第17話 世界樹の子ども

「ただいまぁ」


「あ、お帰りなさい、トーマさん。今日は早かったんですね」

「あ、はい、採取のクエストだけだったので……」


 いつもの笑顔で俺を迎えたエルシアさんだったが、すぐに真面目な表情になって、じっと俺の腕に抱えた麻袋を見つめた。


「……えっと、トーマさん、魔物の素材か何か持ってますか?」

「っ! え、あ、ど、どうして、そんなこと……」

「その袋から、すごい力を感じます。何が入っているんですか?」


 ああ、やっぱりエルフは人より魔力に敏感なんだな。隠し通せないな。

 俺はあきらめて、麻袋の中から神獣の子を外に出した。

「ワフッ」


「えっ!?……」

 エルシアさんは、それを見て一瞬固まったが、やがてアワアワと震えはじめた。


「なな、何ですかこの子オオォ、可愛イイィィ~~!!」

(えっ? そっち? 恐怖で震えたのかと思ったら、感動で震えたんだね)

 

 エルシアさんは目を星のようにキラキラさせて、神獣の子の側に駆け寄った。

「うわあ、可愛いィィ~~、トーマさん、この子どうしたんですか?」


「あ、はい、実は森の中でケガをして倒れてたんで、治療してやったら懐いちゃって」

「ああ本当だ。毛に血がいっぱい付いてますね。でも、傷はないですね。さっそく洗って上げましょう……ええっと、この子、名前は何ですか?」


 あ、名前のことはまったく頭になかった。神獣のシンちゃんでもよさそうだが、やっぱ安直すぎるかな。う~ん……シロ、ユキ、スノウ……。


「ああ、ええっと、〈スノウ〉にしようと思いますが、どうですか?」

「スノウ……スノウ……はい、とってもいいと思います。君は今日からスノウだよ」

「アフッ」

 神獣の子スノウも嬉しそうに尻尾を振りながら返事をした。


「何の騒ぎかしら? あら、トーマ君、帰っていたのね。エルシアったら、早くそうじ……っ!! ヒャアアア~~~ッ」


 いつも穏やか冷静なサーナさんが、変な格好で悲鳴を上げました、ハイ……。



♢♢♢


「ほんとに、心臓に悪いわ……」

「すみません……」


 急遽、店を閉めたサーナさんは、隣の席で楽し気にじゃれ合う娘と神獣の子を見ながらため息を吐いた。


 彼女の話では、スノウは間違いなくエルフの伝説の中に出てくる「世界樹の守護獣」の幼体だろうということだ。何より、スノウからは魔力以外の〈神力〉と呼ぶべきものが溢れているらしい。


「魔力と神力って、どう違うのですか?」

「う~ん、説明が難しいけれど、魔力は世界に満ちている〈魔素〉を操る力、神力は、簡単に言うと〈生命〉を操る力、生命力そのものと言っていいかしら」


「はあ。でも、そんなすごい神獣が、どうしてこんな所にいたのでしょうか?」

 俺は、核心の疑問をサーナさんにぶつけてみた。もちろん明確な答えは期待していなかったのだが……、サーナさんはじっと考え込んでからこう言った。


「それには一つ思い当たることがあるわ。そのことを今から確かめたいから、スノウを連れて裏庭に行くわよ」


 え? どういうこと? よく分からないが、サーナさんの真剣な顔を見ると、素直に従った方がよさそうだ。

 俺たちは、サーナさんの後について行き、裏庭へ出て行った。


「ワフッ、ワフゥ~~ン」

 裏庭に出た途端、スノウがすごい勢いで飛び出し、巨木の根元でさも嬉し気にくるくると回り始めた。そして、次の瞬間、なんと巨木の上の方から黄金色の光の粒が雪のように降り注ぎ始めたのである。


 俺たちはしばしの間、そのあまりに不思議な、あまりに美しい光景に茫然と見惚れた。


「ああ……やはり、そうだったのですね……」

 サーナさんが感極まったような声を漏らした。


「あの、サーナさん、どういうことですか?」


「あの木はね、今から八百四十年近く前に、私の祖父母が植えたものなの……。そうね、少し長くなるけど、いいかしら?」

「はい、聞かせてください」


 にっこり頷いたサーナさんは、遠い昔を思い出すように、優しい表情で語り始めた。


「……祖父母がエルフの里を出て、この地にたどり着いたとき、ここはまだ小さな村だった。わずかな数の人間たちが、荒れた原野を懸命に耕し、わずかな作物を分け合って暮らす貧しい村だったの。でも、そこで暮らす人たちは、とても優しかった。

 祖父母がエルフだと知っても、差別なんかせず、逆に少ない食料を惜しげもなく分け与えてくれたの。祖父母はこの地に骨を埋める決意をして、エルフの里から大切に持ってきたこの木の苗を植えた。そして、村の人たちと一緒に野原を開墾し、慎ましく暮らしたわ……」


 それから何百年の時が流れた。いろいろなことがあった。幾度も戦争があり、魔物が襲来した。村が滅びそうになったことも、一度や二度ではなかった。でも、そのたびに人々は立ち上がり、助け合い、村を再建したという。

 いつしか、小さな苗木は、天を衝くほどの巨木となり、どんな苦難にも屈しない村の象徴となった。


「……祖父は三百八十五歳、祖母は四百六歳で天寿を全うしたの。ずっとこの家に住み、村の歴史と共に生き、そして死んだ……二人には男と女の二人の子供がいたわ。妹の女の子が私の母のラーニアよ。兄のヤーリスは、祖父母が亡くなった六年後に、村を襲った魔物の群れと戦って死んでしまったの。母はその当時、人間である私の父と結婚していたけれど、この家をそのまま放ってはおけなかった。それで、父が実家の農家の仕事を手伝い、母はこの家を宿屋にして、父の妹夫婦と一緒に経営を始めたのよ。

 やがて、この村はアウグスト王国の領地となり、街に発展していった。もう、今ではこの宿とこの木のことを知る人は、ほとんどいなくなった。でも、私はこれからもずっと、祖父母が大切に持ってきたこの木、〈世界樹の子〉を守って、ここで生きていくつもりなの。

 あは、ごめんなさい、思い出話ばかりになったわね。ええっと、何が言いたかったかというと、あの神獣の子のおかげで、やはりこの木が〈世界樹〉の子孫だったということが、確められたということ、そして、あの神獣の子はこの木を守るために、はるばる神域からやって来たのに間違いない、ということなのよ」


「なるほど……何もかも納得です。この木は〈世界樹の子ども〉だったのですね。そしてスノウは、この木を守る守護獣として神域から遣わされた。でも、その途中で空を飛ぶ魔物に襲われて、あそこに倒れていた……そういうことか」


 いやあ、感動したね。この巨木の歴史も感動的だし、神獣との出会いもまさにドラマのようだった。


『マスターのトラブル体質も確定的になりましたね』


(おい、やめろ。フラグが立ちそうで怖い)


『もっとも、村にいた時からそれは明らかでしたが……ライラにアント、オーク、それから……』


(だから、やめろって!)


 俺は嫌な気分を変えるために、目の前の光景に集中した。今、スノウは、サーナさんとエルシアさんの二人掛かりで体を洗ってもらっているところだ。

 神獣と二人のエルフ、いやあ絵になりますなあ……ん? 今、ふと思ったんだが、スノウは神獣スノウピュートーンの幼体なんだよな? ということは、スノウは空を飛べる?


「お、おい、スノウ……」

 俺は、きれいになったスノウのもとへ行って、嬉しそうに尻尾を振っている神獣の子に尋ねた。

「お前って、もしかして空を飛べるのか?」

「ワフッ」


 はい、普通に飛べました。自由自在です。巨木のてっぺんと俺が借りている部屋が、スノウのお気に入りの寝床になりました。


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