第一分章:新世紀イヴァンキルオン

前説ノ壱:墨魯覆滅(前編)

 1942年1月、アメリカ合衆国首脳部は恐怖のズンドコにあった。否、恐怖どころではない、まさしくそれは、「錯乱」といっても可笑しくないレベルの恐慌であった。そして一方でそれは、皮肉にもベーリング海峡を挟んでソビエト連邦もまた、大恐慌にあった……。


「敵は太平洋艦隊を撃破し本土へ進軍しつつあります」

「布哇を始めパルミラやアリューシャンはもちろんのこと、すでに舎路、桑港などは敵軍の占領下にあり、ロッキー山脈での遅滞防御は地形効果もあり着々と要塞化が進んでおりますが、メキシコなどの南米諸国が日本側に寝返ったこともあり迂回路を構築しつつあります」

「サザーランドだ、サザーランドを呼んでこい」

「……大統領閣下……、サザーランドは……」

「サザーランドはすでに敵の包囲下にあり、もはや捕虜になるのは時間の問題かと思われます」

「……今から言う者以外は部屋から出て宜しい。

 アーネスト・キング、ウイリアム・ハースト、コーデル・ハル、ハリー・ホワイト」


「何で連中がもう本土で橋頭堡を確保してるんだよ!

 サザーランドに軍集団の指揮を与えてこれなのかよ!

 連中の国力はドイツにすら劣るから持久戦をすれば勝てると言ったのはどこのどいつだ!

 今更選挙民になんて言い訳すれば良いんだ!

 今更乍ら、腹立たしい!

 どいつもこいつも正確な情報を持ってこない、アイゼンハワーもだ!

 将軍共はどいつもこいつも何を考えている、不届きな臆病者共め!」

「閣下、あんまりなお言葉です、今もなお市民達は必死に連中に対して抵抗を行っており……」

「やかましい! だったら今からでも連中の部隊を叩き潰してこい、役立たずの卑怯者共が!」

「大統領閣下、いくら何でも言い過ぎです!」

「黙れ、罪深きうすのろ共が! 言い訳なんか聞きたくない! 貴様等は健常者でありながら、一体全体祖国のためにになにを出来たと言うんだ! 健常者なのは身体だけのでくの坊共め!

 お勉強したのはナイフとフォークの持ち方だけか!

 どいつもこいつも、どうせ俺様が障害者だからって莫迦にしてるんだろうが、それでも俺様は上り詰めたんだぞ、この手で、この足で、動きはしないが、大統領の椅子までだ!

 俺様もやれば良かったんだ……、もっと前に健常者に対する統制政策を……、盟友スターリンのように!

 俺様は障害者に過ぎないが……、それでも独りでやってやったぞ、たった一人の力で、世界最強国家の椅子を!

 卑怯者共め……、俺様は最初から嗤われていたんだ、担ぎ上げられていただけなんだ!!

 偉大なる神へのとてつもない背信行為だ……、だが、貴様等健常者へも必ず報いが来るぞ、貴様等自身が腹を切り、その血で溺れ死ぬまでな!

 ……俺様のことなどどこ吹く風ということか……、こんな状況では、もはや弾劾裁判を止めることは不可能か。……もはや、おしまいだ、だがな、俺様は最後まで諦めはせんぞ。連中がこの家ホワイトハウスに乗り込んでも、車椅子を使って戦ってみせる! ……もういい、今日は帰れ」


 ……以上が、最後のアメリカ合衆国大統領の1942年初頭当時の状態であった。まあ尤も、彼の命は後数年で刑場の露と消えるのだが。

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