VTuberの裏方仕事

べちてん

第1話

「私、これやりたい!」


 私の人生の分岐点はどこだろう。

 そう問われれば真っ先に脳内に浮かんでくるのがこの親友の言葉だ。

 数年前、世間を騒がせたVTuberの登場。そのVTuberという新たなジャンルは、すぐに廃れるかと思われた。

 だが、それは違った。

 後に続くように、続々と様々な人がVTuberとしてデビューし始めたのだ。


 そして、その中に私の親友がいた。


 私はその人気VTuber、“桜木さくらぎつぼみ”の裏方だ。






「はー、やってらんねぇ!」


 ビールを飲みながら貯まった書類を片付けていく。

 これが私、浅海あさなみしお、21歳。高校卒業してからは就職をせず、フリーターをしながらVTuber、桜木つぼみの裏方としてサポートしている。


 桜木つぼみは私の親友である花咲はなさき香織かおりが命を吹き込むVTuberで、ピンク色の髪に、桜の髪飾り。服は黄緑とピンク。

 桜をイメージしたキャラクターだ。


「荒れてるねぇ~」

「いやいや、忙しすぎるんだって!」

「……うん。頑張って」

「頑張ってって!」


 そして今来たこの絶世の美女、香織の実力もあり、桜木つぼみはぐんぐんと登録者を伸ばしていった。

 今では界隈で名の知れたVTuberの1人だ。


 デビューから1年ほどが経ち、私たちは新規プロジェクトとして、VTuberの事務所を立ち上げることにした。

 実際、私たちがVTuberとして活動を始めるとき、あまりの大変さに鬱になるかと思った。それほど準備は大変なのだ。

 そして始めた活動でも、伸びるかどうかは分からない。

 香織は自分で絵が描けて、モデリングや諸々が出来たからお金はなんとかなった。だが、そういった準備に必要なものが出来ない人は、外部に委託する必要がある。

 20万は飛ぶ。

 加えて設備なんかも揃えていけばあら大変。

 下手したら100万掛かるかもしれない。

 それでようやく始めたものの、収益化に行かずに止めていく。

 そんな厳しい世界。


 しかし、私たちはそんな世界が大好きだ。

 いろいろな人が入ってきて、いろいろな人の笑顔で満ちあふれる世界にしたい。そう願っている。

 だから、誰でも簡単にVTuberになれるように。そう思って事務所を立ち上げることにしたのだ。


「じゃあ、私は配信をしてくるね」

「おう。今日は?」

「歌配信だよ。うるさかったらごめん」

「いいよ。頑張って稼いでこい」


 そうない筋肉で力こぶを作ると、「うっす!」と笑顔で言って力こぶを返してきた。


 私と香織は一緒の家に住んでいる。

 香織は真面目で清楚な大学生と言った感じの見た目をしていて、性格も真面目。

 容姿端麗で勉強が出来る努力家。


 対して私はちんちくりんで勉強容姿ともにダメ。

 よくかわいいとか言われて高校生とか中学生に間違われるけれど、私が求めているのはそうではない。

 もっときれいで美しく。そして何より清楚になりたい!

 そう思っては居るものの、机の上に散乱した、買うときに身分証明書の提示を求められるのが嫌で、いつも香織に買ってきて貰っている酒の缶を見れば分かる通り、清楚なんてものからはかけ離れている。

 彼女は凄い。身分証明書は提示しないし、きれいで美しい。

 私の理想そのものだ。




『みんな~、今日も来てくれてありがとう! 桜木つぼみだよ~!』


コメント

:こんさくら~

:こんさくら~

:¥5000 こんさくら~

:こんこん

:こんさくら~

:¥12000 歌楽しみ!


 3つあるモニターの1つを使って彼女の配信を見る。

 私は裏方。彼女の配信のコメントの管理やタイトル、サムネなどを作ったりするのも立派な仕事だ。

 実際、今日のサムネイルは私が作った。

 彼女が楽しく、自由に配信できるようにするのが私の仕事。






 私たちの活動場所はインターネットだ。

 言ってしまえば、インターネットさえつながっていればどこでも仕事が出来る。

 東京に住む意味なんてない。


 今住んでいるのはドがいくつついても足りない田舎。

 電車は3時間に1本、一両編成のものが来るだけ。最寄りのコンビニまでは車で30分離れていて、よくそこのドでかい駐車場でトラックの運ちゃんが仮眠を取っていたりする。

 朝、鶏の鳴き声で目が覚め、野菜は近所の高齢夫妻がやっている直売所で買う。

 そのほかはほとんどネットスーパーにふるさと納税。

 お隣さんまで徒歩1分半で、この大きな古めの一軒家は家賃月2万円。

 いくら叫んでも怒られない。だって怒る人が居ないから。

 案外VTuberは田舎生活が合っているかもしれない。


 だが、そんな生活ももうおしまい。


「あ~あ、私結構ここでの生活好きだったのに」

「しょうがないよ。これからは東京だ」

「怖いなぁ……」

「大丈夫だよ。どうせ香織ならすぐ慣れるさ」

「ええ? 汐ちゃんの方が慣れそう。陽って感じだし」

「……このクマを見ても同じことを言えるか?」

「それは……まぁ、もう終わりでしょ?」

「そうだけど、案外ここからの方が忙しいかもよ?」

「別に良いよ。忙しくなるのは私じゃないからね」

「……お前ミンチにしてやろうか」

「ひー、怖い怖い!」


「もう、早く行くぞ」

「そうね」


 そうして私たちはしばらく過ごしたこの家を離れた。






「はぁ……はぁ……、ちょっと! 香織があんなこと……、茶番とか、ッするから!」

「それは、汐ちゃんのせいでも、はぁ……、あるんじゃ、ないかな?」


 電車が出るまであと10分。

 駅までは歩いて30分。もう間に合わないかもしれない。

 ひたすらに猛ダッシュ。大きな荷物は引っ越し業者に渡していたから良かったけど、それでも引っ越しの荷物をたくさん持っている。

 そして普段の私たちは家からほぼ出ない引きこもり。当然ずっと走っていられる訳もなく……。




「あ~! ちょっと待って!!」


 ゆっくりと出発する電車に向かい、叫ぶ香織。

 泣き崩れる私。


 3時間の待機が決定した。


「「田舎、不便すぎる!!」」


「もう、新幹線の時間変えないと」

「でもよかったね。今は全部ネットで出来るから、時間変更も簡単だ!」

「簡単だ! じゃないんだよ! だから早く起きろとあれほど!」

「違うの! 昨日遅くまで配信してたから! 配信のせい!」

「……もう」


 配信を出されると何も言い返せないじゃん……。


「もう、次からはできるだけ早く起きてね」

「起こして?」

「は?」

「起こしてよ! マネージャーでしょ!」

「うるせぇ! ブチ殺すぞ!」

「じょ、冗談だよ~、あはは~」






「と、東京人多すぎる……」


 そしてついた東京駅、まさかの人混み。


「てか11両編成って何!? 10両多くない!?」

「えっと、どれ乗れば良いんだ?」


 人も歩けば人にぶつかる。

 そのたびに謝罪謝罪で、大変だ。

 人に頭を下げたくないから就職しなかったのに、東京来ただけでこんなに頭下げるとか、どんだけ~……。


「はぁ、ついた……」


 そうしてようやくついた事務所兼自宅は、少しボロ目の5階建てマンション? アパート? ……5階建て建物。

 東京の物件は高い。でもちょっと奮発しちゃった。

 家も兼ねてるから、実質事務所代無料みたいな所あるし。

 ……本当は香織の実家にお金を出してもらった。


「ふう、こっちの方は落ち着いてるね」

「まあ、一応23区だけど、ほぼ埼玉だから」

「それ、ここら辺に住んでる人に怒られるよ?」

「……それはそれとして、早く入ろう」

「そうだね。やっとだね」

「ああ、長かった」


 数日後には他の社員さんがやってくる。

 実は事務所を作るとは言ったものの、別に2人で作るわけじゃない。

 香織はそこそこのお嬢様で、親の会社の傘下の会社にIT関係に強い会社があった。

 その会社がまるまる変わり、そこに私たちが加わってVTuberの事務所になるのだ。

 そして私はそこでスタッフとして、香織は所属VTuberとして活動していくことになる。

 私は裏方が向いている。それは書類や運営と言った裏方ではない。あくまでVTuberの裏方だ。

 香織は、私たちの事務所『SunLive.サンライブドット』の1期生。そして、しばらく後からは本格的に2期生の採用が始まる。

 そんな感じで、既に予定結構詰まってるから人が来る前にできるだけ事務所を片付けたい。

 なんなら香織はもう明日の昼から配信の枠を取ってあるらしい。大忙しだよ。


「……ん? 明日の昼から配信?」

「え? そうだけど」

「あの、引っ越しの荷物届くの、明後日なんですが……」

「あ……」





――――――――――――

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