最終話 結婚式

「わが親友の魔道騎士シエルと聖女リーチェリアの結婚式を執り行う。」


礼服を着た王子が、広間にいる全員を見渡しながら隅々にまで届くよく響く声で宣言した。シエルは王子が用意した空色の大輪のバラの花束を手に持たされてる。


(結婚式って、ローラン王子とノワール様のではなく、私とシエルの結婚式だったの!?)


「てめぇはキザなんだよ。」

シエルが光に照らされ煌めく藍の髪をクシャッとかき上げると、シャリリーンッと耳元の飾りが片耳だけ揺れた。白い肌に、うっすら赤く染まった頬が目立つ。


「失恋したんだ。こんな時ぐらい格好つけたっていいだろ?」


(失恋??? 婚約破棄されたのは私の方なのに。これも王子の優しさなのかしら???)


「なっ、失・・・!?」

シエルもグリンッと王子の方に顔を向け、呆気に取られた顔をしている。



「ふふっ、リーチェ。こちらへおいで。」

とその時、王子に従者が何事かを耳打ちした。王子は大きく頷き、広間にいる客に対し「たった今、インファントムが亡くなった。ご覧の通り瘴気は発生していない。」と宣言し、目を向けた先には檻の中のインファントム。


この場にいる全員が目撃者となった。


「弔いを。」と言う王子の言葉に、騎士たちがインファントムを部屋の外へと連れ出した。花々が咲き乱れるビオーチェの丘に埋められるのだろう。私も心の中で弔いを送る。



「今後、聖女の仕事の一環として、リーチェが花魔法を使い花蜜を作ることを私が正式に認めよう。」



思いがけない言葉に、ローラン王子の顔を凝視してしまう。これまで花蜜を作ってきたことで『残念令嬢』と呼ばれてきた。


(これからは大好きなスイーツを堂々と作ることができるっ!)


嬉しさに弾む胸を抑えるように両手を胸に当て、上品な笑顔を端正な顔に浮かべる王子の前へと進み出る。暖かい拍手が会場を包んだ。私は衣装の裾をつまんで王子に一礼し、その隣にいるシエルに向き合った。つい先ほどまでモーヴェ子爵が倒れてる側でシエルも胸を押さえゼェゼェと苦しそうだったのに、今はおくびにも出さない。



(久しぶりに花魔法で痛みを和らげたら照れた顔をしていた。)



シエルが私の前で騎士の礼をとり跪くと、その手に差し出したのは視界が埋まるほどの空色のバラの花束。


「リーチェ、オレ泣き虫は直ったと思う。」


「へ?」

ロマンチックな状況で変なことを言い出すシエルが可笑しくて笑ってしまう。


「忘れた?」

シエルの長いまつ毛が色めくように揺れ、朱の差した唇が弛んだ。


色気こそ増しても私をまっすぐ見つめる視線はずっと変わらない。小さい時『結婚してくれる?』というシエルに、『泣き虫が直ったら考えてもいいかなー!」なんて言ってたっけ。


(そんな子どもの頃の口約束、覚えていてくれたなんて。)


私は自分の頬が弛むのを自覚しながら、変わらない眼差しを受け止めた。


「私はシエルが泣き虫のままでもいいよ。」


「それはどういう?」

予期しない答えだったのかシエルの顔が一瞬ポカンッとする。私は泣き虫のシエルも泣き虫じゃないシエルも全部好きだよ。


「だって私がシエルのプロポーズ受け入れたら、どうせシエルは感激して泣くでしょ?」

空色のバラの花束を手に受け取り、ふふふっと笑いかけた。


「きゃあぁああ!!」

アーモンド型の目を大きく見開いたかと思うと、シエルがすぐに感激した様子で立ち上がり私をお姫様抱っこをする。周りで何か皆が言ってたけど、耳に入らなかった。だってあまりにも強くシエルが抱きしめてきたから。



ふっと私を抱きしめる力が緩んだ時、見上げるとそこには潤んだ透き通るような瞳。

「ああ、そうだな、泣いちまう。」



どこからともなく『誓いのキスを』という言葉が上がった。



えっ? えっ? とキスをしたこともなく焦る私に、ゆっくりとシエルが顔を近づけてくる。甘く優しい声で「永遠の愛を君に。」とささやくと、濡れた赤い唇が私の唇に触れた。


熱く柔らかい唇の感触に頭がクラクラし、ふにゃりと力が抜けてしまう。私の腰を支える手からも熱が伝わり体の全てをシエルに包まれていると、どうしても鍛えた体の逞しさにドキドキしてしまう。



「んっ・・・。」

シエル、と呼びかける言葉がまるで自分の声じゃないみたいな響きとなって出てしまった。すると大きな手が腰をグッと引き寄せ胸と胸がさらに密着した。


誰かが内側から叩いてるんじゃないかと思うぐらいバクバクと胸が鳴り止まない。体が溶けたかのようにクタリとなってしまったのは唇から伝わる熱さのせい?




「兄様、ここぞとばかり長すぎます。リーチェリアが保ちませんからっ!」


(恥ずかしいっ!皆に見られていたのだわっ!)


テオの声に、降りようと手でシエルの体を押してもビクともしない。唇が離され「待っ待って!」と涙目でシエルを睨むと、艶のある眼差しでまたギュッと強く抱きしめてくる。


「そうだよ、シエル、少しはリーチェの体力も考えてあげなくちゃ。騎士の君に付き合わせてたらリーチェが可哀想だよ。」


(きゃあぁあっ、ローラン王子にまで見られていたのだわっ!)



タイミングを見計らったように広間に音楽が流れ、色とりどりの花が降りそそいだ。暖かな歓声の中、シエルはもう一度私に深い口付けを落とした。人々の笑い声に混じり、テオやローラン王子の祝いの言葉が聞こえてくる。




(あまりの幸せにきっと私も泣いてしまう。)


もうすでに涙ぐんでる私は、腕を伸ばしそっとシエルを抱き返した。



ーーーーーー本編完ーーーーー

      (エピローグへ続)

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