第59話 閑話 王城にて
《アレス・パルマー視点》
我々は無事に王都にたどり着いた。これはひとえに、謎の少年冒険者トーマ君のお陰だ。私と彼の出会いは、全く神のお導きか、いや、亡き父の導きだったかもしれない。
父が亡くなった後、私はひたすら父の無念を晴らすために生きてきた。周りの親族からは、馬鹿なことはやめろと、何度忠告されたか分からない。
確かに、貴族ならば、主家であるボイド侯爵家に逆らい、その罪を告発することなど、愚かな行為だと言われてもしかたがない。家を守るためには主の罪には目をつぶり、むしろ積極的に補佐するのが当然、それが貴族の社会の暗黙のルールだからだ。
しかし、それにあえて逆らおうとした父を、私は誇りに思うし、その遺志を叶えたいと思った。たとえ、私の代で家を潰す結果になろうとも……。そうして、私が必死にもがいていた時、トーマ君が現れたのだ。
彼は本当に不思議な少年だった。まず、その能力がとてつもなかった。刺客が私に放った矢を、見えない障壁で防いでくれた。あれも魔法の一種なのだろうか? そして、建物を軽々と登って行く身体能力、無詠唱の魔法等々……いったいどれほどの能力を持っているのか想像もつかない。Bランクの冒険者だと言っていたが、あれはそんな程度ではない。Aランクさえ超えているように思える。
彼は恐らく、何か大きな秘密を隠して生きているのだろう。普通なら、そんな怪しい人物は遠ざけるはずだ。だが、私は彼を信用した。それほど私は追い詰められていたのかもしれない。だが、彼の目は、まっすぐに人を見つめていた。決して人をだます人間が持っている目ではない。たった、それだけのことだが、私の信頼を、彼は裏切らなかった。
今、私はセルジュ・エルベスト公爵様と国王陛下のもとへ向かっている。ついに、父が志半ばで倒れた陛下への直訴を、私が父に代わっておこなうのだ。当然、一筋縄でいくとは思っていない。何と言っても、相手はこの国で王家と公爵家に次ぐ権力をもつボイド侯爵だ。だが、たとえ、権力でもみ消そうとしても、国家を転覆させかねない工作をしていた事実は消えない。
トーマ君、見ていてくれ。私は君に救われた命を、決して無駄にはしない。
《ボイド侯爵視点》
くそっ、若造だと舐めていたが、ここまでやるとは……。それにしても、ローダス王国はなんとも愚かな工作員を派遣したものだ、こんなに簡単に捕まるとはな……。そのうえ、ギルドのオーエンスとベクスターまで捕まりおった。
しかし、なぜ、パルマーの奴が急に強気になったのか。報告では、兵士が増えたわけではない。少年の冒険者らしき者が加勢しているらしいが、まさか、セルジュの奴が密かに手配した手練れの者か……いや、まさか、たった一人手勢が増えた所で、工作員や魔法使いのベクスターが簡単にやられるとは思えん……ううむ……。
とにかく、奴らが王都に入る前に捕まえれば済む話だ。王都のミラーたちに待ち伏せをさせ、わしからの命令だと言って別宅に監禁しておけばよい。抵抗したら、殺せと言ってある。まあ、念のために領軍のエバンスの部隊に追いかけさせたので、王都に入る前に追いつくだろう。ふふふ……バカな父親の二の舞をしおって……あの世で二人、せいぜい後悔し合うがよいわ。
さて、今はこんな小事に構っている暇はない。タナトスの要塞を攻めているローダス軍が思ったより苦戦しているらしい。もたもたしおって……。まあ、ローダス王国の正規軍ではなく、わしの策略に乗ったバーンズ辺境伯の軍のみだから、仕方がないかもしれぬ。
わしは、これから王に討伐の許可を受けに行く。もちろん建前は、タナトスへの救援、そしてバーンズ辺境伯を討ち取ることだ。だが、本当はバーンズ辺境伯軍と戦うふりをして敗走し、そのまま辺境伯軍とともにタナトスになだれ込むというわけだ。そして、目障りこの上もないレブロン辺境伯を背後から襲い、殺す。奴さえいなくなれば、王都までわしを邪魔する奴はいない。
まあ、もう一人、ペイルトン辺境伯がいるが、奴は今、プラド王国との小競り合いで手が離せないはず。これも、ローダス王国の工作員が裏で暗躍して引き起こしたものだ。
わしが、この国を手に入れた暁には、プラド側が欲しがっているミスリル鉱石を一定量定期的に売却するという約束をしている。
タナトス陥落と共に、ローダス王国がわが国に宣戦布告。わしはローダス正規軍の到着を待って、ともに王都を目指す。敵対するのは国王直轄軍三千にセルジュ・エルベストと奴の派閥の小貴族どもの軍合わせて三千、合計六千だ。ということは、わしの元の駆けつける貴族たちの兵力三千とわしの軍とローダス王国軍合わせて六千、合計九千の兵力に及ばぬ。
この戦、戦う前からすでに勝敗は決しているというわけだ。ふふふ……。
わしは、無駄な争いは好まぬ。九千の兵で王都を囲み、わしは慈悲深くこう言うのだ。
「王が退位し、第一王子に王位を譲れば、兵士の血も民の血も流れずに済む。ローダス王国にレブロン辺境伯領の割譲、第一王子以外の王族およびエルベスト侯爵家の一族は、捕虜としてローダス王国へ送られる。それですべてが終わる」とな。
わしの娘である第二王妃と孫である第一王子が、王を説得してくれるだろう。それ以外の選択をすれば、王都は破壊され、兵士と市民の大量の血が流れるのだ。奴らにその選択ができるはずはない。
かくして、わしは新王である孫の後ろ盾となって、好きなようにこの国を動かせるというわけだ。あははは……。
《第三者視点》
その日、ボイド侯爵は護衛の兵士二人を伴って王城に参内した。彼が、もし王都の私邸に立ち寄っていたなら、また違った運命が待っていたかもしれない。だが、彼は長年の大望がもうすぐ叶うことを思って心が逸っていた。だから、いつもなら王都の南門に出迎えに来ているはずのミラーをはじめとする私兵たちがいないことにも、さほど疑問を抱かず、直接王城へ向かったのである。
「ボイド侯爵様、御入来でございます」
衛兵に案内されて、謁見の間に着いた侯爵は、開かれた扉から意気揚々と王の玉座の前まで進んでいった。赤い絨毯の両側には、いつも通り近衛の儀仗兵たちが立ち並び、玉座の左右には、セルジュ・エルベスト公爵、宰相のピエール・マルセル伯爵が控えていた。
「陛下にはご機嫌麗しく。急な参内に快く応じていただき、ありがたき幸せに存じます」
「うむ。面を上げて楽にしてくれ。して、本日は何用で参られたのか?」
「はい。聞く所では、タナトスの砦がローダス王国のバーンズ辺境伯軍に攻められているとか。タナトスは、我が領の近くでもあり、友人のレブロン辺境伯領の苦境を黙って見ているのも忍びなく、ここはぜひわが軍を救援に差し向けたく、出兵の許可をいただきたく参上いたしました」
「ほお、それは殊勝な事だが、果たしてその軍は本当に敵に向けてのものかな? 友人だというレブロン辺境伯軍を背後から襲うためのものではないのか?」
王の言葉に、傲慢で目が曇っていた侯爵も、さすがに何が起こったのかを察した。だが、ここは白を切り通して、なんとか領内に帰り着くしかない。
「な、何を? たとえ陛下であってもそのような戯言は許されませんぞ」
「戯言かどうか、自分の目で確かめるがよい」
王は、そう言うと宰相に目で合図した。
宰相は王族専用の出入り口の方へ行って扉を開いた。そこから現れたのは、体を拘束された二人の男たちで、衛兵たちに押されてそのまま王の前の階段から転げ落ちた
「っ! ミラー、エバンス……な、何があった?」
「こ、侯爵様、申しわけありません……」
「……殿、もはやこれまででございます。潔くお覚悟を……」
「な、何を馬鹿なことを言っておるっ! 陛下、一体これはどういうことですかな?」
侯爵は立ち上がり、それを見て周囲の近衛兵たちが槍を構えた。王は、近衛兵たちを手で制すると、自らも立ち上がって前に一歩踏み出した。
「侯爵よ、自分の胸に手を当てればすぐに分かるはずだ。そなたの企みは、すべてアレス・パルマー子爵によって明らかになっておる。それによれば、そなたはローダス王国と通じ、この国を我が物にせんとした国家転覆の野望は明らかだ。よって、ここに国王オルトール・アウグストの名において、そなたに死罪を申しつける。何か申し開きがあるか?」
ボイド侯爵は青ざめた顔でじっと国王と側近たちを見つめていたが、やがて不敵な笑いを浮かべてこう言った。
「ふははは……これは滑稽だ。アレス・パルマーは、父親の死のことで、わしを逆恨みしておった。そこで、わしに無実の罪を着せて恨みを果たし、なおかつ自分がブラスタの領主になろうと思って作り上げたウソの数々に、まんまと騙されたというわけだ。
王よ、仮にもわしはそなたの義理の父、次代の国王である第一王子の外祖父だぞ? そのわしが、国家の転覆を図るなど、普通に考えればあり得ぬことだと思わぬか?」
王は、平然と侯爵の弁明を聞いていたが、やがて重々しく口を開いた。
「侯爵よ、言いたいことはそれだけか。残念ながら、そなたが頼みとする第一王子がすべてを告白したのだよ。そなたの娘、第二王妃は最後まで白を切っておったがな。それに、次代の王は第一王子ではない。王位継承権第一位は第一王女シルフィーヌだ。そなたの頭の中では、すでにシルフィーヌは亡き者になっておったか?」
「な、ウ、ウソだ、王子と娘をここに呼べっ! そのような戯言に……な、おい、何をする!わしは、エルネス・ボイドだぞ、下郎どもが、くそ、放せっ」
「王子と王妃とは地下牢でゆっくり話すことですな。連れて行け」
宰相のピエールが近衛兵たちに命じた。まだ喚き続ける侯爵と二人の私兵は拘束されて地下牢へと連行されていった。
♢♢♢
《トーマ視点》
俺はアレス様との約束を守って、この二日間王都に滞在していた。
冒険者ギルドに行って、ギルマスのジャンジールさんに会い、これまでのいきさつを説明した。ジャンジールさんは、元Sランクの冒険者で、六十を少し過ぎたところだが、まだその体は衰えを見せず、体全体から発せられる迫力には圧倒されるばかりだった。彼は、国王とも親しく、側近以外では誰よりも頼りにされている存在だ。
彼は俺の話を聞くと、すぐに行動を開始した。
信頼するAランクパーティと共に、衛兵官舎を訪れ、隊長に事情を話し、衛兵五十人を率いて王都のボイド侯爵邸へ向かった。
侯爵邸には、帰り着いたばかりのミラー以下の八人の私兵とエバンスたち十六人の騎士たちがいた。
そこへ、突然現れたジャンジールと衛兵部隊に、彼らはもう抵抗する気力を失った。屋敷の使用人たちも取り調べの後、居間に全員集められ、監視のもとに置かれた。
屋敷内の捜索は、さすがに権限外だったので、アレス子爵が王城から帰って来るのを待って行われることになった。
「トーマ君、おかげで何もかもうまくいった。本当にありがとう。こんな言葉では私の感謝の気持ちは表せないが、お礼をするにも今の私には何もあげられるものがないのだ」
「気にしないでください。護衛の依頼料はいただいていますので、それで十分ですよ」
「いや、そういうわけにはいかない。すまんが、ごたごたが片付くまで王都に居てくれないか? 改めてお礼がしたい。どうか、頼む」
ああ、本当はすぐにでも自由の身になりたいんだが、まあ、王都にしばらく滞在するつもりだったので、ここはアレス様の顔を立てておくか。
「分かりました。じゃあ、ギルドの仕事をしながらお待ちしています」
こうして、俺の王都での生活が始まった。
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