、そんなことは脳内から消え去っていた。


 命を懸けたゲームの勝者となる快感は何にも勝る。士郎は刹那的な快楽主義者だ。どのようなゲームが待ち受けているのか、今から楽しみで仕方がない。

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