50 断罪

「リーチェ・ブランカ・ローズ、顔を上げよ。」


私は玉座から立ち上がってリーチェの前へ行くと、聖女の証である金と翡翠のネックレスを彼女の首にかけた。薄紫の魅惑的な眼差しが、まっすぐと私を見つめる。


予測のつかない愛らしさと凛とした美しさを持った女性。初めて会った頃からちっとも変わらない。自分の心にいつも正直な君には、この王室の暮らしはさぞ窮屈だったろう。

(婚約破棄も、君をこんな危険な世界に巻き込みたくはなかったと言ったら信じてくれるかい?)


「ローラン王子~、どういうことッ~!!」

隣でノワールが、自らの首にかかっている金と翡翠のネックレスを指し示す。


「どういうことですか?」

モーヴェ子爵も立ち上がり、口調に刺々しさを滲ませ苛立ちを隠さない。


「すまぬな。それは偽物だ。」

模造品のガラクタだ。ただ同然の値段でもはたして売れるかどうか。価値もわからぬ者にはそれがお似合いだろう。



客たちの間にどよめきが起こった。

「あの舞手はリーチェリア様だったのか??」

「リーチェリア様が聖女???」

「ノワール様が聖女じゃないの?」




「ローラン王子、これは私たちに対する裏切りですよ。」

モーヴェ子爵は、私を脅してるつもりか?


「最初に裏切ったのはどちらだ?」


指をパチンッと鳴らすと、奥から檻に入れたインファントムが騎士たちにより運ばれてくる。


客の誰もが息をのんでその光景を見つめている。手足がピクピクと痙攣し、真っ白な毛は刈り取られて肌が剥き出しになり、目は白目を剥き瀕死の重体だった。


「最近、密猟により犠牲になる個体が増えている。このインファントムは手当を施したが間に合わず、おそらく今日明日の命だろう。」


希少獣とは言え、魔獣であることに変わりはない。このままここで死んでしまったら瘴気が発生するだろう。


私が側で控える従者に目をやると、その男は恭しく用意してあった箱から小瓶を取り出した。


従者は瓶の蓋を開け、中からトロリッとハチミツのような液体をインファントムの口の上から垂らし始める。



「これは聖女リーチェリアが花魔法で作った花蜜だ。瘴気を発生させない魔力があるはずだ。」

私は皆に聞こえるよう声に威厳を持たせ、ゆっくりと会場を見渡す。



「ローラン王子、そんなバカげた実験は我々を蔑ろにする行為ですな。」

モーヴェ子爵は内心マズイと思ってるのだろう。先ほどより声を荒げ、隠してる怒りが表に出てるのではないか?


「私が聖女だよ~!」


ノワールのお気楽な言葉に思わず鼻で笑ってしまう。

「死なないのが一番だが、どうなるかまあ、見てみよう。」


インファントムの舌に花蜜が絡みつき、ピチャピチャと舐める音がする。


「さて、ただ待つのも芸がない。わがミラリア国で密猟は重罪なのは皆も知っての通りだ。モーヴェ子爵、そしてミラリア、あなたたち2人を捕らえさせてもらおう。」


待機していた騎士たちが、剣を構え2人の周りを取り囲んだ。


「気でも触れましたか? いったい何の証拠が?」

これまでだったら、捕まえられなかったかもしれない。けれど、ノワールを聖女だと偽り城の中へ引き入れたことで、やっと勝機が見えたよ。


「証拠はありませんでした、今まではね。城中に監視の目が仕掛けられていて調査も大っぴらにできませんでしたし。」


「そうよー。罪もない人を捕まえたら、クーデターが起こってもおかしくないんだから。」

ノワールのクーデターという言葉に、モーヴェ子爵がギクッと肩を動かした。


(いずれそこまで計画してたということか・・・。)


「ノワール、君は買い物するたびに不用品をモーヴェ家の屋敷に戻しているね。」


「それがどーしたのよ?」


「今回の式典でも君宛の贈り物の空箱の中にこんなものが入っていたのだが。」


黒くて小さな丸薬のようなものを取り出し皆の前へ見せた。

「希少獣は、ノワールが作った魔毒によって殺されていたとここで私は証言しよう。」


目前の酷い状態のインファントムは、魔毒によりすぐにも死にそうだ。あまりの残酷さに両手で顔を覆う者もいた。


「誰かに嵌められたに違いありませんな。」


モーヴェ子爵の言葉に、ノワールも大きく頷く。

「ローラン王子~、私は何もしてないよ~。」


(まだこの時になってもシラを切るか?)


「あなたたちが仕掛けた監視の魔道具、これがアダになりましたね。証拠はコレです。」



従者からガラスの玉を受け取った私が、封印を解く魔力を与え粉々に割ると、広間の壁に鮮明な映像が映し出された。





宝石に囲まれたノワールが真っ赤な口を引き攣らせ、熱心に魔力で作った黒くて丸い薬のようなものを箱に詰めてる姿。


『あれが魔毒か?』

『おい、映像が切り替わったぞ!』


客たちが見つめる映像の中で、モーヴェ家の私兵が、箱の丸薬を使い希少獣への罠を仕掛ける姿。


『あれは、すぐそこの城内の庭園じゃないか?』

『城の庭で密猟!?』


騒ぎながら映像を見つめる客たちの前にまた新たなシーンが現れた。


城に来たモーヴェ子爵の前で、私兵たちが捕らえたインファントムの毛を剥ぎ奪う姿。


『なんとむごいっ!』

『これは許されない!』


(だから城の周辺で瘴気が増えていたんだね。)



「これで言い逃れはできないだろう? 長かったよ、ここまで証拠を集めるのにさ。」


怒りに震えるモーヴェ子爵に冷たい声で言い放つ。


片手を上げ「捕えよ。」と言うと、騎士たちはすぐさまモーヴェ子爵とノワールに鉄の錠を手足に嵌め、さらに剣で体の動きを封じた。



「やーん、離してよー、私は何も知らないんだってばー。」


「チッ、オイッ!」


モーヴェ子爵が周りを見渡し呼びかけるが、誰も反応しない。当たり前だ。

「無駄だよ。子爵家の私兵は全て捕らえた後だから。」


モーヴェ子爵はギロリと血走った目を剥き出しにし、歯茎をだしたニヘラニヘラとした笑みを私に向けた。余程強く唇を噛んだのか、真っ赤な血が口から流れ、白いシャツの襟元が血に染まる。


「俺1人ならここから逃げるくらい、容易いんだよぉオ!」


カララッン


剣が落ちる音。言い終わりもせぬうちに、モーヴェ子爵の周りを取り囲んでいた騎士たちの鎧の下から、血が流れでた。


「ギャッ!」

「グガァアッ!」


モーヴェ子爵のまたの名は、”怪物”。彼が治める領地では、えげつない残虐非道なやり方で領民や私兵が時々なぶり殺されている。もちろん犯人は未だかつて捕まったことはない。いつしかそんな領地を収める領主の名は怪物と呼ばれ恐れられるようになった。


(そろそろ落とし前をつけさせてもらおう。)



「シエル、こちらへ。」

信頼する親友の名を呼ぶ。シエルがフードを脱ぎ捨て下に隠し持っていた剣を手に立ち上がると、広間にどよめきがおこる。特に令嬢たちからの熱視線が凄まじい。この色男は、その深い碧色の髪に銀の魔力を纏わせながら、目の前で跪いた。



「頼めるか?」



「仰せのままにいたしましょう。」

すでに周りで闘いは起きてると言うのに、紫水晶の瞳を隠すように長いまつ毛を伏せ涼しい顔で言ってのける。だが、その鍛えられた体から発せられる殺気は尋常ではない。





「わが魔道騎士が、怪物よ、邪悪なお前の相手をしよう。」

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