父の告解
ほしな
第1話
申し訳ありません。申し訳ありません。皆様方。私は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねぇ。
はい。はい。落ち着いて申し上げます。私は、世の中の仇です。はい、何もかも、すっかり、全部、申し上げます。私は、このご時世において、唾棄すべき邪悪なのです。ずたずたに切りさいなんで、殺してください。
事の顛末は、私の大事な一人娘が、恋人を連れてきたことにあります。その日、娘が恋人を連れてくると云うことは、知っておりました。結婚相手を連れてくるつもりだと、聞いておりました。
私も人の親ですから、それを聞いたときには、酷く動揺したものです。何せ、幼稚舎から大学まで、全て女子学校に入れて、花よ蝶よと、大切に育ててきた娘です。私にとっては、イエス様のように大事な娘です。嫁に行ってしまうことに、焦りと不安が募りました。ですが同時に、嬉しさもあったのです。私の娘は、髪を男児のように短くし、男勝りで、気の強い性格でした。女らしい趣味は一つもなく、三十になっても、男の影など一つも見せなかったのです。私も妻も、もう孫の顔を見ることは諦めておりました。
そんな折に、娘が交際相手を連れてくるとなったわけですから、矢張り私は、とても嬉しく感じていたのだろうと思います。このことは、祝福すべき慶事なのだろうと思います。
実際、私は娘がどんな男を連れてきたとしても、祝福すべきだと考えておりました。どんな男だったとしても、三十を超えた娘を貰ってくれるのですから、悪いはずがございませんし、私の娘の事ですから、酷い男を連れてくるはずは無いと、安心しきっておりました。私は娘から交際相手を連れてくると聞いた日から、いったいどんな男を連れてくるのだろうと、期待で胸を躍らせ、想像して過ごしておりました。
そして、娘が連れてきたのは、見目麗しい可憐な少女でした。
年の頃は、二十前半ほどでしょうか。艶やかな黒の髪を腰ほどまで伸ばし、男ウケの良さそうな薄い化粧を施している、私の娘とは対照的な少女でありました。
まさか娘が女の子を連れてくるだろうなどとは思ってもいませんでしたので、私は娘の友人かなにかだと勘違いしておりました。私が自身の勘違いに気が付くころには、既に話は進んでおり、二人の交際を認める手はずになっておりました。
言い訳をさせてください。何も、私がとんでもない無能で、ただわからないことを、はい。はい。と頷いていたからそうなったわけではないのです。これは、妻が仕向けたことだったのです。どうやら、妻は娘の性的指向や、恋人が女性であるということは、事前に知っていたようなのです。ああ、知らぬは男親ばかり。妻とは、冗談のように笑いあいながら、孫は諦めようと話していたのですが、妻はどちらにせよ――つまり、娘が男性から興味を持たれようと、そうでなかろうが、私たちに孫は諦めるしかないと、知っていたのです。
はい。もう察しの良い皆様方には私が何について謝罪していたのか、おわかりかと存じます。ええ。そうです。私はこの娘の結婚を、祝うことができないでいるのです。
なんということでしょう。私は愛すべき愛娘の結婚を祝福できないどころか、皆様方が必死に作り上げたこのご時世に反そうとしているのです。現代において、同性愛は認めるべきであり、それが現代の道徳なのです。これが今の時代のあるべき姿なのでしょう。
しかし、私はそれをどうしても認めることが出来ないのです。私はどうしようもない悪なのでしょう。
ああ。しかし、いったい誰がこの私の心情を責めることが出来ましょうか。天に住まうという神様も、地獄にいらっしゃる閻魔様にだって、私は責められる謂れはございません。すくなくとも、私はそう信じています。
ええ、そうです。私の同性愛に反対するという心持ちは悪でしょう。しかし、私の、孫の顔を見てみたいという欲は、娘に男性と結婚して幸せになってほしいという願いまでもが、悪なのでしょうか。
分かっています。分かっていますとも。悪なのでしょう。親のエゴの押し付けだと皆様方は非難するのでしょう。それでも、矢張り、私は諦めきれないのです。道徳ではなかったとしても、これが人としての道理でしょう。
この私の心持ちが、悪だというのならば、私は悪になりましょうとも。世間様を裏切るユダに成り果てましょう。
父の告解 ほしな @keseran_pasaran
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