第56話 ギルドのお掃除

 アレス様は、工作員たちに罪人専用の猿轡を装着させて、屋敷の地下牢に収監した後、ジョンさんたちにアジトの内部を捜索させた。

 はい、うっかりしていましたね。そうですよ、内部に機密書類が隠されている可能性は大きいからね。俺はまだ甘いな。

 


 ジョンさんたちがアジトに行ったとき、建物の中はもぬけの殻だったらしい。俺が昨夜行ったときは、一階のあちこちに十数人ほどいたと確認していたが、慌てて逃げたのだろうな。

 そりゃあ、怖いだろうさ。一夜のうちに忽然と雇い主たちと仲間の二人が消えたんだからな。

 その証拠に、建物の内外に金貨や銀貨、銅貨が点々と散らばっていたり、例の五人がいた部屋の壁が壊され、そこにあった隠し部屋が荒らされていたりしたらしい。小物のごろつきたちにとっては、金目の物しか興味はなかったのだろう。多くの書類や怪し気な薬品、魔道具類はそこら辺に打ち捨てられていた。


 それらは全て証拠品となるが、特に機密書類と、その中でも金銭のやり取りが詳細にメモされた出納帳は決定的な証拠となった。その中には、はっきりとボイド侯爵とその一味、そしてブラスタの冒険者ギルド長、ギル・オーエンスの名前が記されていたからだ。


 アレス様たちは、さっそくその証拠を持って、冒険者ギルドへ向かうことになった。


「トーマ君、どうか一緒に来てくれ。相手は冒険者ギルドの長だ。かなりの実力だと思う。いざという時は手を貸してほしい」

「はい。ここまできたら最後まで付き合いますよ」



「まず、通信魔道具を抑えることが先決です。ボイド侯爵に連絡されたら、すべてが水の泡になってしまいます」

 ギルドへの道を急ぎながら、俺はアレス様に言った。

「なるほど、確かにそうだな。ジョン、通信魔道具はやはりギルマスの部屋か?」

「はい、確か奴の机の上にあったと記憶しています」


 アレス様は、歩を緩めると、顎に手をやって考え込んだ。

「ううむ……われわれが一気に押しかけると騒ぎになるな。そうするとオーエンスが気づいて連絡するかもしれん……どうするか」


「俺の考えを言っていいですか?」

「うむ、もちろんだ。君ならどうする?」


 俺は最悪の事態を想定しながら、アレス様にこう言った。

「まず、ギルドの中に入るのは最低限の人数にしましょう。アレス様と俺とジョンさんか、メリンダさんのどちらかです。ギルドの内部にギルマスの仲間がいるかもしれません。他の人たちは、そいつが外に逃げ出さないように、出入り口を見張ってもらいます」


「それは危険です。ギルマスが抵抗したらどうするんですか? アレス様を危険な目に合わせるわけにはいきません」

 メリンダさんが反対してそう言った。

「アレス様は俺が必ず守ります」


「それは、メリンダ、お前の役目だ。命に代えてもアレス様をお守りするのだ。トーマに後れを取るなよ、いいな?」

「はいっ」


 いや、そんなことを争うつもりはないから……。まあいいや、じゃあ危ないときは、遠慮なくメリンダさんを盾に使わせてもらいますよ。


「では、それでいこう。行くぞ」

 アレス様は再び力強く一歩を踏み出した。



♢♢♢


 予定通り、俺とアレス様とメリンダさんの三人でギルドの建物の中に入った。ジョンさんたちは、表と職員専用口、そして解体場の搬出入口に二人ずつ分かれて待機した。


「すまないが、ギルドマスターのオーエンスに会いたいのだが」

 アレス様が受付に向かうと、受付嬢はさすがに彼のことは知っていたらしく、うやうやしい態度で頭を下げた。

「承知しました、パルマー様……どうぞこちらへ」

 受付嬢は、カウンターから出てくると、前に立って二階への階段を上がり始める。


 ラウンジにたむろしていた冒険者たちも、カウンターの後ろの部屋のギルド職員たちも、何事かと声も無くこちらを見つめていた。


 俺たちは心の中で臨戦態勢をとりながら、二階の奥にあるギルド長室のドアの前に着いた。

「ギルマス、お客様です」

「客? 分かった、入れ」

 受付嬢がちらりとアレス様の方を見てから、ドアを開けた。


 入ってきた人物を見て、オーエンスは明らかに動揺した表情を見せたが、すぐにわざとらしい笑顔を作って立ち上がった。

「これは、これは、パルマー子爵殿、お久しぶりですな。今日は、どんな御用ですかな?」


「仕事の邪魔をしてすまないな、ギルド長。ちょっと君に見せたいものがあってね」

 アレス様はそう言うと、俺に目で合図した。俺は小さく頷く。


「ほお、何ですかな?」

「うむ、これなんだがね」

 アレス様は、メリンダさんが大事にバッグにしまっていたローダス国工作部隊の《資金帳簿》を手に取ると、応接テーブルの上に開いて置いた。


 オーエンスは怪訝な顔でテーブルに近づき、その帳簿を覗き込んだ。


「っ! こ、これは……」

「ほら、ここに君の名前があるだろう?」


 オーエンスはしばらくの間、帳簿を見つめたまま青ざめた顔で固まっていた。だが、彼は自分の後ろ盾であるボイド侯爵の権威を信じていたのだろう。


「あはは……いったい、どこからこんなものを持ってきたのか、知りませんが、これで私をどうしようとおっしゃるのですかな?」

「これか? これは、この街に入り込んでいたローダス王国の工作員から押収したものだ。そして、これに名前が載っている以上、君は国家反逆罪で国王陛下の前で死罪を言い渡されるだろうな」


 それを聞いたオーエンスは、顔面蒼白になってわなわなと震え始めた。

「ば、馬鹿な……そ、そんなことがあってたまるか。こ、工作員などと出まかせを……そうだ、このことは、こ、侯爵様に報告するのが先だ……ふふ……何とおっしゃるか、楽しみですな」

 オーエンスは、引きつった笑いを浮かべながら、自分の机の戻ろうとした。


「ああっ! な、ない、つ、通信魔道具が……っ! あ、き、貴様っ」


 オーエンスは、狂ったように辺りを見回していたが、俺がそっとアレス様に手渡すのを見て、鬼のような形相で睨んだ。


「悪あがきはそこまでだ。メリンダ、その男を拘束しろ」

「はっ」

 メリンダさんは、用意していたロープを持って、オーエンスに近づいた。


「ふっ、後で後悔しますぞ、子爵。侯爵様に無断で愚かな真似をしたことを……」


 あれ、悪あがきしないの? オーエンスは捨て台詞を吐いて、意外にもあっさりと捕縛された。それだけボイド侯爵の力を信頼しているってことか?


「メリンダ、ジョンたちに中に入るよう伝えてくれ。内部の人間と文書類の調査をする」

「はっ、ただちに」

 メリンダさんが意気込んで去って行くと、アレスさんは次に、ドアの近くで驚いた顔で成り行きを見守っていた受付嬢に言った。

「君、下に行ってすぐに臨時閉鎖と告げて、冒険者を外に出し、出入り口を閉めてくれないか?」

「は、はいっ、了解しました」


(うん、さすがは代官を務めるだけのことはあるな。貴族って、本来こんな感じだよな)

『はい。大変優秀な文官だと思われます。小さい頃から苦労し、勉強したのでしょう』


 さて、これでようやくすべて片付いたな。俺は小さな安どのため息を吐いた。

 だが、ほっとしたのも束の間、この後、最後の一仕事が残っていたのだった。



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