19 誘惑

「今さら・・・? あれだけこの格好で大暴れしといて。」

テオが呆れた様子で、リーチェのズタボロになったドレスを見る。口調は辛辣だが、テオの白桃みてぇな頬がうっすらと色づいてる。


『見、見ないでっ!あと、シエルもさっさと服を着て!』


リーチェがむき出しになっていた自分の太ももを隠すように、ドレスの裾を引っ張った。そして顔を赤くして、オレに向かって無茶を言う。


「いつもオレの裸、ガン見しても顔色一つ変えないくせに???」

別にオレの裸なんて見慣れてンだろ?


そう言うと、リーチェはこれまで見たこともないような困惑した表情で、眉を下げ赤くなる。




『だって、、、、見るのと、、その・・・触れてるのは違うじゃないの・・・。』


そう言って俯くと、銀色の前髪が長いまつ毛にパサッとかかり、赤くてぽってりとした唇だけがやけに目につく。ついさっきまで、オレの腹筋に、リーチェのもっちりとした太ももが吸い付くようにピタッと密着していたのを思い出しちまった。




(~~~っーーーーオレの理性試されてンのか?)





『ねぇ、シエル。』


ガバッとリーチェが顔を起こして、下から覗き込むようにオレの目を見た。


「何だ?」

まさか、どこか酷い怪我をしてしまったとか???


お腹をさすりながらペロッと舌を出して、『私、お腹空いちゃった。』といたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「あ?」


『だって、途中でスパルナが来て、ゆっくり食べられなかったじゃない?』


今ここでそれかよ??? ってか、よくこの状況でお腹空くな???



オレたちのやり取りを眺めてたテオが、クシャッと笑顔になって、クリクリとした焦茶色の瞳を細めた。


「ふはっ! 兄様の結婚相手なら、やっぱりあんたぐらいの度胸がないとね!!」


『へっ?私何か変なこと言った???』


「何より食い気が大事なんだっつーのだけは、よく分かった。」

こんな軽口を叩けるのも、無事だったからだ。

リーチェを失ったらと思うと、生きた心地がしなかった。


テオが、「まずは体を休めなよ。」とリーチェに同意を促すように小首を傾げた。リーチェはテオの頬を撫でながら、「ありがとう。」と笑ってる。


「落ち着いたら、後でいくらでも甘いもの持ってってあげるから。」

床にぶちまけられたグシャグシャのゼリーを見ているテオは、シュンッとした様子で残念そうだ。


「とりあえず今は、ベッドに連れてくから、大人しくオレに抱かれてろ。」


『ちょっとー! 私だからいいけど、ベッドだとか、抱かれてろだとか、そんな言葉、女の子に軽々しく言わないの!』

オレの頬を軽くつねり、キッと上目遣いにマゼンタの瞳でオレを睨む。


(そんな顔すると、ますます男を煽ってるっつーのが、分かってねーんだよな。)


「他の女になんて口が裂けても言わねぇし。」

ポソリと呟く。とりあえず、早く休ませなきゃ。オレはリーチェを抱えたまま、廊下に出た。


「兄様! 不埒なことをしてはダメですよ!」


後ろからテオの焦った声が追いかけてきたが、そんなこと出来るぐれぇなら、とっくの昔にやってたンだが。



2階に向かう階段をリーチェを抱き抱えたまま、慎重に昇る。足についたすり傷が痛々しい。


「なんであんな無茶を?」


キョトンとして、何でそんな事を聞くんだという顔をしている。


『なんでって、私に出来ることがあったからに決まってるじゃない。』


「無謀すぎる。」


『やってみなくちゃ分からないでしょ?』


それはそうだが、、、。

「無理して欲しくねぇ。」


『何が何でも、やらなくちゃいけない時ってあるんだから。』


言ってることは正論だ。でも、、、。

「こんな身体で。」


『えっ?』


(こんなどこ触ってもふにふにした柔らけぇ身体で、闘うなんて無茶だ。今だって、こうして抱き抱えてるだけなのに、、)


「壊しちまいそうだ。」


『何言ってるのよ。もっと乱暴に扱ってもいいのよ。』


その言葉がどれだけ男を煽ってるかなんて、意味を分かって言って・・・ないよな、ぜってぇ。


「そんな事言って、後で後悔しても遅ぇからな。」


『何よ、私こう見えても結構鍛えてるんだから!さすがに、シエルの馬鹿力には敵わないけどね。』


「そう言うことじゃねぇんだが。」

やっぱ分かってねーじゃねぇか。


『何よ、いちいちさっきから、何か話が噛み合わないわ。』


「そこは分かるんだな。」


『は?』


本気で首を捻ってるが、鈍いっつーか、多分オレとの恋愛なんて微塵も考えてないからなんだろうな。


「ハァ~、何でもない。ほら、もうすぐだ。」


2階にあるオレの部屋が見えてきた。リーチェを休ませたら、何か食べ物でも後で持ってきてやっか。


『ねぇ、シエル、私眠くなっちゃった。』


だから今ベッドに連れていくから待っ・・・!?


いきなり両腕をオレの首に回し、顔をオレの胸に預けて目を瞑る。


「なッ!そんなにくっつくな、こら、リーチェ!。」

裸のまま直接触ると恥ずかしいっつったのはそっちじゃねーか?


『ふふ、あったかくて気持ち~!』


寝ぼけてンのか??? それともまさか本当に誘ってるとか?リーチェが???

でも、何かすげぇ柔らけぇ部分が当たって、頭がおかしくなりそうだ。甘ぇ香りもするし。




「・・・リーチェ?? ほんとに寝ちまった。」


こんなに気持ちよさそうに無防備な姿で寝られると、さすがにオレも男として自信なくすんだけど。




オレはベッドに寝かせると、上から布団をかけた。寝返りを打つリーチェの耳から、パラリと銀の髪がその豊かな胸元へと落ちていく。


ドレスのままじゃ、キツそうだ。あとで侍女に着替えを頼んでおくか。



オレは銀の髪を掬い上げ、もう一度彼女の耳にかけた。そして少しでも呼吸が楽になるようにと、リーチェの胸元をキツく縛り上げてるヒモをほどいた。


『んぁっ・・・。』

甘い声を漏らすと、寝ぼけてるのかオレの手を取り顔をすり寄せてくる。しかもほどいたヒモが、胸の谷間にからみついていて妙に色っぽい。


ドクンッと胸が高鳴り、体の奥が痺れたようになる。リーチェのほんの一瞬だけ漏れた甘い声が耳から離れない。半開きになった柔らかそうな唇や、はち切れそうな胸元から視線を外すことができねぇ。リーチェの全てがオレを誘惑してくる。



これまで、女性から思わせぶりな態度で迫られる、なンてことは日時茶飯事だった。ベッドに誘われたことだって、リーチェには言ってねぇが数えきれないぐれぇある。



「でも、興味ねぇ。」

(たった1人を除いて・・・。)




手を伸ばし、薄く色づいた頬に手を当て、親指で赤く濡れた唇をゆっくりとなぞった。


「リーチェは、どうすればオレのこと好きになってくれる?」

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