風邪なんでラストエリクサー使っていいっすか?

ちびまるフォイ

なんにでも使える薬

「これは間違いなく人類医学の大発見です!!」


開発された新薬『ラストエリクサー』は

完全無欠で究極の薬だった。


風邪をはじめ、あらゆる病気をたちどころに治す。

骨折やガンすらも手術なしで薬を飲めば治してしまう。


医者は飲み会で愚痴るようになった。


「もううちは廃業だよ。

 来院してくる奴らみんな同じこと言いやがる。

 

 "先生、診断はいいからラストエリクサーください"ってな」


ラストエリクサーの登場により病院はなくなり、

医者もお払い箱となり、救急車のサイレンは街から消えた。


病院がなくなり薬が入手しにくくなることから、

ラストエリクサーは流通が緩和されて薬局やコンビニで販売されるようになった。


ますます身近な常備薬として重宝されるようになる。


家に1箱。

普段使うバッグに1箱。


ラストエリクサーは携帯電話よりも普及していった。

普及とともに使用頻度も増えていく。


「びえええ。おかあさーーん!」


「あらあら、たかしちゃんどうしたの?」


「ころんじゃったぁぁ!」


「それは大変! はやくラスエリしましょう!!」


母親は慌ててすりむいたヒザにラストエリクサー(液状)をかけた。

みるみる皮膚が修復されてケガのあとすらなくなった。


「もう痛くないよ!」


「でも、雑菌が入っているといけないから

 こっちの飲み薬も飲んでおきましょう」


母親はおいうちをかけるように今度は飲み薬のラストエリクサーを処方した。


とにかくなんでも雑に治る薬。

それだけに誰もが「おまじない」感覚で飲むようになっていった。



ラストエリクサーの普及から数カ月後のことだった。


コンビニや薬局をいくら回っても手に入らない品薄が続く。


『こちら、街の薬局に来ています。

 見てください。ラストエリクサーの棚がごっそりと消えています!』


テレビのニュースでは連日ラストエリクサーの品薄を報道していた。

インタビューに答える市民は困っていた。


『私はうつ病でラストエリクサーが必需品なんですが……。

 手に入らないのは本当に困ります』


『こちらの薬局には他の薬もありますが?』


『ダメダメ。他のしょぼい薬を使うのは怖いよ。

 信頼と実績のラストエリクサーじゃなくっちゃね』


『このように市民のみなさん困っています。

 一方でネットでは買い占めや転売が相次ぐ状況になっています』


誰もが自販機でジュースを買うよりも気軽に

ラストエリクサーを使うことに目をつけた一部の人が買い占めを行った。


お店からラストエリクサーがなくなったことで、

ケガや病気になれていない現代人はますます危機意識にさいなまれる。


ラストエリクサーが無いのに、明日病気になったらどうする。

ラストエリクサーが無いのに、今ケガでもしたら治せない。


ラストエリクサーの品薄は、

まるで首筋に刃物を常に突き立てられているような状態だった。


恐怖と危機感で頭がいっぱいになった市民は、

ラストエリクサーの入手に依存するようになる。


「てめぇ!! 俺が先に見つけたんだ!!」


「うるせぇーー!! こっちが先にとっただろ!」


商品をめぐっていたるところで暴動が起きる。

2箱でも購入しようとすれば、たちまち大騒ぎ。


「おいババア!! なに2箱買ってんだ!!」


「うちに足の悪いおじいちゃんがいて……。

 わたしとおじいちゃんのぶんで買わなくちゃいけなくて」


「うそつくんじゃねぇ!! お前みたいなやつがいるから

 みんなラストエリクサーが行き届かないんだ!!」


ラストエリクサー争奪戦は日々苛烈になっていった。


最初こそ幅をきかせていた転売者たちも、

送付住所から逆探知されて暴力団に殺された事件を経て、

表立った転売はされなくなってしまう。


ダークウェブなどの闇取引でラストエリクサーは取引され、

一部の富豪や上流階級のほうへ流れてしまう。


ますます一般の人には手が届かないものとなった。


それでもラストエリクサーに渇望している人たちは

ついに製造工場にまでおしかけてしまう。


「ここでラストエリクサーを作ってるんだろ!!

 いくらでも出すからすぐによこせ!!」


「工場から出てってください!

 一般人は立ち入り禁止です!」


「そんなこといって、お前ら社員特権でもらってるはずだ!

 みんな辛いんだぞ! 早く出しやがれ!」


「出てってください! 製造ラインが止まります!」


ラストエリクサーを求める人により、薬の供給にまたブレーキがかかる。

やがて現状をみかねて新しい法律が定められた。



「では、ラストエリクサー禁止法をここに制定します!」



稀代の万能薬・ラストエリクサーはついに中止となった。


市民はラストエリクサーにこだわることができなくなり、

仕方なく市販のかぜ薬をしぶしぶ買うこととなった。



そして現在、ラストエリクサーはどうなったのか。



「先生! 急患です!」


ストレッチャーが病院に運ばれてくる。

寝かされている患者はすでに大ケガだと見てわかる。


「先生、息子は……たかしを助けてください!!」


母親は医者に泣きついている。


「任せてください。私は医療界のゴッドハンド。

 治療費こそ高いですが、必ず治してみせますよ」


「ああ先生……よろしくおねがいします……!」


「患者を緊急手術室へ!!」


医者の指示でけが人は手術室へと送られる。


「いいか。誰ひとり手術室に入れるな!」


厳密な人払いをして医者は手術着に着替える。

信頼できる助手を1人だけ連れて手術室に入った。


「先生、今回は大丈夫ですか……?」


「問題ない。私を誰だと思っている。ゴッドハンドだぞ」


「……ふっ、そうでしたね」


医者の自信満々な表情に助手も安堵した。


そして、医者はそっと手のひらを差し出した。




「手術をはじめる。ラストエリクサーを!」



禁止になった今でも、ラストエリクサーは大活躍しているという……。

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