第一節:ブロンシュテイン放浪記(前)

「こんなこともあろうかと……」

 1942年1月にドイツ第三帝国の東部戦線は一応の収束を見せたことは前述し、その関係で極東シベリアの封鎖を大日本帝国に要請したわけだが、大日本帝国は思わぬ人材を抱え込んでいた。と、いうのも……。


「ブロンシュテイン氏をかくまう!?」

「正気か」

「まあ、お聞き下され」

 1930年代の頃のことである。世界各地を放浪していたブロンシュテイン……つまりは、レフ・トロツキーは何の因果かは定かではないが大日本帝国圏内である満州帝国に存在していた。仔細は不明である。一説にはトルコ→フランス→ノルウェイという航路をたどったのちにメキシコへ渡る予定だったとされるが、もはやそれは定かではない。

 問題は、レフ・トロツキーが満州帝国に存在したということである。本来ならば、仮想敵国であるソ連の人間の、しかも幹部クラスの人物がいることを考慮した場合、決してそれは褒められた事態とは言い難かった。

 だが、ある人物が突拍子もないことを言い出したことから、彼をはじめとしたブロンシュテイン一家の命運は定まらざることとなる……。

「なぜ、アカをかくまう必要がある! 奴らは敵なのだぞ!」

「それでございます。……敵の敵は味方、そしてその敵が幹部級であればあるほど、この策は効果を発揮いたします」

「……どういう意味だ」

「かつて、徳川家康は本願寺を無力化するために内部分裂を仕掛けました。それは、本願寺門主候補が二人存在する上に、どちらも同程度には確かに親鸞の血を継いでいることが挙げられます」

「……できるのか、そんな策が」

「私が、できない策を申したことがございますか?」

「…………」

 彼が、ブロンシュテイン氏をかくまうと言い出したのは、ひどく単純にして、同時に効果的な策であった。何せ、ブロンシュテインという人物はジュガシヴィッリに追い出された上に暗殺されようとしている。それは裏を返せばそれだけの影響力や求心力が共産圏の人間の間で存在するということである。

 そして、それが意味することとは、ブロンシュテイン氏は「玉」たる資格があるということであり、「玉」たる資格のある人物をかくまうということの、その目的はつまるところ仮想敵であるソビエト連邦を割ってしまい、無力化するということだ。

 すなわち、ブロンシュテイン氏をかくまってシベリアに掲げることによって、ジュガシヴィッリの粛清に対してもう一つの選択肢を与えることにより事実上、赤軍という存在を内ゲバによって弱体化させるという作戦である。

 何せ、この作戦の成功例は先ほど記述した通り、徳川家康が本願寺に対して、全人未曾有のレベルで成功させた実績がある。それに、反対勢力をあおって別組織に移籍させるには、それ相応の「玉」を必要とするのだが、ブロンシュテイン氏という存在はその「玉」にふさわしい人物であった。

 そして、この赤軍分裂工作を提唱した人物は、誰なのかというと……。

「……では、ブロンシュテイン氏およびその一家はお前の連隊で預かる、ということでいいのだな?」

「ええ、お任せください。古典的な作戦というものは、王道であるがゆえに生き残っている作戦なのですから」

「…………好きにしろ、俺は何も見てないからな!」

「ははっ」

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