第55話 生真面目代官と工作部隊 4
あれほど活気のあった街も、教会の鐘が午前零時を教える一つ鐘が鳴る頃には、すべての店が閉まり静かになった。
俺は、〈隠密〉のスキルを使って、街の中を移動した。例のアジトの場所は頭に入っている。
(どれどれ、中に何人くらいいるのかな?)
こういう時、ポピィの〈魔力感知〉だったら、正確な人数が把握できるんだけど、〈索敵〉だと、目立った強者とか魔力の強い奴しか掛からない。でも、後は雑魚ということだから、大きな問題はない。
目立った光の点は五つか。こいつらがローダス王国の工作員かな。そいつらは一か所に固まっている。この時間に何かの相談か、それとも一つの部屋に寝ているのか。いずれにしろ、こっちには好都合だ。
俺は、そいつらの居場所を確認すると、建物に近づいて行った。罠とか魔力感知の魔道具とか、設置されてる可能性はある。だったら、跳んでみようか。建物の周囲には壁はない。道に面した部分に鉄柵と簡単な出入り口があるだけだ。周囲に見張りがいる気配も……いや、いた。危ない、危ない。さすがに見張りはいるか。
屋根の下に突き出した出窓、恐らく屋根裏部屋の窓だろう。そこから通りの方を見ている男の顔があった。となると、反対側の裏窓を見張る奴もいるな。
俺は周囲を見回して、侵入経路を探した。やはり、屋根の上から行くのが正解のようだ。俺は遠回りに隣の建物に近づくと、〈跳躍〉を使って壁に飛びつき、屋根の上に上っていった。先ずは、あの見張りを倒して、窓から侵入するとしよう。
♢♢♢
「いっ! な、あ…が……」
屋根裏の見張り部屋の窓から、いつものように通りの方を眺めていた男は、突然、窓の上からぶら下がった人間の姿に、思わず大声を上げようとした。が、その前に体が硬直して動かなくなり、ゆっくりと後ろに倒れ込んだ。
「おいっ、何だ? どうした?」
反対側の窓を見張っていた仲間の男は、人が床に倒れる物音に驚いて、倒れた仲間のもとへ駆け寄った。倒れた仲間は、声を必死に出そうとしていたが、かすれた息しか出て来なかった。しかし、その目は大きく見開かれたまま、窓の方を見つめていた。駆け寄った男も、その視線の方へ目を向け……。
「ひっ! あわ、あ……」
よし、うまくいったな。俺は二人目の男が倒れるのを確認して、窓(上にスライドするタイプだった)を開けて、建物の中に侵入することに成功した。すぐに〈ルーム〉を発動して男たちを収納、下の階へ向かった。
その後はまあ、やることは同じだった。例の工作員がいるらしい部屋に行って、ドアを開け、呆然としている五人を〈麻痺〉させて〈ルーム〉に収納、また屋根裏部屋に戻って、窓から脱出。屋根を伝って宿の近くに到着、はいお仕事完了です。
いやあ、〈麻痺〉、まじ無敵。こりゃあ、敵に闇属性の魔法使いがいたら、相当な注意が必要だと痛感したね。うん、対策を考えないとな。
ちなみに、工作員たちを麻痺させたとき、リーダーらしき奴を鑑定した。結果はこんな感じだ。
***
【名前】 クルト・マイヤー Lv58
【種族】 人族
【性別】 ♂
【年齢】 48
【体力】 612
【物理力】433
【魔力】 136
【知力】 555
【敏捷性】284
【器用さ】484
【運】 211
【ギフト】情報収集
【称号】 ローダス王国
情報部 特殊部隊第二部隊長
【スキル】
〈強化系〉身体強化Rnk11
〈攻撃系〉剣術Rnk8 暗器術Rnk10
体術Rnk9 投擲Rnk10
〈防御系〉物理耐性Rnk8 精神耐性Rnk8
回避Rnk6
〈その他〉尋問術Rnk6 薬学Rnk3
情報分析Rnk7
***
さすがに、一つの部隊を任される隊長クラスともなると、ステータスも半端ないな。しかし、不思議なことは、このクラスの大物であっても、魔法に対する防御スキルや、対抗策を何も持っていないということだ。いかにこの世界では、魔法が希少な技術であり、魔法に関する研究が遅れているかが分かる。前世のアニメやラノベで描かれた世界とは大違いだ。
俺の〈麻痺〉にやられ、〈ルーム〉に収納されたことは、この隊長にとっては、屈辱と驚嘆に気が狂いそうなほどのショックだったに違いない。南無……。
(なあ、ナビ、〈麻痺〉の効果はどれくらい続くんだ?)
『使われた魔力の強さによりますが、マスターの場合十五分ほどかと推測されます』
(ああ、そうすると、五時間ほどで効果が切れるんだな。じゃあ、こいつらを外に出すときは、十分注意しないといけないな)
『そうですね。監獄の中で出して、自殺しないようにすぐに猿轡をはめる必要があります』
確かにその用心は必要だな。捕まったら死ぬように教育されているかもしれないからな。
♢♢♢
翌日、俺は古い宿の狭い部屋で目を覚ました。もう日はかなり高くなっていた。昨日、代官屋敷から出て街に戻り、なんとか見つけた安宿だ。いくつかの宿は満杯で、ここしか空いていなかったのだ。
俺は一応もう一泊分の宿代を前払いして、街へ出て行った。屋台で揚げパンと串焼きの肉を買って遅い朝食を食べながら、代官屋敷から街へ通じる道の傍らで、代官様一行が来るのを待つことにする。
お、来た来た。待つこと二十分、屋敷の方からアレス様たちが街の巡回のためにやって来た。
「っ! トーマ君……」
アレス様たちは、街角に立つ俺を見つけると、急ぎ足で近づいて来た。
「お早うございます、アレス様」
「ああ、お早う……その、どうしてここに?」
「はい、ええっと……工作員五人とごろつき二人を確保しました」
俺の言葉を聞いたアレス様たちは、当然驚きに声を失った。
「黒幕を捕まえたので、たぶん他のごろつきたちは、しばらくは何もできないと思います。街道の警備も通常に戻せるはずです。王都に行くなら、今が好機ですよ」
「ま、待て、待ってくれ。いったい、何がどうなっているんだ? き、君が敵の工作員を全員捕まえた、ということなのか? いったいどうやって?」
「この街には、牢屋はありますか? 工作員を閉じ込めて、自害しないように口に何かをはめる必要があります。まずはその処置をしてから、話をしましょう」
「うむ、なるほど、その者たちは今どこに?」
うん、困った……収納魔法が使えることは、極力秘密にしたい。ここは、一か八か、ごまかすしかないか。
「ああ、えっと、この先の路地裏に縛って転がしています。ば、馬車はありますか?」
「うむ、ある。ジョン、すぐに用意を」
ジョンさんが部下を屋敷に向かわせた後、俺はアレス様たちを先導して、悪人たちを隠しているという路地裏へ向かった。
「そこです。ちょっと待っていてください、引っ張り出してきますので」
「私も行こう」
メリンダさんが一緒に行くと言い出したので、俺は焦った。それで、〈身体強化〉のスキルで一気に加速して走り出した。
「あ、お、おい、ちょっと……」
俺は建物と建物の間の狭い路地を見つけると、素早くそこに入って〈ルーム〉を発動し、男たちを外に放り出した。
「皆さん、ここです」
俺は何食わぬ顔で、路地から上半身を出して、追いかけてくる人たちに手を振った。
アレスさんの部下たちが急いで駆け寄ってくる間に、俺はもう一度〈麻痺〉を使って、男たちが騒いだり、自害したりしないように処置した。
アレスさんたちは、男たちが目を見開いたまま、鬼のような形相で口もきけずにいることを不審がったが、俺は捕まったショックで気が動転しているのだろう、とかなんとか適当なことを言ってごまかした。ごめんなさい。
やがて、そこへジョンさんの部下が、衛兵宿舎で使われている馬車を走らせてやって来た。そして、七人の男たちを抱えて馬車に放り込み、屋敷の地下牢へと運び込んだのだった。
ふう、なんとか終わったな。これで、俺の役割も終わりだろう。さあ、とっとと街を出るぞ……と思ったこともありました。まあ、俺が怪しいのは分かるよ。でも、ちゃんと工作員を捕えたんだから、いいじゃん。結果だけで満足してくださいよ。
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