第53話 生真面目代官と工作部隊 2

本日は二話連続投稿します。


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 俺はそのまま屋根の上を伝って移動しながら、町全体を見回して、代官館らしき建物を探した。

(たぶん、あれだな。でも、簡単に紙を投げ入れるってわけにはいかないようだな)

 街の中心から少し北に、なだらかな高台があり、そこに立派な屋敷が建っていた。住宅街からはかなり離れているので、屋根伝いに近づくことはできない。


 俺は、その館の一番近くまで屋根を伝って近づいてみることにした。そうやって、ある街角の屋根の上まで来たとき、下の通りに、先ほどの貴族の一行が屋敷の方へ歩いているのを見つけた。

 今なら直接情報を伝えられる。う~ん、しかし、エプラの街の二の舞になる予感しかしない。いや確実にそうなるだろう……でも、ナビは、きっと……。


『マスター、「義を見てせざるは勇無きなり」という言葉があります』

 古いなっ、おい! しかし、元日本人の俺としては、心に刺さる言葉ではある……。


 俺は、貴族の一行の五メートルほど先の地面に着地して、片膝をつき、頭を下げた。


 すぐに貴族の護衛たちが剣を抜こうと身構えたが、貴族はそれを手で制して、俺の前に歩み寄った。

「君は、先ほどの少年……」


「はい。先ほどは失礼しました」

「いや、礼を言いたかったのでちょうどよかった。ありがとう。おかげで命拾いをした。それで、どうしてここへ?」

「先ほどの賊を追っていき、奴らのアジトを確認しました。ここにその場所を描いてあります」

 俺はそう言って、メモ用紙を差し出した。


 ところが、貴族はそれを受け取ろうとしなかった。俺はやや驚いて、顔を上げた。貴族も他の護衛たちも、バツが悪そうな、悔し気な表情で押し黙っていた。


「ああ、すまない。情報はありがたいのだが……実は、奴らのアジトはとっくに調べはついているんだ……」


 はあ? どゆこと? 調べがついてるなら、攻め込んで一網打尽にするだけじゃん。


「……変な話だと思っているだろうな。ははは……少し事情があるんだ。ここは人目があるから、良かったら今から屋敷に一緒に来てくれないか? 改めてお礼もしたいし……」

 貴族は苦笑を浮かべながらそう言った。


「アレス様、いけません。こんなどこの誰とも知れぬ者を簡単にお屋敷に入れるなど……」

「黙れ、メリンダ。命の恩人に対して無礼であるぞ」

「も、申し訳ございません。ですが……」

 主人とメイドが争い始めたので、俺はそれに便乗することにした。


「あの、ええっと、そのメイドさんがおっしゃっているのは正しいと思いますよ。失礼ですが、この街を治めておられる代官様ですよね?」


「あ、ああ、私はアレス・パルマーだ。ボイド侯爵様から、このブラスタの街を任されている」

「そうですか。だったら、そちらのメイドさんが言われた通り、素性が知れない者を屋敷に入れるのはまずいですよ。ということで、俺はこれで失礼します」

 俺は、上手く逃げられたと内心喜びながら立ち去ろうとした。


「待ちたまえ。恩人をこのまま帰したとあっては、私の気が済まない」

「ああ、いえ、そんなお気遣いはいらないので……」

 俺が手を振って、何とかその場から立ち去ろうとしたが、その時背後からがっちりと肩をつかまれた。


「アレス様も、せっかくああおっしゃっておられます。ぜひ、お屋敷へおいで下さい」

 がっちりした体の執事さんが、にこやかな作り笑顔でそう言った。


 ああ、エプラの街の思い出が走馬灯のようによみがえってくる。はいはい、また面倒事ですね。もう、なんか逃れられない運命じゃないかと思えてきましたよ。



♢♢♢


 代官屋敷は年代を感じさせる石造りの重厚な造りだった。しかし、内部はいたって質素で、華美な装飾や調度品はなかった。


「どうぞ」

 メイドの女性が、ややぎこちない様子で紅茶を俺の前に置いた。何気なくその手を見て、少し驚いた。かなりごつくて、メイドというよりは冒険者の女剣士の手と言った方がふさわしい感じだ。爪も短く切られていた。


「まあ、お茶でも飲んでゆっくりしてくれ」

「あ、はい、いただきます」

 俺は、カップを持って口に運んだが、ゆっくりという雰囲気じゃない。


 おい、何でごついおっさんたちが周囲に並んでるんだ? しかも、執事さんがその男たちにいろいろ指示を出してるんだが……。


 後で知ったことだが、この執事さんもメイドさんも、本当の執事やメイドではないらしい。

 二人ともアレスさんの私兵であり、護衛役だそうだ。本当の執事さんと二人のメイドさんは、王都の貴族に嫁いだ妹さんの所に同居している母親と一緒にいるらしい。父親は数年前に亡くなったそうだ。死因は聞かなかった。


「ところで、君は冒険者だそうだが、今、ランクはどのくらいなのかね?」

「あ、はい、Bランクです」

「ほお、やっぱりそうか。Aランクと言われても驚かなかったくらいだがね。

 君が何者なのか、とても興味はあるが、あえて問うのはよそう。ただ、一つ聞いていいかな? 君は王都に行ったことがあるかね?」

「いいえ、これから行こうと思っています」


 アレスさんは、ちらりと傍らの執事さんに目をやった。執事さんは小さく頷いた。

「そうか。だったら、王都に行くときに一つ頼まれてはくれないか?」


「はあ、俺にできることであれば……」


「なに、簡単なことだよ。君が今日見たこと、私が刺客に襲われ、悪人たちが街の一角を占拠して、いろいろ悪さをしていること、これを王都の冒険者ギルドマスターに伝えてくれるだけでいい」


 おいおい、待て待て、いろいろとおかしいぞ。王都のギルドマスターに伝えるだけなら、この街のギルドからでも連絡できるだろう? それに、こういう街の異常事態は、まず、領主であるボイド侯爵に一番に伝えるべきだろう?

 さっきの、アジトが分かっているのに何もしないことといい、すべてが変だ、この街は。


『何か、深い事情がありそうですね。聞いてみますか?』

(ナビさん、それって、面倒事に足を突っ込みますか、突っ込みませんか、ってことかい?)

『まあ、ここまで来たら、マスターがどうするかは明確ですが』

(……くそ……よくお見通しで)


「ええっと、幾つかお尋ねしていいですか?」

「ああ、何だね?」

「この街のことを、王都のギルドマスターに伝えろということですが、ギルドにある通信魔道具を使えばいいのでは? それと、街がこんな状態であることは、領主様はご存じなんですか?」


 俺の問いに、アレスさんは言葉に詰まり、苦しげな表情になった。その時、傍らにいたメイド役のメリンダさんが、悲痛な声でアレスさんに言った。


「アレス様、やはり私が行きます。この者に事情を話すわけには……」

「だめだっ、母上とイサベルを危険にさらすわけにはいかない。何度言ったら分かるのだ」

「し、しかし……」


 いや、あの、全然話が見えないんですけど、おーい……。


 アレスさんは、メリンダさんを手で制して、俺に向き直った。

「君の質問に答えよう。ただ、これを聞いたら、君にも私の仕事を手助けしてもらうことになるが、それでいいかね?」


 ああ、まあ、そうなるよね。でも、ここまで来たら逃げるわけにはいかないでしょう。


「分かりました。ええっと、遅くなりましたが、俺はトーマといいます」

 俺は腹をくくって頷くと、そう言った。

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