第62話 ちょっと戦場の様子を見てくるよ 2

 夕闇迫る雲の上、と昔好きだった歌を思い出しながら、まだ夕暮れにはかなり時間がある異世界の空を飛んでいく。何度も言うが、本当にこの世界は、土地が無駄に余り過ぎている。戦争なんかする暇があったら、もっと開拓に精を出せと言いたい。


 ぶつくさ言いながら、森と平原の上を飛んでいくと、やがて国境の山脈が近づいて来た。その山脈がなだらかになって、平原へと続く分岐点に国境の街タナトスがある。山脈はそこからまた少しずつ高くなって、曲がりくねりながら途中で南と西に分かれて続いていく。南はローダス王国とプラダ王国の国境となり、西はプラダ王国とアウグスト王国の国境となるのだ。


 俺は念のために〈隠密〉を発動して、タナトスの上空に近づいて行った。


(スノウ、もう少し高度を下げて、ゆっくり飛んでくれないか)


『わかった~』


 スノウが高度を下げていくにつれ、地上の様子がはっきりと見えてきた。


「ああ、街もだいぶやられてるな。焼けてるのは、ファイヤー系の魔法のとばっちりか?」

『そのようですね。マスター、砦の向こうで戦いが始まるようです』


 ああ、鬨の声が聞こえて、砦から兵士が出てきた。槍と盾を持った歩兵が前におよそ百人ずつ二列横隊で並び、その後ろに弓兵部隊五十人と魔導士部隊二十人、最後に騎士たちの騎馬兵団六十騎ほど、総勢三百三十といったところか。これが、今のレブロン辺境伯軍の全兵力なのだろうか。

 隊列を組んで、向こうの丘の上に本陣があるバーンズ辺境伯軍目指してゆっくりと前進してゆく。

 いったい何度こうした出陣を重ねてきたのだろうか。平原はかなり荒れ果て、黒く焦げた跡が点々と見える。


 一方のバーンズ辺境伯軍は、丘のふもとに同じような陣形で兵士が待機しているが、動こうとしない。兵士の人数も、かなり少なく見える。


『マスター、敵陣から魔法が放たれました』


 ナビの声と重なるように、地上でも騎馬隊の隊長らしき人物が叫んだ。

「魔法攻撃が来るぞぉっ! 盾を上に構ええっ。騎馬隊、左右に散開っ!」


 バーンズ軍の魔導士兵が放ったファイヤーボールが、次々に飛来して歩兵部隊に襲い掛かる。弓兵と魔導士兵は歩兵が構えた盾の下に身を隠している。


 ドーン、ドーンと音を立てて歩兵部隊の盾に当たってはじける炎、大部分は防げているが、中には、盾のすき間から入り込んだ炎に焼かれ、悲鳴を上げて地面を転がる兵士たちもいた。


「耐えろぉっ! 魔法攻撃が終わったら、全速前進、一気に敵陣を叩くぞっ!」

 騎士隊長さんは、魔法が届かない所から叫んでいる。まあ、騎士はほとんどが貴族だから、平民兵士がいくら犠牲になろうが、敵さえ倒せればいいのだろう。


 敵の魔法攻撃がようやく止んだ。兵士たちは騎士団に追い立てられるように、必死に叫びながら走り出した。地面に倒れたまま動けない兵士が、二十人近くいたが、構わず前進を続ける。それに呼応するかのように敵陣の兵士たちも動き出した。


「全軍止まれぇ! 魔導士部隊、攻撃用意っ!……撃てええっ!」


 敵の歩兵部隊が五十メートルほどに近づいたとき、今度はこちらの魔導士たちがファイヤーボールを放った。

 ああ、しかし、いかんせん数が少なすぎる。二十個は飛んで行ってるけど、この広い戦場ではほとんど効果がない。敵に当たる前に地面に落ちている数が多いくらいだ。


「ゆ、弓隊、構えっ!……撃てええっ!」


 今度は弓兵が弓を放った。だが、驚いたことに前進してくる敵の目前で、全部風で吹き散らされてしまった。敵の魔導士隊が風魔法を放ったようだ。

 敵は、勢いに乗って押し寄せてくる。数は劣勢だが、攻撃を受けていないので勢いが違う。


 そしてついに兵士同士がぶつかり合った。数的に劣勢な敵軍は、歩兵同士が戦いを始めた途端、後方の騎馬隊が左右に分かれて、防御の薄い両端から突撃し、歩兵を蹴散らしながらこちらの騎馬隊に突撃を敢行した。

 本来なら、この作戦は愚策である。こちらの騎馬隊が一団となって左右どちらからか、一気に突撃すれば、前線を突破して本陣まで攻め込むことができるはずだ。

 ところがである……。


「ひ、退けええっ、全軍撤退っ!」


 はああ? な、なに言ってるの、あの隊長、馬鹿じゃないか?


 せっかくの勝利のチャンスを捨てて、レブロン軍は騎馬隊と魔導士隊、弓兵隊が敗走していく。その途中で、敵の騎馬隊にやられる兵士が続出している。これじゃあ、勝てる戦も勝てるはずがない。


(スノウ、下ろしてくれ!)

『わかった~。ご主人様、私がやっつけちゃおうか?』

(いや、だめだ。スノウの存在を知られるわけにはいかない。大丈夫だ、俺が何とかする)

『気を付けて~。危なくなったら、私が助けるからね~』


 俺は、身体強化して、一気に下降したスノウの背中から飛び降りた。


(まずは、敵の騎馬隊をやるか)

 俺はメイスを構えて、魔導士を狙っている騎馬兵を見つけては、走って行って跳躍し、馬に乗った兵士の頭を片っ端から殴りつけていった。


「お、おい、何かいるぞ。ものすごい速さで駆け回っている」

「あ、み、見えた! 子どもだぞ、な、何だあの速さと跳躍力は」

「うわあっ、こっちへ来たっ! ああ、あ、グハッ……」


 俺の存在に気づいた騎馬兵たちが、俺に向かって来た。


「周りを囲めえっ! あまり距離を詰めるな、弓兵と魔導士を呼べ!」


 ああ、こっちの隊長の方が何百倍も優秀だわ。


 逃げるのは簡単だ。俺のスピードと跳躍力には対応できないだろう。だけど、ただ逃げるのも癪だな。魔法をぶっ放すか……しかし、三百六十度同時に攻撃してきたら対応が難しいな……ううん、やっぱりいったん逃げて態勢を立て直すか。


『マスター、試したいことがあります』


(お、なんかいい方法があるのかい、ナビさん?)


『はい。時間がないので私が言ったとおりにやってみてください』


(了解)


『では、これから上空にいるスノウと視覚を共有します。マスターと私は魂を共有していますので、マスターには二つの場面が同時に見えるはずです。それと同時に私はマスターのスキルが使えます。マスターは二つの視覚を利用して物理攻撃をしながら、私に魔法攻撃を命じてください。では、いきますよ〈視覚共有〉、〈並列思考〉!』


 うおおっ、一瞬めまいがした後、俺の視野が二つになった。しいて例えるなら、テレビの画面を半分に分割して、アニメを見ながらスポーツも同時に見ている感じだ。つまり、違う場所にもう一人の自分がいて、そいつと思考と視覚を共有しているってことなのか。


 うわあ、慣れないけど、相手が攻撃してきたのでそうも言っていられない。弓兵と魔導士が同時に矢と魔法を放ってきた。おお、上からの視点だと自分の位置や相手の動きがよく分かるな。そりゃっ、ジャンプして矢と魔法を躱してからの、ウィンドカッターッ!

「ぎゃっ」「うわああっ」「ひいいっ」……その他、悲鳴、怒号多数。

着地。さらに、一番厄介な隊長さんに、突撃からのメイスで腿を一撃!

「うがああっ」

 隊長さん、落馬、地面でもがいている。

 おっと、後ろから槍を持った騎兵が接近中、〈アースホール〉で落とし穴へ、ドンッ!


「な、何なんだ、あいつは……」

「ば、化け物だ、辺境伯様に報告しないと」

 残った騎兵たちは、恐れをなして馬首を翻し、一目散に逃げだした。

 それを見て、弓兵たちと魔導士たちもおずおずしながら、後退を始めた。

 

よし、あいつらについて行って親玉をやっつけるか。


♢♢♢


「お、おい、何か様子がおかしいぞ。どっちの騎馬兵もいなくなった」


 敵味方入り乱れて戦っていた歩兵たちの中で、誰かがそう口にした。それが少しずつ周囲に伝播していき、やがて歩兵たちは戦うのをやめて、皆が周囲を見回し始めた。


「戦っているのは俺たちだけだ……騎馬隊も弓兵たちもいなくなった」

「どうなってるんだ?」

「何で俺たちだけ戦ってるんだ?」

 歩兵たちは、敵味方なくお互いの顔を見合わせて、疑問を投げかけ合った。


「もう、やめようぜ。うんざりだ。死んだりケガしているのは俺たち歩兵だけだ。騎馬隊のくそ貴族どもは俺たちをけしかけるだけで、自分たちでは戦おうとしない。こんなバカな戦いってあるか?」

「「「そうだ、そうだ!」」」

 一人の若者の勇気ある怒りの声に、敵味方関係なく賛同の声が広がっていった。


「だけど、戦わないと、〈反逆罪〉にならないか? 殺されても文句言えないぞ」

 盛り上がっていた兵士たちは、その誰かの声で意気消沈する。


「だったら、戦うふりをすればいいんだよ。隊長が何か言って来ても、一生懸命戦っていますと、言い張ればいいんだ」

「なるほど、そりゃいいな。よし、じゃあ、今から戦うふりをするぞ。だが、その前に、ケガ人をお互いの陣地に運ぼう。いいな?」


 両軍の歩兵たちは頷き合うと、けが人や死体を抱えてお互いの陣へ引き上げ始めた。

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