第6話 旅立ち
「これを、お前が? 一人でやったのか?」
自警団の団長のクレイグさんが、四体のオークの死体を見下ろしながら尋ねた。
「はい、そうです」
クレイグさんも他の団員たちも、信じられないといった表情だったが、俺の武器である木の棒先の尖った部分がオークの血で汚れているのと、死体の傷口が全部突き傷であるのを見て信じざるを得なかったようだ。
「魔石は採ったのか?」
「あ、はい、これです」
俺は腰の布袋に入れた四個の魔石を取り出して見せた。
「よし、分かった。じゃあ、お前たち、すまないが解体して肉を取ったら、後は燃やしておいてくれ。それが済んだら帰っていいぞ」
クレイグさんは団員にそう命じると、俺の肩を抱いて少し離れた場所に移動した。
「それで……結界石の魔力が切れていたんで、オークが入り込んだ、ということか?」
「はい、そうです」
「その魔力をお前が元通りにした、と……」
確かに、一連の出来事を並べて言われてみると、とうてい十歳の平民の少年ができることではない。クレイグさんが疑ってかかるのも当然だった。
「信じてもらえないかもしれませんが、ウソは言っていません」
「……トーマ、お前がウソを言うような奴ではないことは知っている。だがな、この事態はどう考えてもオーバースペックだ。お前、どんな秘密を隠している?」
さすがにクレイグさんを丸め込むのは無理なようだ。まあ、近いうちにこの村を出て行く身だ。少しだけ俺の秘密を明かしても害はないだろう。
俺はそう判断して、クレイグさんを見上げた。
「クレイグさん、これから話すことは秘密にしてもらえますか?」
「やっぱり何かあるんだな……分かった。神に誓って約束する」
「ああ、それほど大げさな事じゃないんで、気楽に聞いてください」
俺はそう前置きした後、ナビやスキルのことは伏せて、鑑定ができること、普通の人よりレベル上昇に伴うステータスの上昇率が少しだけ大きいこと、の二つを明かした。
「……ふむ、なるほどな。つまり、鑑定スキルでオークのステータスが見えた。そしたら、自分のステータスより低かったので、倒せると判断したわけか?」
「はい、そうです」
「よし、オークの件は理解した。じゃあ結界石の件は、どうやってできたんだ?」
「ああ、それはですね……僕は少しだけ魔力を感じることができるんです。それで、結界石を触ったら、魔法陣の魔力を感じまして、それが弱々しかったので自分の魔力を流してみたら、あらま、不思議、魔力が流れ込んだというわけでして……偶然ですね」
クレイグさんは眉間を抑えて、ため息を吐いた。
「……あのなあ……はあ……まあ、いいだろう。結界については早急に魔法使いを雇って調べてもらうことにする」
結局、魔法使いを雇うんだったら、余計な事しない方が良かったな。
『そんなことはありませんよ、マスター。魔法使いが来るまでの何日間かに、もし魔物が入り込んだら、被害が出るかもしれませんから』
(ああ、まあ、そうだな……てか、お前、心まで読めるのかよ)
『何年の付き合いだと思っているのですか? マスターのお考えは手に取るように分かりますよ』
(お、おう……だが、それって微妙に嫌なんだが……)
『……ところで、これからどうしますか?』
(話を変えやがったな)
「オークの処理が終わったようだな。よし、では帰るぞ」
俺はクレイグさんの言葉に頷いて、村への帰途に就いた。道すがら、クレイグさんから根掘り葉掘り、俺の他の能力について探りを入れられたが、何とかあいまいにごまかした。
家に帰り着いたのは、昼過ぎだった。家族は畑の傍らで一緒に昼食のパンと干し肉を食べている頃だろう。
俺は、たいてい倉庫に置いてあるジャガイモをふかして干し肉と一緒に食べるか、たまに村の雑貨屋で魔石を売り、パンと肉の串焼きを買って食べるかだった。
その日の夜、夕食後に俺は、家族を前に「話がある」と言って食卓に残ってもらった。
「父さん、母さん、《はずれギフト》の俺を今まで育ててくれて、ありがとう……」
「「っ!」」
「な、何だ、急に……」
「そうよ、当たり前のことじゃない。ギフトなんて関係ない、あなたは、私たちの大切な子供なんだから」
俺は深く頭を下げて、感謝の気持ちを表すと、続けて言った。
「ありがとう、とてもうれしいよ……でも、いつまでも甘えるわけにはいかない。本当なら、《はずれギフト》と分かった時点で、奴隷商に売られていてもおかしくなかった……」
両親は慌てて否定しようとしたが、俺はそれは押しとどめて続けた。
「分かっているよ……父さんと母さんの愛情は、十分に。でも、さっきも言ったように、いつまでも皆に甘えていることは、俺が心苦しいんだ。だから、俺は家を出て一人で生きていこうと思う。もうずっと前からそう決めて、準備もしてきたんだ……」
「ちょっと待て、トーマ……」
いつになく強い口調で、横から俺をさえぎったのは、兄のリュートだった。
「僕は、トーマと一緒に父さんたちを支えていくつもりだった。トーマが食べていく分くらい、僕が頑張るから、出て行くなんてこと言うなよっ」
「兄さん……」
俺は立ち上がって、兄さんの所へ行きその肩をしっかりと抱きしめた。兄はいつでも優しくて、良い奴だ。
普通なら、邪魔者が出て行くのだから、表面上はともかく、心の中ではほくそ笑んでいてもおかしくない。しかし、俺の兄貴は本心で俺を引き止めていることが分かる。本当に、俺にはもったいないくらいの兄だ。
「ありがとう、兄さん……でも、もうすぐ兄さんは成人する。そしたら、嫁さんももらうだろう。子供も生まれる。(兄さんが何度も反論しようとするが、俺は続けた)ミーナはまだ嫁に行くまでは十年近くある。な、分かるだろう? 俺のことなら心配いらない……」
俺はそう言うと、家族を見回しながら、今まで秘密にしていたことと、現在の俺のステータスを打ち明けたのだった。
家族は驚きのあまり、しばらくは口がきけなくなっていた。
(妹は、事態が呑み込めていない様子でぽかんとしていたが……)
俺の話に両親と兄は半信半疑だったので、俺は鑑定のスキルで、一人一人のスキルとステータス、そして、ナビにこっそり教えてもらって、それぞれが秘密にしていることを(害がない程度で)ばらした。
「い、いや、待て、マリア、あれは酔った勢いでつい、な……痛ええっ!」
父さんが以前、酒場で友人たちと酒を飲んだ勢いで、ウェイトレスのマーサさんのお尻を触ったことをばらされて、母さんから思い切り腕をつねられた。
「なっ、ちょ、ちょっとやめてよ、トーマ……」
母さんがこっそりへそくりして、行商人から肌が若返るというクリームを買って毎日すり込んでいたが、まったく効果が無くてがっかりしていたことをばらされ、男たちから生温かい視線を浴びて身もだえた。
「ぼ、僕はいいよ、何も隠していることなんてないし……」
「うん、そうだね。兄さんが見習いシスターのフィーネに会いたくて、夕方毎日のように教会にお祈りに行くことは、黙っているよ」
「うわああっ、な、なんでそんなこと知ってるんだああ!」
「これで、信じてくれた?」
両親と兄さんは、魂が抜けたような表情で頷いた。
「お兄ちゃん、あたしは?」
妹のミーナが、自分だけ仲間外れにされたのを不満そうに頬を膨らませて言った。
「……ああ、ええっと、ミーナは……」
『ミーナさんは、マスターのことが大好きです。将来はお嫁さんになりたいと思ってます』
(っ!……いきなりぶっこんできたな。そんな事、カミングアウトできるかっ!)
「ええっと……おっ、面白いスキルを獲得してるぞ。これ、何だろう? 〈射幸運〉? 読んで字の如くだと、幸福を射止める運だけど……〈運〉てスキルなのか?」
「??……運? それ、どんなもの?」
「ああ、そうだな……何か良いことが思いがけずやって来る、っていう、とても良いスキルだぞ」
「わあい、やったあ!」
喜ぶ妹の頭を優しく撫でてやる。実は、この妹、《治癒師》という貴重なギフトを授かっており、確かに生まれつき〈強運〉の持ち主だった。今は、週に二回、村で唯一の治癒師であるゴゼット婆さんの診療所に、見習い助手として通っている。
結局、家族は、独り立ちするという俺の決意を認めてくれた。ただし、条件として、生活に困ったらすぐに家に帰って来ること、を約束させられた。
こうして、俺はそれから五日後、十一歳の誕生日の二か月前に故郷の村を後にして、新たな人生に旅立ったのであった。
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