第2話 祈り

「……なるほど。つまり、大切な人のために私に力を借りたいという事ですね」



 本日最後のお悩みを読み終え、その内容を簡単にまとめる。どんなお悩みだろうと思いながら読んでみると、それはお悩みというよりはお願いのような物だった。


 この人は私の配信を初めて観に来てくれた人で、見ているその人が応援したくなる程に自分の目標へ向かって頑張っている知り合いがいるようだった。


 だけど、その知り合いが最近覚えの無い濡れ衣を着せられた上に居た場所を追われ、とても不憫なので無理を承知でどうにか力を貸してはくれないかとの事だった。


 視聴者さんの気持ちもわかるし、その知り合いが不憫だとは私も思うので、どうにかしたいという気持ちは当然ある。もっとも、その知り合いがどこにいるのかはわからないし、そこに直接行く事は出来ないけど、応援したいという気持ちだけはどうにか届けようと思った。



「……わかりました。今すぐにとはいきませんが、お話を聞いていて私もあなたやそのお知り合いを応援したいと思いましたので、よき出来事に巡り合えるようにお祈りをさせてもらいます。皆様、少々お待ちくださいね」


 そう言って私は画面の前で手を組んで目を閉じる。もちろん、私は普通の人間だからそんな力もないので、祈ったところで本当は意味はないだろう。けれど、どうにかなってほしいという気持ちに偽りはないし、私が祈っているという事でどうにか安心感をもってもらえたらというのが私の考えだった。


 そして一分くらい祈った後に私は手を離し、静かに目を開けると、コメント欄には祈ってる際の和の姿や雰囲気についての感想や自分にも祈りの力が伝わってきたなど様々な事が書いており、その事にありがたさを感じながら私は神野和としてまた話し始めた。



「……以上でお祈りを終わります。もちろん、これで全てがうまく行くわけではありませんが、このお祈りはきっと力になると思っていますし、私で良ければまたこういった形で力をお貸ししたいと思います。それが和神VTuberである私に出来る事ですから」



 その言葉に対してコメント欄には様々な応援のメッセージが寄せられ、その事を嬉しく思っていると、相談者の人からのコメントもコメント欄に表示された。



『本当にありがとうございます。きっとあの人の力になったと思います』

「それならばよかったです。さて、以上で本日は配信を終わりにしようと思います。では、他のコメントも見て参ります」



 そう言ってから私はコメント欄に寄せられた他のコメントや投げ銭コメントを拾い始めた。


 実際に金銭が動く事になる投げ銭コメントだが、実は最初はやる気はなかった。というのも、別にこの配信活動で稼ごうという意図はなかったし、投げ銭を受けとるためにも年齢の制限やチャンネルの登録者数などの壁があったからだ。


 けれど、視聴者さんの中から投げ銭を導入して欲しいという声が少しずつ出始めた事で私も考え、その頃は両親に隠していたVTuberとしての活動などを話して投げ銭の導入についても相談をした。


 その結果、両親は驚きはしたものの、私の活動自体は応援してくれ、先日ようやく18歳になった事で私もこうして投げ銭を受けとる事が出来るようになった。


 ただ、それで稼ぐつもりは相変わらず無いので、気持ちだけという事で配信や配信のアーカイブ、そしてSNSのプロフィールには投げ銭の上限を5000円までと書いていて、ありがたい事に視聴者さん達もそれを守ってくれている。だから、今もこうして神野和を続けられるのだ。



「……以上でコメント読みを終わります。以前から視聴者の皆様からご要望を頂いていたファンネームや自己紹介の際の新たな挨拶についてはまた近々枠を設けて皆様とのお話の中で決めようと思います。それでは皆様、本日もありがとうございました。乙神様でございました」

『おつがみー』

『乙神様でしたー』



 視聴者さん達からの乙神様を見ながら私は配信をしっかりと閉じ、ヘッドセットを静かに外した。



「ふぅ……今日も終わった。みんな、楽しんでくれてたかな……」



 配信の時の事を思い出しながら独り言ちる。初見さんも来てくれていたし、今回の神託もつつが無く終わった。けど、みんなから投げ銭を貰えるだけの内容に出来ていたかと言えば、私的にはまだ足りないと思えていた。



「……もっと頑張ろう。本当の私は教室の隅で一人静かにしているだけの女の子だけど、神野和になっている間だけは色々な人の悩みを聞いてそれに対してのお告げを与えられる女神になれるんだから、もっと色々な人を助けたり楽しませたりしたい。それが神野和の、私の存在意義だから」



 拳を軽く握りながら言っていた時、私の口から小さな欠伸が漏れた。時計を見ると、もう少しで明日になろうとしているところだった。



「ふあ……そろそろ寝よう。明日はお休みだからもう少し夜更かししながらアーカイブの編集をしても良いけど、眠たいままフラフラしてもしょうがないし、遅すぎてもお母さんに怒られちゃうもんね」



 独り言ちながら頷いた後、私はデータの保存などをしてからパソコンの電源を落とし、部屋の電気も消してベッドに潜り込んだ。



「……おやすみなさい」



 小さな声で言った後、私は目をゆっくりと閉じ、夜の静けさで気持ちが安らいでいくのを感じながら眠りについた。

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