悪役令嬢パイルバンカー娘~最強のドラゴンハンターは、転生してもただ穿つのみ~

紫静馬

プロローグ ドラゴンハンターの末路

 ガキィン、という轟音が闇夜の中で響く。吹雪の中でも、やかましい金属音はよく通る。

 同時に、獣の咆哮が耳をつんざく強さであたりを駆け巡り、そしてすぐ消えていった。


 ドバッと赤黒い液体か流れて、生臭い匂いが鼻についたかと思えば、ドシンと重い物が倒れる音がした。


「はぁ、はぁ……」


 雪しか見えない雪原を赤く染めて、大量の血を浴びた男の荒い呼吸が聞こえる。


 かなりの長身を持つ男は、他の人間より頭一つ二つ抜けている。普段は黒髪に茶色のコートという出で立ちの男の姿は、今は夥しい量の血のせいで赤一色だった。


 もっとも、その血が他者の血か自分の血か、もはや男自身にも分からないのだが。


「はぁ、はぁ……くそっ」


 男は、目の前に転がっている物を見ながら舌打ちする。


 長身の男に対して、それでも遙かに大きい巨躯を持つ怪物。どれだけ小さく見積っても、十倍以上はあることだろう。

 だが、大きさだけでなく姿形も、二足歩行で二本の腕を持つ男とはまるきり違っていた。


 まず青緑色の全身には、硬くそして鈍い光を放つ鱗が覆っている。

 胴体から伸びる丸太のような手足には鋭い爪が生え、人間など簡単に切り裂くだろう。


 太く膨らんだ体の背には、その身を包めるのでは無いかと思うほど巨大な翼が広がっていた。

 そして、その胴体から伸びた首は、長くそして背から続く尖ったヒレが刃のように突き立っている。

 頭部は耳まで裂けた口にびっしりと牙が並び、横長な顔の先には天に向かって二本の角まであった。


 人ならざる異形にして、巨大な怪物――ドラゴンと呼ばれる、人類の敵だった。


 その巨大な敵は、今は身動き一つせず完全に息絶えていた。

 原因は、その巨躯の大半を占める胴体にあった。


 青緑色の鱗に覆われているはずの胸元に、巨大な穴が開いていた。

 その穴から凄まじい量の血が今も流れていて、これが致命傷だったことを容易に理解させられる。それ以外の外傷は、ほとんど見て取れなかった。


 これだけの怪物をほぼ一撃で仕留める力――それは、男の右腕に存在した。


 一言で言えば、箱である。ただし、その大きさは異様を極めた。


 普通の人間よりよほど大きい男の、半分以上を占める巨大な四角い箱。取っ手が付いたその長大な箱を、男は握りしめていた。


 その箱の先には、一本の鋭い突起があった。


 鋭く、太く、強靱な尖った突起――いや、牙。

 今目の前で倒れているドラゴンと同様、何もかも貫く怪物の牙が箱の中に収納されていた。


 男が握っている武器の名は、DHW-07、通称パイルバンカー。

 ドラゴンをも一撃で穿つ、ドラゴンハンターと呼ばれる男が持つ必殺の武器だった。


「…………」


 そんな男の前に、いくつもの黒い影がゆっくりと近づいてくる。

 しかし、その影たちは決して果敢に戦った男を歓迎しているわけではなかった。


「……来たか」


 怒り半分、呆れ半分という具合で呟いた男の周囲に、影たちはどんどん集まってくる。

 それは人間の影だった。しかし、その者たちは彼の仲間ではなかった。


 全員が武器を持ち、明らかな敵意を男に向けてくる。

 彼らは、ドラゴンハンターと呼ばれた男を葬るために来たのだった。


「……裏切り者共め」


 吐き捨てるように、彼は言った。


 男は、ドラゴンハンター――この世界に蔓延り、人々を喰らうドラゴンを狩る使命を持つ戦士たちの一人として戦っていた。


 何年も、何十年も――壮絶な戦いの中で、多くの仲間の命を失い、いくつもの村々が炎に包まれるのを見ながら、それでも救える人々を救い、ドラゴンを倒して平和な世界を作るためと戦っていた。

 そして、ようやくドラゴンを滅ぼせる瀬戸際まで来た。彼は決戦と思い仲間たちと共に必死に戦い、




 最後、その仲間に裏切られ今抹殺されようとしている。




「……クズ共が……」


 恨み節を呟くものの、男は限界だった。


 既に男は、いくつものドラゴンと幾人もの人間を殺し、そして満身創痍となってしまった。もはや、立っているのがやっとという状況に追い詰められている。

 対して、敵の戦力は無尽蔵。まだまだドラゴンも戦士も魔術師もいることだろう。敗北は明白だった。


「……くそっ」


 血が混じった唾を吐きつつ、男は憎悪が籠もった眼差しでかつて仲間と呼んだ者たちを睨み付ける。

 裏切られるなどと夢にも思っていなかった男の背を、ニヤついた笑みで撃ったその面が忘れられなかった。


「……結局、俺の相棒はお前だけか」


 自嘲気味な笑いを作りながら、男はへし折れた左手でパイルバンカーを撫でる。


 ドラゴンハンターの武器は、こちらも同じくドラゴンハンターと称される。

 ドラゴンの強靱な鱗、そして弱点である胸の魔石は、同じドラゴンの爪か牙でないと貫けない。故にドラゴンを殺す武器は、ドラゴンの身で作ったドラゴンハンターだけの武器。


 ドラゴンハンターたちにとっては単なる武器ではなく、我が身の半身とも言うべき存在なのだ。


 男の想いに応えて、パイルバンカーも紅く鈍い輝きを放つ。ドラゴンから作られドラゴンを殺し続けたドラゴンハンターには、意志が宿るという伝説もある。男は先ほどまでとは違う、優しい微笑みをした。


「さあ……これが最後だ。行くぞ、相棒っ!」


 そう叫ぶと、男はパイルバンカーを手に裏切り者たちに向かって突撃した。

 勝てるわけがない。ただ殺されるだけと知っておきながら、男はそれでも向かっていった。


 ただ前へ、目の前の敵を穿つだけしか能が無い、パイルバンカーのように。


「うおおおおおおおおおおっ!!」


 狙ったわけではないだろう。男はただ手近にいた、馬鹿でかい巨体で目立つ褐色の体を持つドラゴンへと襲いかかる。

 巨大なバイルバンカーを手にしているとは思えない素早さで駆け抜け、懐に入った。


 ドラゴンが、化け物に似つかわしくない怯えた瞳を向けたその刹那、


「おらぁ!」


 胸元に、パイルバンカーの牙を突き立てる。

 同時に、ガキィンと爆ぜるような轟音と爆風が響くと、ドラゴンハンターの牙は確かにドラゴンの胸を貫いた。


 一瞬絶叫したドラゴンは、そのまま大地へと力なく倒れる。既に事切れていた。

 いつもの男なら、この勝利に雄叫びを上げて喜んだろう。


 だが、今回はそんなことをしていられない。

 彼を取り囲む敵たちは、ますます増えていき、仲間を殺されますます怒りを募らせているのだ。


「お代わりはいくらでもあるか……上等だ」


 怯むことなく、男は敵へとその足を進める。

 勝ち目が無いと知りながらも、ドラゴンハンターたちはひたすら敵を穿つだけだった。


   ***


 ペチニア王国におけるドラゴンと人類との数百年における戦いは、人類の勝利で終わる。

 巨大な姿と力で人類を凌駕したドラゴンであったが、魔術と武器を発展させた人類は互角の戦いを繰り広げた。


 やがて、ドラゴンハンターと呼ばれる武器を作り上げた人類は、ドラゴンとの決戦を挑みそして勝利した。


 だが、その戦争の勝利に貢献した戦士たち、ドラゴンハンターの詳細は、意外なほど知られていない。

 彼らがどのような者たちだったのか、戦いが終わり彼らがどうしたのか、歴史に刻まれることはほとんど無かったのである。

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