第43話 ポピィのお手柄

《ポピィ視点》


 トーマ様に、食糧倉庫を調べるように言われました。「隠し扉」があるかもしれないって、それすごいことじゃないですか。なぜ、トーマ様はそんなことが分かったんでしょうか?

 トーマ様は本当に不思議な方です。初めてお会いしたときから、驚かされてばっかりです。


 わたしは、人間の父とノームの母から生まれたハーフノームです。父はとても穏やかで優しい人でした。行商人として、人間の街とノームの村を行き来し、細々と生計を立てていました。母と知り合い、結婚して、ノームの村に住むようになったそうです。

 私たち一家は決して裕福ではありませんでしたが、とても幸せな生活を送っていました。

あの日、わたしの五歳の誕生日が来るまでは……。


 わたしが神様から与えられたギフトは《暗殺者》でした。両親はもちろん、ノームの神官様もとても驚き、戸惑ったそうです。

 それから以後、村の人たちは私たち一家を避けるようになりました。昨日まで仲良く遊んでいた友達が、誰もわたしと遊んでくれなくなりました。わたしは幼心にも、自分のギフトのせいだと気づきましたが、両親は、私のせいじゃないと言って、以前より一層私を愛してくれました。でも、わたしは両親に申しわけない気持ちでいっぱいでした。


 それでも、わたしたち一家は、何とか私が十二歳になるまでは、村で頑張って暮らしていました。でも、とうとう商売も立ち行かなくなり、父は、村を出て他の街で暮らしてと行こうと決心しました。そして、わたしたちはノームの村を出たのです。小さな行商用の馬車に家財道具を積んで……。


 そこから先は、あまり思い出したくありません。心の中から消えることはありませんが、心の一番奥に封印して、両親の最後の願いをかなえるために、わたしは生き抜くのです、何としても……。

 そんなわたしの思いを神様も憐れんでくださったのでしょうか、わたしにトーマ様を引き合わせて下さったのです。ギフトのことでは、正直神様を恨みました。でも、こうしてトーマ様に会わせて下さった神様に、今はただ感謝の気持ちでいっぱいです。


 あ、こんな昔のことを思い出してる場合じゃなかったです。お店の食糧倉庫を捜索する時間を作らないと。でも、昼間はなかなか時間が取れません。昼近くまで寝ている従業員のお姉さんたちの汚れ物のお洗濯や、店内の掃除、市場への買い出しのお使いなど、仕事がいっぱいなのです。午後になったら少し時間が取れます。何か良い理由を見つけて、食糧倉庫に入ることにしましょう。


♢♢♢


 チャンスです。バーテンダーのロムさんが、夕方まで用事があるそうで、お店に並べるお酒やワインを何種類か、食糧倉庫から出しておくように頼まれました。


 わたしは少しドキドキしながら、食糧倉庫への階段を下りていきました。魔石ランプの発動ボタンに魔力を流し、明かりを灯すと、ひんやりとした広い地下室の中を進んでいきます。

 とりあえず、頼まれたお酒を何本か見つけて籠に入れておきます。さて、隠し扉はどこにあるのでしょうか。


 わたしはふと、ラマータの街のダンジョンのことを思い出しました。あのダンジョンにも罠や隠し扉があったのです。トーマ様は言いました。『罠や隠し扉の中には、魔法が掛けられたものもある。そういうものを見つけるときは、魔力感知を使うんだ』と。

 わたしには、《魔力感知》のスキルがあります。ちょっと使ってみるのです。


 あっ、びっくりです、本当にありました! 倉庫の右奥、ワインの棚の後ろです。ちょっと棚を動かしてみます。おかしいですね、前後にも左右にも動きません。ワインがいっぱい並んでいるので重いからでしょうか? でも、動かすのに大人が何人も必要な隠し扉って、あまり使う意味がないように思えるのですが。う~ん……。


 そうか! 魔力を感知したってことは、魔法が掛けられているはずです。どこかに、魔力を流すスイッチがあるはずなのです。うん、我ながら頭が働きました。これも、日頃からトーマ様と一緒にいるお陰ですね。

 もう一回、魔力感知を使って詳しく辺りを見てみます。あ、怪しい所、発見です。ワイン棚と隣の穀物棚の間の壁に魔力反応があります。わたしは小さいから入っていけます。


 ああ、なるほど、大人が手を伸ばせばやっと届く所に、発動スイッチの金属の板があります。ちょっと魔力を流してみましょう。

 わわっ、ワイン棚が急に動き出したのです。どんな魔法でしょうか? おお、ワイン棚に隠れていた扉が姿を現しました。これも魔法で鍵がかかっているようです。魔力を流すための金属板が扉の横にあります。


 さて、今はこれくらいにしておきましょう。誰かが倉庫に入ってきたらおしまいです。扉の向こうを調べるのは、皆さんが寝静まった夜中がいいでしょう。じゃあ、棚を元に戻して、帰ることにしましょう。



♢♢♢


 夜中です。皆さん寝静まってます。

 ベッドから起きて、〈隠蔽〉を心の中で唱えます。スキルが発動したのが感覚で分かります。トーマ様によると、スキルの発動に必要な魔素を、魔力が体内に取り込むときの感覚だそうです。


 魔石ランプを持って、そっと部屋を出て行きます。階段を降りるときは冷や冷やしましたが、誰にも見つからなかったようです。

 暗がりにも目が慣れてきたので、魔石ランプは地下室に入ってから使うことにしましょう。

 食糧倉庫の入り口のドアは閉まっていますが、かぎは掛かっていません。音を立てないようにそっとドアを開いて中に入ります。魔石ランプを点けて、例の隠し扉の所へ。

 さあ、いよいよ未知の冒険の始まりです。ドキドキ・ワクワクが半分、何があるのか、怖さが半分です。

 ワイン棚がスーッと横に移動し、隠し扉が見えました。ちょうどわたしの背の高さくらいの金属の扉です。魔力を金属板に流します。ズズズッという小さな音を立てて、扉が開きました。緊張しながら、中に入っていきます。


 あれ? 石作りの狭い通路の先から、明るい光が差し込んでいますね。誰かいるのでしょうか? だとしたら、魔石ランプはまずいですね。ここに置いていきましょう。

 こういう時、自分の〈隠蔽〉スキルは本当にありがたいです。見つかる心配をあまりしないで相手に近づけますから。


 っ! 十メートルほどの通路の先には、広い部屋がありました。半分から左の方では、粗末な服を着た男女の大人の人たちが、ざっと三十人ほど、何かの作業をさせられています。なぜ、させられていると分かったのか、それは七、八人ほどの、黒い服を着て武器を持った見張りの男たちが、怒鳴ったり、武器で小突いたりしていたからです。

 半分から右には、鉄の柵で区切られた部屋があります。ここからではよく見えませんが、たぶんあの中には、やはり人がたくさん閉じ込められているのではないでしょうか。

 部屋の突き当りにはドアがありますね。どこにつながっているのでしょうか。とにかく、この部屋の全体像を頭に入れます。思い出して、紙に図が描けるように。


 さあ、見つからないうちにさっさと帰ることにしましょう。今回の報告はきっと、トーマ様もお喜びになるはずです。



《トーマ視点》


 おお、でかしたぞ、ポピィ! 俺は思わず心で叫んで、ガッツポーズをした。

 今、ポピィがゴミ袋に忍ばせたメモの紙を開いて見たところだ。


「地下で麻薬を作らせていたんだな。働かされている人たちは、恐らく奴隷か、どこかから誘拐されてきたんだろう……」


『はい。マスター、ポピィさんのメモには、働かされているのが三十人ほど、牢屋にも同じくらいの数の人が閉じ込められているだろう、と書かれています……』


(うん、それがどうしたんだ?)


『ダルトンさんの説明を思い出してください。彼は、敵の人数を百人足らずと言いました。マスターがボラッド商会で確認した人数が三十人足らず。ポピィさんが見た見張りが七、八人、働かされている人は全部でおよそ六十人、合計すると……』


(あ、そうか! ダルトンさんたちは自白か、何かの情報で地下にいる人たちの人数を知ったんだな)


『はい。そして、恐らく地下室の人たちは、薬漬けにされて働かされ、一方では悪事をさせられているのかもしれません』


(胸糞わっるっ! もういいよな、限界だ。叩き潰す! ボラッド商会、貴様らはもう……)

 ふっ、俺がそんな使い古されたセリフ、言うと思った? やっぱりオリジナルでなくちゃね。

(ボラッド商会っ! 貴様らは、もう……腐った牛乳と腐った卵が混ざった中でおぼれ死ぬゴキブリだ! ……って、ダサっ、自分のセンスのなさが悲しいわっ)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る