第60話 王都のとある商会で

 ボイド侯爵の一件で、今、この国の貴族社会は大変な状況らしい。まあ、一般市民の生活は、何も変わらないけどね。


 王都はさすがに広いし、人間も多い。この二日間でいろいろな場所に行ってみたが、それでもまだ全体の半分くらいだろう。食べ物自体は他の街と大きな違いはないが、やはり、しゃれた店が多く、特にスイーツの店やカフェのような店は他の街ではあまり見かけない。

 まあ、俺の場合、そんなおしゃれな店より、武器や防具、魔道具の店の方に興味がある。武器は今の所、ロッグス親方が鍛えた黒鉄のメイスで十分なので、防具の良いのがあったら、買い替えようと思っている。


 そんなわけで、今、冒険者ギルドで聞いたお勧めの店に来ている。「アルバン商会」という大きな店で、武器や防具の他に日用品や専門道具の金属製品も扱っている。ギルドで聞いた話だと、ドワーフの村と契約しているらしい。ドワーフの村、どこにあるんだろう。俺も行ってみたいな。


「防具を探しているのかい?」

 俺がぼんやり防具売り場で立っていると、すらりと背の高い若い男の店員が声を掛けてきた。


「あ、はい、手ごろなものがあれば、と……」

「君、冒険者かな?」

「はい、そうです」

「ちょっと、今身に着けているレザーアーマーを見せてもらえるかな?」

 俺は頷いて、肩とわき腹のベルトを外して、頭の方からすっぽりと革鎧を脱いだ。店員の男はそれを受け取ると、外や内を丁寧に見ていた。


「ふむ……なかなか良い作りだね。腕のいい職人が作ったものだ」

 彼はそう言うと、俺に目を向けた。

「君が買いたい防具は、防御力重視かな、それとも、動きやすさ重視かな?」


「動きやすい方が良いです。その上で、今の物より防御力が少し高ければ十分です」

 俺の言葉に、彼はにっこり微笑んで、こう言った。

「それなら、良い方法がある。このアーマーに金属プレートで部分的な補強をするんだ。少し重くなるが、防御力は格段に上がるぞ」

「なるほど、この店でできるんですか?」

「ああ、もちろん。僕が心を込めて作らせてもらうよ」

「えっ、あなたが? あ、すみません、とても鍛冶師には見えなかったので」


 若い店員は声を出して笑いながら、こう言った。

「あはは……そうだよね。僕は鍛冶師じゃないんだ。飾り職人なんだ」


「飾り職人?」

「うん。主に金属で装飾品を作る仕事さ。剣や鞘の飾りや鎧の飾りなんかをね」


 へえ、この世界にも飾りの専門職人っていたんだ。鍛冶師が全部やるんだと思っていた。ちょっと失礼して、ステータス拝見……おお、ギフトが《金属加工》だ。天職に就いたんだな。これは期待できるかも。


「じゃあ、お願いしていいですか?」


「うん、任せてくれ。それでだな、金属プレートは、使う金属によって耐久性も値段もピンからキリまでなんだ。もちろんどれくらい使うかでも値段は変わってくる。一番安いのは銅で、その次が鉄だな。それより高くなると、黒鉄、銀、ミスリルとなるが、銀はお勧めしないよ。見た目はきれいだが、鉄より軟らかく防御力が落ちる。黒鉄は硬いがかなり重くなるね。まあ、ミスリルが最高だけど、高いからね。鉄か黒鉄がいいんじゃないか?」


「なるほど……真鍮とかはないんですか?」


「しんちゅう? いったい、何だい、それは?」


 ああ、そうか、この世界にはまだ真鍮は存在してないんだ。そう言えば、トタン製品も見たことがない。亜鉛が金属として認められていないのか、そもそも見つかっていないのか。どっちなんだろう?


『亜鉛は使われていますよ。見た目が銀と似ているので、銀のまがい物として、食器や装飾品に加工されています。銅との合金はまだ発明されていません』


(え、そうなの? じゃあ、この人に真鍮の作り方教えたらまずいかな?)


『どうなるか、この人次第でしょうね。公表して売り出せば、この人は有名になって大金持ちになるかもしれません』


 まあ、別にそれは構わないが……真鍮はとても利用価値の高い合金だ。この世界の人たちの生活が豊かになるなら、教えた方が良いんじゃないだろうか……。


「どうかしたかい?」

 俺がボーっと考えていると、彼は心配そうに尋ねた。


「あ、すみません。ええっと、これはちょっと、他の人に聞かれるとまずい話なのですが、さっき言った真鍮という金属のことです」

 俺が声を低くしてそう言うと、彼は周囲を見回してから、俺に来いと手で合図して店の片隅に連れて行った。


「ここなら人は来ないよ。いったいどんな話だい?」

「はい、その前にお名前をうかがっていいですか?」

「ああ、僕はジョアンだよ」

「ジョアンさん、僕はトーマと言います。これからお話しすることは、この国ではまだ使われていない金属についてです。ジョアンさんは銀のまがい物として使われている金属を知っていますか?」

「あ、ああ、もちろん知っている。〈偽銀〉のことだろう?」


 ああ、亜鉛は〈ニセぎん〉と呼ばれているのか。


「はい。その〈偽銀〉と銅を混ぜて溶かすと、とても使いやすい金属になるんです」


 ジョアンは目を見開いて、俺の肩をつかんだ。

「それは本当か? なぜ、君はそんなことを知っているんだ?」


「ああ、ええっと、俺の村は辺境で貧しいので、道具なんか上等なものは買えなくて、鉄も長く使うと錆びてしまうので、なんとか長持ちさせる方法はないかと、皆で考えて、錆びにくい銅と偽銀を混ぜて溶かしたらどうだろうと、やってみたんです。そしたら、鉄より軟らかいけど、十分道具として使えて、しかも錆びずに美しい金属ができたんです」


 ああ、俺、最近ウソつくのがうまくなってきたな。いかんな、注意しよう。


「おお、それはすごい。つまり、君の村の特産品というわけだな?」

「あ、はい、そんな感じです。それでですね、よかったらその金属で革鎧を強化してもらえないかと思って……」


 ジョアンは満面の笑みで頷いた。

「分かった。やってみよう。銅も偽銀も工房にある。今から作ってみるから、君も来てくれ。溶かす割合とか教えてくれると助かる」

「分かりました。行きましょう」


 俺はジョアンさんに連れられて、商会の裏手に建てられた工房に向かった。


「ここは僕専用の工房なんだ。遠慮なく入ってくれ」

「へえ、すごいですね。そんなに若くて専用の工房を持ってるなんて」

「あはは……一応、この店を親父から任されているんでね」

「えっ! じゃ、じゃあ、この店の店長さんですか?」

「うん、まあそういうことだ。ただし、僕は商売の方はあまり得意じゃないから、そっちはもっぱら副会長の叔父貴に任せているよ。僕は職人の方が向いてるんだ。だから、貴族から剣や鎧に飾りや紋章の注文が来たら、僕がおもにその仕事をやっているんだよ」


 ジョアンさんは、次期会長の若旦那でした、はい。でも、確かにギフトから考えて、この人は商人というより一職人の方が才能を生かせるだろうな。


「さて、材料はここにある分は自由に使っていいよ。今から炉に火を点けるから、この金壺に材料を入れてくれ」

「分かりました」


 工房の片隅に幾つかの木箱があり、その中にいろいろな金属の様々な大きさのインゴットが入れられていた。


(ええっと、確か真鍮は亜鉛が十五から四十パーセントの幅で入っていたんだよな。重さなのか体積なのかは忘れたが、まあ、適当でいいだろう)

 俺は金壺に銅のインゴットを五本と偽銀(亜鉛)のインゴットを一本入れた。


「ジョアンさん、混ぜる割合は使う道具の種類によって変わります。偽銀を多くすると、硬くなりますが加工はしにくくなります。逆に少なくすると、軟らかくなり加工はしやすくなります。何回か混ぜる量を変えて、試してください。今回はとりあえず、銅と偽銀を五対一で混ぜてみます」

「うん、分かった。じゃあ、さっそく炉の中に入れてみよう」

 ジョアンさんは、長い柄の金挟みで金壺(るつぼ)を挟むと、魔石を使った炉の中に入れた。

「さて、溶けるまでしばらく時間が掛かるから、アーマーのサイズを測って、どこを補強するか希望を聞いておこうか」


 ジョアンさんはそう言うと、革製の巻き尺で俺のアーマーのあちこちを測り、メモ紙に数値を書き込んだ。それが済むと、俺にアーマーを返して身に着けるように言った。


「ふむ、補強するなら、やはり背中と胸と肩かな?」

「ええっと、背中と肩はこのままでいいです。胸とわき腹をお願いできますか?」

「ほう、背中と肩が一番守りにくい場所だけど、いいのかい?」

「はい。敵に後ろから攻撃されたら、それは俺が弱いからです。そうならないように鍛えます」

「なるほど。大した自信だな。じゃあ、胸とわき腹を補強しとくよ。おっと、そろそろいいかな?」

 ジョアンさんは笑いながら、炉の中の金壺を挟みで取り出した。真っ赤に焼けた金属の熱気が俺の方にも伝わって来た。

 彼は、石で作られた型枠に金壺の中の真っ赤に溶けた金属をゆっくり流し込んだ。


「これでよし。冷えて固まるまで一時間くらいかかる。どうする? 時間があるなら見ていくかい?」


「ああ、いや、後はお任せしますよ。何日後に取りに来ましょうか?」

「そうだね。他に注文は入っていないから、明後日にはできていると思うよ」

「分かりました。じゃあ二日後にまた伺います」


 俺は、ジョアンさんに別れを告げ、宿へ帰った。

 その宿の食堂には、思いがけない人物が俺を待っていた。

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