第三章 罠

22 覚悟

「いやっ、やめてっ、シエルッ!」


藍で染めた魔道騎士の服を着た長身の影が迫ってきた。氷のような冷たい瞳、人間離れした美しさゆえにそこには恐ろしさだけがあった。


(どうして鋭い刃を私に向けているの?)


「ごめん、リーチェ。」

無表情な顔で淡々とひどい言葉を吐く。怖いっ!嫌ッ! 信じてたのにっ!


「ごめんって何よ!どうしてッ!」

目から涙が溢れ、震えが止まらない。歯がガクガクと鳴り、体の芯からヒヤリッとした感覚が伝わってくる。


「オレだって、できればこんなことしたくはなかった。仕方ねぇんだ。」

そして死んだような目で、ナイフを突き刺した。


「助けてッ、いゃああああぁあああああああああああああああああ!!!」


手には、大量の血がベッタリとついている。

(私はシエルに殺された? これでゲームオーバーなの・・・。)



苦しい、、、息がっ、、、





「ハァッハァッハァッ・・・。」


遠くから、鳥の声がする。場違いなほど、のどかだ。だんだんと鳥の声がハッキリと耳にとびこんできた。


ん・・・?




突如、パチッと、目が覚めた。



(私、うなされてたんだわ。)

今のはゲームの話? これから起こること??

それとも、ただの夢?


ベッドから起き上がり鏡を見ると、不安気に揺れるちょっとつり上がったマゼンタの瞳。乱れた髪が首元に張り付き、まるで必死に何かから逃げた跡のような見た目だ。


昨日シエルの屋敷でスパルナに襲われたから、まだその恐怖が残ってるのかもしれない。


(ひどい顔。)


今日は、ローラン王子と聖女ノワール様とのパーティに招待されたのに。


「どうして元婚約者の私を、わざわざ招待するのかしら。あ~~、行きたくない。」


もうすぐ支度のために侍女のマリアが来る。その前にスイーツを作って心を落ち着けたいわ。


私は薄紫色のネグリジェを着たまま、シエルがくれた空色のバラを手に取った。


花に罪はないもの。それに、このままだと枯れてしまう。枯れる前にスイーツに使わせてもらおう。


廊下を歩いてる間、今朝の夢についてどうしても考えてしまう。夢にしては生々しすぎた。でもゲームの話か確信が持てない。


今の現実では、シエルの両親だけでなく、なぜかシエルも私との結婚に乗り気みたいだ。結婚の撤回が仮にできなかったとしても、シエルを警戒するしかない・・・?



屋敷の1階奥の調理場に入ると、すぐに目についたのは、台の上に置いてあったバゲット。


(今日はこれを使わせてもらおう。まずは花蜜ね。)


木のボウルに空色のバラを入れ、すでに習慣になっている動作で手をかざす。虹のような光に包まれ、光の動きが止んだ時、ネットリとした黄金色のハチミツのような見た目になった。


バゲットを袋からだし、厚めにスライスした。そしてミルクとチョコレートを弱火で鍋で温め、焦がさないように溶かしていく。


(ん~っ!いい匂いっ!)


ホカホカのホットチョコレートができたら、そこにラム酒と “花蜜” を数滴たらし、スライスしたバゲットを浸した。


このままでも美味しそう~!!



行儀が悪いと思いつつ、指で一匙すくいペロッと舐めてみる。ほどよい甘さで、香りも食欲をそそる。グ~ッとお腹が鳴り、誰もいないのに思わずキョロキョロしてしまう。


魔道具のヒートボックスで、浸したバゲットを焼くと完成だ。こんがり焼けたチョコラスクを1枚口に含むと、パリッと音がした。



(はぁ~~美味しい~。)

あんな夢を見た後なのに、幸せが染み渡る。花蜜のチョコラスクを食べたことで、内側から底知れぬエネルギーが湧いてくるようだった。




私は、サクッサクッとかじるたびに音がするチョコラスクを、5枚ほどペロリッと平らげた。ようやく、いつもの私に戻ったわ。


先ほどまでアレコレ考えていたことが、霧散していく。ウジウジするのは性に合わないのよっ!何らかの事情で、もし本当にシエルが私を殺そうとするなら、私は態度を決めなければいけない。シエルと闘えば負けるのは分かりきってる。それでも・・・












ーーー決めたっ!! 私は、堂々と受けて立つっ!!

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