第73話 海を見に行こう
『……わあ、そんなことがあったんだ~。大変だったね、ご主人様? ごめんね~、そんな場所とは知らず、連れていっちゃって……』
スノウが俺の顔に鼻面をこすりつけながら悲し気な目をする。
(ああ、気にするな。お前のせいじゃないさ。むしろ、あんな恐ろしい機械で被害が出る前に処分できたから良かったよ。それに……なんかもう、俺の行く先々で厄介事が起きるのが当たり前になってきたからな。驚きも無くなったよ)
遺跡から遠く離れて、森の開けた場所で野営を始めた俺は、スノウを呼んで一連の出来事を話してやった。
『次は絶対良い所に連れていくからね~。どんな場所に行きたい? ご主人様』
(そうだなぁ……ああ、俺、この世界の海はまだ見たことないんだ。海がいいな)
『分かった~~、海はここから遠くないよ~』
(そうか。じゃあ、明日の朝、連れていってくれな)
『オッケ~~。じゃあ、今夜はご主人様と一緒に寝ていい?』
(おう、スノウのふかふか毛皮に包まれて寝たら、温かくて天国だろうな)
はい、本当に天国でした。丸くなって俺を包み込んでくれたスノウベッドの中で、久々にぐっすり熟睡しました。
次の日、気持ちよく目を覚ましたら、雨だった。幸い、寝床の周囲に魔物避けの結界を張っていたので、濡れることはなかったが……。
(これじゃあ、移動中にびしょぬれになるな。今日はあきらめるか……)
『大丈夫だよ~、雨雲の上を飛んでいけばいいんだから』
(あ、そうか。よし、雲の上に出るまでは、俺が結界でなんとか雨を防いでやるよ。ただし、スノウの顔の部分くらいしか防げないけどな)
そうなのだ、俺の作る結界は、まだ狭い範囲でしか強度が保てない。ナビに言わせると、魔力操作が未熟らしい。その原因は意志の強さと根気が足りないからだと……はい、おっしゃる通りです。
『ありがとう~。じゃあ、行こう、海へ~!』
(おーっ!)
『ぉぉ』
スノウの背中に乗って、森を抜け、空を覆った雨雲の中へ突入していく。俺が張った結界に雨粒が激しく打ち付け、前が見えない。ただ暗く灰色の水蒸気の中を、上に向かって突き進んでいく。そして……。
いきなり視界がパアーッと開けた。結界に残っていた雨粒が風に飛び散って、太陽の光にキラキラと輝きながら落ちていく。
(ヒャッホー! すごい、すごい、雲の上を飛んでるよ!)
俺は興奮しながら、雲に映ったスノウの影を見下ろしたり、どこまでも青く澄んだ空を見上げたりして歓声を上げた。
『ほら、見て、ご主人様っ、海だよ』
(おおおっ、キラキラ光ってるな! やっぱりこの星も丸いんだな、水平線がきれいな弧を描いている……)
スノウは海に向かってゆっくりと高度を下げていった。もう、この辺りには雨雲はない。太陽に輝く透明な青い海が、所々に白い波がしらを立てながら広がっていた。
(お、あそこに小さな港町があるな。スノウ、手前の林の中に下ろしてくれないか)
『分かった~』
スノウはゆっくりと弧を描きながら、海岸の手前に広がる林の中に下りていった。
(じゃあ、スノウ、俺この辺りでまたしばらく冒険してみるよ。ありがとうな)
『うん、分かった~。また、いつでも呼んでね』
スノウはそう言って、俺に顔をすり寄せると、名残惜しそうに振り返りながら空へ上がっていった。
♢♢♢
ローダス王国の西の端にある小さな港町プロスタ。かつては、海を挟んだ隣の大陸との交易港として賑わった。だが、四十年前、大陸への侵攻を企てたローダス王国が大軍を送り込み、大陸の小国連合との戦争が起こった。ローダス軍は最初は連合軍を圧倒し、大陸のかなり奥まで侵攻したが、ある戦いで大敗したのを機に劣勢となり、なんとか講和を図って軍を引き上げたのである。それ以来、大陸側は全ての港を封鎖し、交易を禁止した。
その結果、プロスタの街は次第に寂れ、今は漁港として海産物の商いで細々と生計を立てる漁師の街になっていたのである。
「よぉし、下ろせ」
古い木造の漁船から、ロープにくくられた大きな木箱がゆっくり下りて来る。吊り下げ式の滑車がキュルキュルと軋んだ音を立てる。
朝から漁に出ていた何艘かの漁船が港に帰ってきて、水揚げ作業が行われていた。
「むむっ……くそ重いな。おーい、ジョンス、下りてきて手伝え」
「ええっ? こっちも仕事がいっぱいなんだ、なんとかしろよ。アレスはどうした?」
「あいつ、夕べから熱を出して寝込んでるんだ……くそ、こんなときにかぎって大漁なんだから、頭にくるぜ」
市場の買い取り人の大男が、そんな愚痴を吐いたときだった。
「手伝おうか?」
横合いから聞こえてきた声に、男はきょろきょろと辺りを見回したが、自分の足元に立った少年に目を留めて、怪訝な表情になった。
「今、言ったのはお前か?」
「ああ、そうだよ。困っているなら、手伝うよ」
平然とした顔でそういう少年に、男は豪快な笑い声を上げた。
「うははは……ありがてえ申し出だがな、小僧、そんなひょろひょろした体じゃ、何の役にも立たねえんだ。危ねえから、あっち行ってな」
「おっちゃん、分かってないなぁ。この世界じゃ、筋肉量なんて当てにならないんだぜ。ステータスって分かるかい?」
「む、あ、ああ、もちろん知っているさ」
「この世界は、そのステータスの数値がすべてなんだ。確かにおかしな話だけどね。まあ、見てなよ」
少年はそう言うと、さっき男が持ち上げられなかった魚が入った木箱をひょいと抱え上げたのだった。
「なっ、ば、馬鹿な……」
筋骨隆々とした大男は、唖然として言葉を失った。
(まあ、確かに物理的にあり得ない話だよな。力は筋肉量に比例するのが常識だ。だが、この世界はそうじゃない。ステータスの数値が、そのまま現実の物理現象に反映する……)
少年=俺は、そこまで考えて、ふと気づいた。
(あれ? これって、〝魔法〟なんじゃ? ステータスっていう魔法が、この世界を支配している、そう考えると、このあり得ない現象が説明できるんじゃないか?)
「お、おい、小僧、この荷馬車に積み込んでくれるか?」
俺が自分の思いつきに考え込んでいると、大男が馬車を引っ張って来て叫んだ。
「ああ、分かった」
俺は大きな木箱を抱えていき、馬車の荷台に下ろした。
「助かったぜ、ありがとうな。それにしても、おめえ、すげえな。その年で、どんだけ鍛えてるんだよ」
「ああ、まあ、それなりに鍛えているよ。それより、おっちゃん、美味い魚が食える店、知らないか? 朝飯食ってないから、腹が減ってるんだ」
「おう、市場に行けば何軒かお勧めの店があるぜ。連れて行くから馬車に乗んな」
「やったぁ、頼むぜ、おっちゃん」
俺は、大男が座る御者席の横に飛び乗った。
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